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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
世界樹と交錯する思惑
133/190

133話 彼我の差

 長くなりそうなので途中でわけることにしました。

 




 ──どれくらい経ったのだろう。


 いや、殆ど時間は経っていないはずだ。

 ただかすみがかかったように意識が、集中力が徐々に低下していくのを感じる。


 そのせいで感覚が間延びしてしまっていて、ずっと舞い続けている錯覚に陥ってしまっているだけ。


 殆ど動かなくなった右足。

 痛みは全くない。ただ自分の足と思えないほど感覚がとぼしい。


 強引に引きずるように動かし、なるべく左足でカバーして必死に舞おうとするけど、遂には限界が来てしまった。


「……ぐっ」


 完全に右足の感覚が無くなって力が全く入らなくなり、体勢を保てなくなって大きくよろける。


「セイちゃん!?」


「セイさん!」


「ティリルちゃんはそこから出ちゃ駄目!」


 倒れかけたボクを咄嗟とっさに抱き止めたレトさんは、慌てふためいてこっちに走って来ようとしたティリルに待ったをかける。


 ぼすんと彼女の胸に抱き締められ、その温かな温もりに意識を飛ばされないよう気を張りながら一息つく。


「──ありがとうございます」


「もう休みなさい。この場所はセイちゃんにとって、環境が悪すぎるわ」


 自分の体調を分かっているわよね? とばかりに羽交い締めにしてくるレトさんから、どうやっても逃げられなかった。


 レトさんはボクを力で押さえ付けている訳じゃない。

 ただそんな彼女を押し退けようとするけど、力が全く入らない。しかも自力で満足に立つことすら出来なくなっている。


 でも、ボクが踊らないと。

 舞い続けないと、必死で戦っている皆が……。


「そんな訳には……」


「駄目! 自分の身体をもっといたわりなさい! ちょっと前から動きが変だと思ってたのよ。足をくじいたの……かと……?」


 ふとボクの足に視線を移したレトさんは、瞬間、その表情を険しいものに変える。


「──セイちゃん? それは何なの?」


 近付かれてじっくり見られたせいで、薄手の生地からうっすらと透けて見えていた邪気の侵食痕しんしょくこんに気付かれてしまった。


「こ、これは……その……」


「っ!? いいから見せなさい!!」


 言いよどんだボクの返事を聞かず、いきなり羽衣のドレスの裾をめくり上げたレトさん。


 右の太股ふとももにあるのは、完全にどす黒く変色し、ただれてしまっている円形状のきずあと

 実体を持たない槍状の邪気に貫かれたあとだった。


 しかも、そこを基点に放射状に伸びるように広がり出した侵食の影響に、ボクの右の太股ふともも全体が次第に黒く変わり出しているのを見て、レトさんはただでさえ険しかったその顔色を更に厳しいものに変える。


「何よこれ!? 何で言わなかったの!」


「その、これは邪気の……。まだ大丈夫だと思って……ごめんなさい」


「ファルマンさん! 中毒用の回復薬を頂戴!」


 いきなりボクを横抱きにして抱え上げ、他のみんながいる臨時の安全地帯──アルメリアさんが何とか邪気を駆逐くちくした場所へと走る。


「セイさん。急いでこれを飲んで下さい。レトさんはこちらを傷痕に掛けてくれませんか」


 レトさんの呼び声に駆け寄ってきたファルマンさんが、ボクに強化中和剤を手渡してくる。


「はい」


 無駄な抵抗を諦め、レトさんに抱き上げられた状態のまま、素直に手渡された薬をあおった。


「……くっ、くぁあっ!?」


 この薬やたらと苦く、しかも全身を引っ掻き回すような不快感と痛みが走り、思わず声を漏らす。


 だけど、この回復薬のおかげで、邪気の侵食率が七十%を越えたところから何とか五十%にまで下がったようだ。


 少しだけ身体が楽になったのを感じ取り、そっと息を吐く。


 いったん気が抜けてしまったせいか、再び身体を動かそうにもなかなかいうことを聞かず、しかもまた苦しくなってくる。


 この薬は中度までの邪気中毒を回復してくれるはずなんだけど、どうにも回復が鈍い。中度ではなく、重度なのか?


 ステータスメニューを見れば、その理由もよく分かった。納得はしたくないけど。


 侵食率の上昇がまた始まっていた。

 ボクの体内なかに食い込んだまま消えていない邪気が、新たな邪気を呼び込んでいるのだろうか?


 それに、発生しているステータス異常が酷い。

 呪いの侵食はもはやデフォ。それに加えて軽度の麻痺に衰弱、そして初めてみる〔抵抗力半減〕と〔回復力半減〕の症状。


 回復不能じゃないだけまだましか……。


 あ、今また追加された。

 今度はどくってる。


 呪いの侵食状態になってからは、いたちごっこだ。

 ティリルの遠隔治療でいったんは消えるけど、すぐにまた増えていく状態異常。諦めにも似た変な笑いが出る。


「セ、セイ様……こんな……ひどい……」


 横手からフェーヤの声が聞こえ、そちらを向く。


「フェーヤ? フェーヤは大丈夫なの?」


「わ、私はもう大丈夫です。それよりもセイ様のお身体からだの方が……」


「フェーヤさん、ちょっと退いて下さい! ここからは直接治療を……出来るだけ癒し続けますから!」


 抱き上げられたままのボクに駆け寄ってしがみついてきたフェーヤを押し退け、ボクの身体へと手を当て、ティリルが泣きそうになりながら異常回復を始めてくる。


「ティリルさん、それだけじゃダメです! 邪気の欠片がまだ身体に、足に食い込んでるんですよ! 皆さん邪気の恐ろしさを甘く見過ぎです! 早く処置しないと手遅れに!」


 ニファさんまでもが割り込んでくると、ボクの口へとハンカチを押し付けてくる。 


「セイ様、これを噛んで。男性の方はこちらを見ないで下さい」


 足を投げ出し背後から抱き締められる形で床に座らされたボクが、差し出されたハンカチを素直に咥えるのを確認するやいなや、数本の中和剤を持ったニファさんがボクのスカートをまくり上げて足を露出させ、患部の状況を確認する。


「これは……」


 一瞬手が止まり、その顔が曇ったものの、彼女は直ちに行動に移る。


 患部と自分の右手、そしてナイフに薬を振りかけると、躊躇ちゅうちょなく右太股の侵食痕しんしょくこんにナイフを突き立てたのだ。


 およそ人体から出るはずのない音と濁った煙がボクの足から上がる。


「むぐっぅう!?」


 まるで熱した鉄板を体内に突き刺されたようなひりつく激痛が脳天を貫き、くぐもった悲鳴を上げる。


 全身を突っ張らせて跳ねるように暴れ出すボクの身体を、レトさんが背後から上半身と両腕を担当し、フェーヤが足を必死に押さえつけ、ティリルが出来るだけ痛みが消えるようにと回復魔法をかける。


「マーリンさんの浄化魔法なら、痛み無く安全に治療を……」


「──無理だ。戦いを抜けられるだけの余裕が彼にはない。このまま治療が出来るなら、痛みは我慢してもらうしか……」


 こちらに背を向けたまま、ラウシュさんがレトさんの言葉を否定する。


「──駄目です。この薬では」


 ナイフで出来た傷痕に更に薬を振り撒きながら、ニファさんが辛そうに言う。


「きちんと視認出来ないので分かりづらいですが、奥底に侵入している邪気の濃度と、セイ様の膨大なマナを喰らって新たに増殖していく邪気の増える速度の方が早すぎて、完全に取り除けないです。

 しかもセイ様の今の御身体は精霊体ですよね? エルフ族以上に邪気に弱い精霊体では、もう既に全身に回り出してあちこち転移している可能性も……」


「そんな……ニファ、何とかならないの?」


「──私もお姉様も浄化魔法がまだ使えませんし……ティリルさんは?」


 ナイフを抜いた傷口を回復魔法で塞ぎながら、ニファさんがティリルに訊く。


「ご、ごめんなさい。浄化魔法はこの間覚えたばかりで……悪化を防ぐことくらいしか……ぐすっ。わたしじゃ癒せられない……」


「ティリルちゃん、あまり自分を攻めちゃ駄目よ」


 ぐったりしたボクの姿を見て、ポロポロと涙を流しながらも治療を続けるティリルの背を、レトさんは慰めるようにさする。


 それでも侵食率は二十%まで下がってきていた。

 少しは力が戻って来ているはずだと、ボクは口を開く。


「──レトさん、ティリル。フェーヤも早く離して。舞を再開しないと」


「だ、ダメです!」


「駄目。力が全く入らなくなっているくせに、何てこと言うのよ」


 それでも鞭を打って再び舞おうとお願いするも、のし掛かってくるようにしがみつくフェーヤとティリルに、座ったまま背後から抱き締めるように拘束してくるレトさん。

 みんな離してくれない。


 いや、彼女達はボクの体調を気遣って、軽くボクを抱きしめているだけで、やっぱり力で押さえ付けては来ていない。

 そんな緩い拘束すらはね除けられないことに、ほぞを噛む思いで項垂うなだれる。


「でも……このままじゃ」


 もう一つの方法〔祈誓きせい〕は、この場では絶対に使えない。動けなくなるからだ。


 専用の魔法陣を展開させ、その場で真摯しんしに祈り続けないといけない為、格好のまとしてしまう。


 舞えないからといって切り替えは無理だった。


「セイ様。今のフェーヤに代わりに出来ることは何かありませんか? 何でもいいです。何でも命令して下さい」


「フェーヤ……?」


 ボクの服のそでをぎゅっと握り締め、こちらを気遣うように問う彼女に、ボクは口を開き……。


「──くうっ!?」


 アーサーさんのうめき声が耳に響き、二人して慌てて顔を彼の方へと向ける。


 そこには杖の打撃に押し込まれ、よろめき後退するアーサーさんの姿があった。


「くかかかかっ。先程までの威勢はどうしたぁ? 急に力と動きが鈍ったぞ?」


 ここを勝機と見たらしいカルネージスは、防御用の多重障壁を攻撃用へと転化させ、アーサーさんの四方八方から畳み掛けるように叩き付けてきた。


「がっ!」


 それらを弾き飛ばし、またかわすアーサーさんだけど、一つだけわざと彼には視認出来ないよう隠蔽いんぺいしてあった障壁だけは避けることが出来ずに腹部へと食らってしまい、身体をくの字に折り曲げながら、祭壇の方へと大きく吹き飛ばされる。


「そのままねっ!」


「避けろ!」


「──!? 駄目だ!」


 くらい光がまたたくく水球。

 次いで撃ち出されたその闇色をした水弾のヤバさに気付いたマーリンさんは、体勢を崩しているアーサーさんへと叫んだ。


 その声に反射的に避けようとしたアーサーさんだったけど、背後に何があるのかに気付いた彼は、逆に背後の水晶体と水弾の間に入り剣を構えた。


 その闘気を纏う剣がその水弾をいたその瞬間、それが引きトリガーだったのか、爆弾のように爆発し、細かな散弾と変化して、周囲に弾け飛ぶ。


「ぐうっ!」


「アーサー!?」


 剣を放り出して前腕を盾にし、反射的に身体を丸めて更に跳び退ずさりながら、爆発するような闘気を瞬時に噴き上げて急所だけはとカバーする。


 何とか致命傷は防げたみたいだけど、盾にした前腕や闘気が薄かった両足は完全に貫かれ、そのあちこちから血を噴き出して、着地することが出来ずにその場へと倒れ込んで転がり、祭壇のへりにぶつかってようやく止まる。


 邪気に汚染された水の魔法。

 塩酸のような性質も付与されているのか、鼻をすようなツンとした臭気が周囲に立ち込める中、アーサーさんの傷口からも黒い煙を噴き上げ始める。


 焼かれていく痛みにこらえているのだろう。

 苦痛に顔をしかめつつも、それでもすぐに身を起こし、祭壇に身体を預けながら立ち上がる。


「『ピュリフィケイション』!」


「これも飲ませて!」


 アーサーさんが被ってしまった水を浄化しようと駆け寄って治癒を始めるマーリンさんへ、手持ちの薬を放り投げるメディーナさん。


 そんな二人も身体のあちこちにあざがあり、その着ているローブも所々赤く濡れている……。



 ──危機的状況だった。

 

 今のボクの姿──新しいこの〔月精の寵授巫女リュヌドーナ・ヴァルキュリア〕は、ただそこにいるだけで何の行動を取らなかったとしても〔精霊化スピリチュアル〕レベルと同じ数値分を味方全員の全ステータスへと付与する。


 そしてこの数値は〔舞踏〕や〔祈誓きせい〕を併用すると、その仲間とボクの繋がり方によって更に倍率が上がるのだ。


 そう、この効果量が半端ない。


 精霊召喚をするつもりはなかったから、戦う力を持たないファルマンさん以外のメンバーとはパーティーを組んでいる。

 つまりボクが舞っていたあの時、アーサーさん達には()()の効果量が発生していたことになる。


 当然これにボクの月系精霊魔法での付与を施し、アーサーさん自身が持つ〔誓約〕スキルの効果も乗っていた。


 それでいて、左腕を失っているカルネージスと、()()()()()()の戦いをしていたのだ。


 そのステータス強化の大事な一柱を潰された時点で、こうなることは自明じめいだった。

 


「……くっ」


 薬を飲み干し顔を上げたアーサーさんは、口元に残る血の跡を手の甲でこすり取り、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なカルネージスを睨み付ける。


「──霊体攻撃は何とかなるが……本体ジジイが思ったよりヤバいな。今のアーサーより動けるって訳分かんねぇぞ」


 アーサーさんの傍に向かい、改めて回復魔法をほどこしながらマーリンさんがコメントすれば、


「ほんとマズイって。これ以上は薬が足りなくなる」


 アーサーさんの剣を拾って彼へと手渡した後、次はマーリンさんへとマナポーションを投げ渡しながら、溜め息混じりにメディーナさんが嘆く。


「そもそもここまで激しいボス戦するなんて予想だにしてなかったから、手持ちの準備が足りないんだよなぁ」


「しかし退くわけにはいかない。退けば、負ければ……色々なモノを無くす。そんなのは御免だ」


 ボクの方をちらりと見て、剣を手に構える。


「こいつを倒し、セイさん達さえ生き残っていれば、何とかなる。こちらの勝ちだ。たとえ刺し違えても、コイツを倒してやる……」


「くふふっ、流石勇者。見事な決意表明じゃのぅ。ご立派な自己犠牲愛の優等生じゃが……。

 ──所詮しょせん自分は絶対に安全という、異人ゆえのただの強がりじゃな。全くもって反吐へどが出るわい」


 アーサーさんの言葉を遮り、カルネージスは彼らを無視するように背を向け、こちらに向かって歩みを進める。

 この死神の意識の先には、既にアーサーさん達はいないようだ。


「しかし……散々手こずらせてくれおって。ようやく倒れてくれたか。まだ完全に覚醒出来ていない御子の癖に、傷付いてなおここまで粘るとはの。流石は星の巫女を継ぐ者だけある」


 嫌らしい笑みをにんまりと浮かべながら、


「セイとやらよ。勘違いしておったようじゃがな。そこの元巫女アルメリアのやる事に気付かなかったのではなく、敢えて放置していただけにすぎんよ。

 今やこの場所は、儂にとって聖域。お主は死地。それは誰にもくつがえせぬ事実であり、この僅かに浄化された場所を作るのが関の山。

 更には封鎖され限定された空間では、最早逃げ道すらない。残念じゃったの」


 たいした疲れも見せず、勝ち誇ったようにわらい続けるカルネージス。奴の表情には、最初の焦った様子はもう見受けられない……。






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