132話 勝利を信じて
お待たせしました。
「ば、馬鹿な……『坎』計だと? 何故貴様のような悪鬼が今まで誰にも気付かれず、排除もされずにこの聖域まで潜り込める!?」
目の前の光景が信じられないのか、はたまた信じたくないのか……。
愕然とした表情でラウシュさんが叫ぶ。
この老人は坎計のカルネージスと名乗った。
寵愛を持つことも含めて、邪に属する人族の中でも幹部クラスなのだろうけど、ボクの理解の許容範囲を超えていて、相手の強さが全く見えない。
『まさか……こんな所で八鬼衆の一人と出くわすなんて……』
『ティア! どうしよう!?』
『八鬼衆?』
二柱の念話のやり取りに口を挟みつつ、周囲をざっと見回す。
この広間を取り巻く邪気の濃度が、次第に増しているのを感じた。この状況にどう対処しようかと必死に考えるけど、全くいい考えが浮かばない。
『あの者はユーネという名の女首領が率いる犯罪組織【死方屍維】の幹部の一人です。その幹部達は烏滸がましい事に、自ら世界八方位の守護者を名乗り、そして全部で八人いることから八鬼衆と呼ばれています』
焦った様子で、ティアが早口で説明する。
その間にも、ボク達を守るようにレトさんとラウシュさんマーリンさんが武器を構えて中間に立ち、アーサーさんが単独で奴を牽制するように円を描くように間合いを少しずつ詰めていく。
「いひひっ、か弱い老人にまた剣を向けるか? これは勇者の名が泣くのぅ」
「黙れ、この外道がッ!」
挑発的な言葉を浴びせてくるカルネージスに、アーサーさんは苛立った声を上げつつも不用意に仕掛けようとせず、まずは奴の動向を注意深く観察しているようだ。
「ひぃっひっひ。前は世界樹にほぼ無力化されていた状態だったからなぁ。キエルの奴に手伝わせてたが、今はもう万全で必要ないのじゃよ。あの時のようにはいかんぞ」
キエル?
まだ仲間がいるの?
いや、今いない相手より、まずは目の前の敵だ。
実際分かるのは魔法使い系なだけで、奴の攻撃の種別も能力も何もかも分からない。
何かティア達が知っているかな?
『奴が……幹部? ここに来る時アーサーさん達が話していた【死方屍維】の?』
『はい。あの者達が全ての邪霊戦役を起こしているんです。つまり……数多の人族や精霊を殺害し、国家を崩壊させてきた、言わばこの星に巣食う病原体です』
な!?
こいつが……そうなの!?
『特にこの『坎』の邪魂核を持つカルネージスは、計略を張り巡らせ、人体実験や虐殺を行う事を厭わない悪逆非道な死霊術師でもあります』
『死霊術師? まさかこの神殿の人達は!?』
脳裏にあのディクティル大神官の姿が浮かび上がる。
もしかして彼らは全員死……。
『いえ、大丈夫です。完全な死者だと直接操作でもしない限り、あそこまで臨機応変な態度は取れない筈です。おそらく自身が操る死霊を憑依させていただけかと……』
もしそうなら、あの時点で既にバレていたということかな?
『お兄様のお力により、憑依させていた死霊が消し飛ばされたんだと思います。何かが起こっていると気付きながらも、お兄様の正体に直前まで分からなかったのは、そういう事だと思います』
『そういやアイツ〔星の巫女〕とか、スティルオムの直系がどうのこうのとか言っていたけど、二柱とも意味分かる?』
『それは、その……。私にはちょっと……』
『うーん……あはは、さっぱり分かんないや』
自信無さげに言葉を濁すティアに、あっけらかんと知らない宣言するカグヤ。
まあ、さすがにこれ人違いだろうね。ボクな訳ないじゃない。
例えそうであってでも、こんな人体実験が趣味だと言われている変態ジジイに捕まってたまるか。
後退りしながらも睨み付けるボクに、にたりと嗤うカルネージス。
「──という訳で、お仲間が待っておるぞ。早く儂の下に集えとな。歴代の巫女や家族もいるぞよ」
黒衣のローブから滲み出るように無数の霊体が湧き出てきた。
人。ヒト。ひと……。
絶望をその顔に張り付かせ、生者を羨望と憤怒の表情で見下ろしてくる。
元は家族や仲間達と暮らしていた普通の人達。
こいつと出会い、その犠牲になってしまった様々な種族の人達が、怨嗟の声を上げる。
そしてその囚われている魂達の中に、フェーヤにどこか似たエルフの姿も……。
──えっ!? まさか……!?
「あ……あぁ……か、母様…… 父様……!?
な、なぜ……い、いやぁ……あ、あぁ……」
「フェーヤ!?」
ボクに強くしがみついていたフェーヤの手から急に力が抜けるのを感じて、倒れかけた彼女を咄嗟に抱き抱えるようにして支える。
「フェーヤ! しっかりして!」
呼び掛けるも返事がない。
敵の放つプレッシャーと両親の無惨な姿に精神が耐え切れなくなったのか、フェーヤは完全に気を失ってしまっていた。
邪気の濃度も次第に増している。このままじゃ拙い。少しでもマシな場所に避難させないと。
でもどこへ移動したら……あそこがまだマシか?
「ティリル手伝って!」
ひとまず見つけた邪気がまだない場所へと、彼女を引っ張っていこうとする。
出来たら隙を見て、この広間から彼女達を逃がさないといけない。
「は、はい」
「お前達はもっと後ろに下がれ!」
「セイ嬢! フェーヤをこちらへ! ニファも下がりなさい!」
「分かりました!」
「おっと。逃がすと思うてか?」
奴がサッと手を振れば、ボク達がやって来た出入り口を塞ぐように、濃密な邪気の壁が実体化し立ち上がった。
「くっ!?」
まずい! 唯一の出入り口を塞がれた!
他の精霊を呼び込むにはどうすれば……!?
辺りを見回す。
身構えていきり立っている小さな天使のような子と、シャーッとばかりに敵意を剥き出しにしている一対の翼の生えた三毛猫。
ボクの周囲に浮かんでいるこの二柱は、光と風の下級精霊だ。
ボクの首筋にしがみついて少し震えてながらも相手を睨んでいる樹精の子も入れて、この場にいる下級精霊は僅かに三柱だけ。
この光と風の二柱はこの部屋に入る際に一緒に付いてきた精霊で、みんな共に戦おうという意志を示してくれている。
そして精霊達はボクからの魔力支援を受け、この濃度の邪気でも問題なく存在している。
だけど、あまりにも精霊数が少な過ぎる。
このままじゃ精霊達の負担が大きすぎて、威力の高い魔法は無理だ。精霊魔法の行使に制限が生じてしまっている。
「ファル君も下が……っと、そうだ! あれだよ、あれ。月光花の奴! お前にも預けている対邪霊新薬を使え!」
「は、はいぃ!」
「ったく! めんどい事になってきたなぁ、おぃ」
腰に付けているホルダーから、乳白色の液体が入った試験管のような形状の薬瓶を複数本素早く抜き取ったメディーナさんは、視認出来るレベルまで濃度を増した邪気が漂う場所の床へと思いっきり投げ付ける。
破損した容器から周囲に飛び散ったその液体は、邪気と反応した瞬間闇を切り裂くように強く発光し、その場所の邪気をあっという間に駆逐した。
しかもその後、その場所へ邪気が流れ込まないよう発光し続けている。
「おっしゃ! 効果ありっと」
「ぬっ? 其処の女。今何をした?」
「あんたらエルフは邪気に弱いんだろ? ファル君も同じのを持ってるから、この中和剤を使った場所の浄化区画の中へ逃げ込んどけ」
「すまない。恩に着る」
「皆さん、こっちに!」
奴の問いを無視してこちらに言い放ったメディーナさんに、ラウシュさんは感謝の言葉を述べながらフェーヤを抱き抱え、声を上げるファルマンさんの下へと向かう。
「早く! セイさんもこちらへ」
「月光花の新薬? それって一体?」
手招きするファルマンさんの方へティリルと二人駆け寄りながら、彼に確認を取る。
「ええっと、月光花には他の素材の効果を強化する特性があるのが分かりまして。これはその特性を利用した新アイテムの一つなんです。どこかで効果を確認してから報告する予定でしたが、まさかぶっつけ本番になるとは思いませんでした」
彼が手に持つその試験管を詳しく視る。
名称:強化中和剤
状態:高品質
種別:アイテム
効果:通常の中和剤を月光花によって更に強化した
一品
中度までの邪気中毒を中和する事が出来る
邪気中毒の中和剤?
治療薬だよね、これ?
効果が強化されているのも驚きだけど、さっきのこの薬の使い方、本来の使い方じゃないよね?
こういった使い方も出来るのか。
「ファルマンさん。それを使って、あそこの邪気も払えますか?」
ボク達がやって来たトンネルの方を指差して問う。
ボクの質問に彼はちらりと出入口を見やり、更に勢いを増して濃度を上げていく邪気の壁に首を振った。
「あそこまで濃いと、僕の手持ちだけでは足りない気がします。多分無理かと」
「そうですか」
ちょっぴりガッカリしてしまったけど、彼はなにも悪くない。気持ちを切り替えていると、
「セイ様。世界樹の力を増幅して、邪気の壁を何とか出来ないか試してみます」
「えっ……? で、出来るならお願いします!」
アルメリアさんの申し出に、ボクは二つ返事で頷く。
「その……ドリアド様の援護もなく、また巫女のフェーヤがこのような状態ゆえ、私だけでどこまで出来るか分かりませんが……。なるべくこの広間の入り口だけでも邪気の対処を行ってみます」
フェーヤの手を取り、床となっている樹の一部の膨らみに触れてそっと優しく撫でると、床から一本の枝が伸び育ってきた。
それは立ち上がったアルメリアさんの腰の辺りで止まると、ポンッと花開き、すぐに散って、小さな一つの輝く実を付ける。
「──ここまでは起動しましたか。この後は完全に無防備になります。すいません、後は頼みます」
フェーヤの手をそこに添え、その上から包み込むように自らの手を重ね置いたアルメリアさんは、ボク達にそうお願いをして目を閉じた。
「分かりました。大叔母様」
「精霊の守りを置いていきますので」
ここは光と風の精霊にお願いして幻影を貼り付かせて置こうか。これなら多少は騙せるはず。
「セイ嬢すまない」
「いえ……」
──あ、そうだ。
もう一つ出来ることがあった。
肩口に乗っている樹精を見て、思い付く。
『アルメリアさんを手伝ってあげて』
『あぃ』
ボクのお願いに快諾してくれ、アルメリアさんの手の上へと移動し座り込む。
こっちはこれでよし、と。
しかし問題はこちらに攻撃が飛んできた時だ。
彼女達を失うわけにいかない。いざとなれば、途中でも強引に庇わないと……。
「分かっている。援護すまない。ここからは男の俺に任せてくれ」
彼に視線を移し口を開く前に、ラウシュさんはそう口にした。
ボクが言おうとしたこともボクが今したことも、きちんと認識してくれているようだ。
確かに庇うなり動かすなりは男手のラウシュさんの方が……って、違う違う。ボクだって男なんだから、この言い方だと語弊が。
ボクは魔法使いで非力だから、騎士の彼に頼るしかないと言いたかっただけで……。
「? セイさん、何ブツブツ言ってるの?」
「あ、いや、その……。何でもないよ、ティリル。これからのことを考えただけ」
首を傾げてきたティリルに言い訳じみた答えを返し、ボクは気持ちを切り替えた。
けど、おかげで何とか道が開けたかな。
とはいえ、状況が好転した訳じゃない。むしろ考えれば考えるほど、何故か嫌な考えや悲観的な未来しか見えてこない。
「エルフちゃん達の守りはこれで良しっと。あと残るは、悪霊退治だよな。マーリン副長、ここは一つ御札でも投げてお祓いでもするかい?」
虚空の穴から白衣のようなコートを取り出してばさりと羽織り、次いで取り出した六角棍で肩をトントンと叩きながら、メディーナさんは軽口を叩く。
その六角棍の各面に〔悪霊退散〕やら〔極楽浄土〕とか〔一発入魂〕とか〔夜露死苦〕という文字が筆で書き殴られているのが目に入ったけど……。
とりあえず見なかったことにする。
「霊符? ああ、俺が作るこんなモノでコイツらを倒せたら、今まで苦労してねぇよ」
そう言いながらも、術を込めてある霊札を懐から取り出すマーリンさん。
「ここには死体がないじゃないか。死霊術師の力の大半が死体や霊体操作なんだから、楽勝だろ?」
「あのなメディーナ。こいつをただの死霊術師と思うな。ま、やれる事は全てやろうぜ」
そんな彼らの呑気な姿に、カルネージスは大きく息をつく。
「しかしつまらんな。異人どもは怖がりもせず、いつも無意味な抵抗をしよる。勇者と聖者さえ潰せば、後に残るはただの雑魚じゃし、絶望という名の実験素体となる未来だけというに……。
そもそもお主達が使う程度の浄化なんぞ、使役霊には通じても儂には全くの無っ!? があぁああぁっ!!」
こちらに手のひらを向けようと差し出した左手を咄嗟に側頭部へと動かした瞬間、ダーツのような細く小さな矢が突き刺さり、その瞬間起こった小さな光の爆発に押され、カルネージスの身体がその場から大きく吹き飛ぶ。
「あなたの相手はセイちゃんや勇者達だけじゃないわ。無視しないで頂戴」
気配を消し、いつの間にかそっと横手へと回り込んでいたレトさんの、左の手甲の内部に取り付けられている超小型機械弓からの一撃。
「──で、この程度の攻撃で吹っ飛んだあなたは一体何なのかしらね?」
排出されて床で跳ね踊る、銃でいう薬莢代わりの筒を拾い上げながら、レトさんが笑う。
その攻撃は奴の完全な意識外、かつ至近距離から放ったのにも関わらず、直前で気付かれ闇色の魔法陣のようなモノを作り出しガードされていた。
だけど射出された矢は、その防御結界を抵抗すら許さず、あっさりとぶち抜いたみたいだ。
源さん特製のこの機械弓内蔵型手甲は、現状一発しか装填することが出来ず、また撃つ度にメンテナンスが必要になることや、その矢の補充は源さんじゃないと出来ないといった難点がある。
しかしながら、魔力で撃ち出すシステムにすることで、最軽量超小型高威力、更には完璧な武装隠蔽を施したと得意気に語っていた。
確かに見た目は少し分厚いただの手甲にしか見えないし、弓の形すらしてない。
レトさんの実力なら、魔力感知が出来る相手でもこのように至近距離で放てば、不意を突くくらい余裕で出来る。十分過ぎる暗器なんだよね。
しかも今撃ち出した矢も特別製だ。
これは付与師としてクラスアップしたマツリさんと協力して、ボクが一週間かけて念入りに力を込めた特製の破魔矢で、邪霊の眷属相手には特攻性能を誇る。
しかもそれは、きっちりと頭にぶち当てられさえいたら、もしかするとこれ一発で勝負が決まったかもと思えるくらいの一撃へとまで昇華していた。
ただ惜しむらくは、当たり所さえ良ければ……。もし、ここでもう一発撃つことが出来ていれば、勝負を決められたかも知れなかったこと。
「ぐぎぃいっ!? なんじゃこれはぁ!?」
左手の甲に突き刺さった矢は、強く発光し白い炎を上げながら奴の肉体を焼き焦がし、噴き出す浄化の炎は消えることなく体の方へと燃え広がり始める。
燃え続けるその白い炎に、カルネージスは驚愕と苦悶の声を上げ、何やら黒い色をした水を魔法で呼び寄せて消火しようとするが、全く消えずに燃え続けていく。
左手が完全に浄化の炎に包まれ、腐肉が焼けるような臭いが立ち込め始める中、カルネージスは自身の左腕を根元から切り落とし、光り輝く炎から大きくその場から離れた。
「き、貴様ぁあ!! よくも儂の腕を!」
床に落ちた己の左腕が完全に消滅していくのを見て、黄色い歯を剥き出しにして吠える。
「あら、お下品ね。もう一発おかわりいってみる?」
「──この……っ!?
駄犬ごときが調子にぃっ!? ぐぬぅっ!」
左手を構えたレトさんの安い挑発にカルネージスは一瞬びくりと身体を震わせ、その怯えてしまった事実に激昂し、目の前のアーサーさんから完全に目を離してしまったようだ。
カルネージスの注意が逸れた瞬間、アーサーさんはいつの間にか大きく踏み込み、その手の愛剣を小さく薙ぐ。
「この下等種族どもがっ、儂に楯突くなっ!!」
身躱そうとするカルネージスの胸元を浅く斬り裂き、更に追撃しようとするアーサーさんへと右手の杖を振りかざす。
「とっととその魂と身体を差し出せ!」
背後から出現し殺到する数多の霊体。
生者を怨み呪うべく、敵意を剥き出しにしてアーサーさんに襲い掛かった。
「四符解放。汝清浄せよ! 急急如律令!」
投げ付けた霊符の力が解放され、
「おらぁっ! 成仏してしちまいな!」
アーサーさんに襲い掛かった霊体が符の力によって弾き飛ばされ、その衝撃でふらつき顫動する悪霊を、メディーナさんはトドメとばかりに六角棍でぶん殴って昇天させていく。
『カグヤ。力を貸して』
『うん』
どうせ精霊魔法が満足に使えないなら、この場にいる味方を強化した方がいい。
「──精霊巫女形態換装。〔月精の寵授巫女〕」
「なんじゃそれは!?」
こちらの動きに目敏く反応したカルネージスは、姿が変わっていくボクを見て、驚愕の声を上げた。
「──ま、まさかそれは月の……!? ダムドの奴は何をしておるッ! 仕留め損ないおってッ!
しかも一体どれだけ深く繋がっておる!?」
「セイ嬢!? それは!?」
「えっ? ええっ!? エルフが獣人に!?」
それは、ボクのこの姿を知らないラウシュさんとニファさんも同様。
「セイちゃん! アレだけは駄目よ!」
戦闘力のない精霊巫女へと姿を変えたボクに、護衛しようとこちらに駆け寄って来るレトさんから警告が飛ぶ。
「わかってます!」
大熊戦の時とは違い、今は〔献身〕を発動させてしまえば、確定で気絶してしまう。それだけはまずい。
「ラウシュさん! ここの守りは頼みます」
それに奴は「月」の名を言った。カグヤの力の特性を理解しているのだろう。
まず間違いなく、ボクを最初に潰そうとしてくるはず。
実際アーサーさんの猛攻を片手の杖と結界を駆使してあしらいながら、カルネージスの視線は常にこちらを追い続けていた。
もちろんアーサーさんも心得ている。
ボクへと手出し出来ないように、常に休まず手を出し、自分へと引き付けている。
皆への巻き添えを防ぐため、深く集中しているアルメリアさんから大きく離れながら、邪気の濃いエリアの方へと進みつつ虚空の穴から扇を取り出す。
このカグヤとの精霊巫女形態は、異常耐性──つまり邪気への耐性が非常に高い。
よって、このように多少の無茶は出来る。
「──天に満つる その弓張の月よ
邪なる存在を射抜きしその御力を……」
今宵は上弦の月。
現状の月の形態に合わせて文言を変え、月の魔力を最大限に引き寄せ増幅する。
月から降り注ぐ魔力の総量が、あの満月だったイベントの夜よりも半減しているし、精霊達の支援もほぼない。
ボク自身にかかる負担は大きくなっているけど、ボクもあの時とは違う。
カグヤの力がこの身体に馴染んでいるのを感じるし、力の使い方も上手くなっているはず。
舞いながらも自分の身は自分で守らないようだと、限定的過ぎて普段使えない力になってしまう。
あれから何度も変化して、気絶しながらも力を馴染ませ、みんなと練習を繰り返したんだから。
──それに。
必ず仲間が勝利してくれるはずだから。
そう信じて舞い踊ろう。