13話 そしてボク達は出会った
少しいつもよりも長めです。
6/7 サブタイ変更と加筆しました。
現実世界に戻ってきたボクは、自室のベットの上で目を覚ました。
肉体的な疲れは無いんだけど、精神的な疲れがかなり溜まっているようだった。
このまま眠りたい欲求をはねのけて、VRヘッドギアを外す。
真っ暗な自分の部屋。
向こうと同じく暗いのに、当然現実には〔夜目〕のスキルがないせいか、見え方の差に少し混乱する。
軽く深呼吸。
仮想と現実の感覚の差を埋めるように、ゆっくりとベットから降りた。
部屋の照明を付けて時計を見れば、その時刻は七時になっている。
向こうの世界の時間換算で、午後七時から午前四時まで、休憩も挟まずに夜通し行動していた事に、今更ながら気が付いた。
「次は休憩も入れよう……頭が重いし、なんだか怠い」
ボヤキながらも、今夜の食事の用意を始める。
時差ボケのように眠いけど、気合いで何とかするしかない。
ボクの両親は病院や学校を経営しているせいか、多忙な日々を送っており、夜も帰ってこないことが多い。
今までどうしていたかというと基本はお手伝いさんが作っていた。そしてボクが料理を作れるようになってからは、一応食材を切ったり鍋を混ぜる事なら出来る姉さんと二人で協力して食事を作っていたんだけど、つい先月結婚してお嫁に行ってしまった今、ボクが食事担当になってしまっているから休めない。
え、兄さんですか?
母さんと同じくゲル状のナニかやダークマターの塊を作るのが得意ですよ。
食材がもったいないので、いつも台所から追い出してます。
今夜は超手抜き料理になった。兄さんと二人だけの食事なのに、凝ったモノ作っても仕方ない。
手早く豚のロースを市販のタレに絡めてサクッと生姜焼きの完成。生姜焼きを温めやすいように、サラダは別容器に分けておく。
それぞれラップでくるんでおき、兄さんに夕飯の用意が出来た事をメールで送る。
このゲーム、メールをゲーム内に送れるので便利である。
当然いつゲームから戻ってくるか分からない兄さんを待つことなく、一人でさっさと食事と片付けを終わらせた。その後、樹にオススメされた情報サイトを開く。
精霊魔法系列の職業ビルドの項目を開くが、酷いものだった。ほとんど更新がなく、初期のものしかない。
ボク自身は第三勢なのに……。
ここまで更新や考察が無いのはやっぱり酷い。書き込みしない人ばかりなのか、それとも諦めた人が殆どなのか……。
多分後者なんだろうなぁ。
溜息交じりに見るのを諦め、今度は公式掲示板を開く。
なお情報掲示板はゲーム内からしか書き込みが許可されていないため、見ることしか出来ない。しかも時差スピードが酷いので、自動更新にしたままだと勝手に増えて最新に変わる為、とても見にくいオマケ付きである。
精霊魔法スレは過疎っているから、ほとんど更新がなく楽に見れた。
うーん。見やすいのはいいんだけど。
自分が就いてる職業が過疎っているのを見るのは、意外とつらいもんがあるなぁ。
テンプレとして書かれていたスキル構成を参考程度に覚える。
特に理由がない限り、クラスチェンジ可能になればすぐした方がいいと、樹が言った事と同じ事が書いてあった。
二次職に関しては、〔精霊魔法師〕は単純に魔法士の正統進化の強化版で魔法特化。
〔精霊の守り手〕は基本派生職業の一つ。三次職で更に防御特化の〔精霊神殿騎士〕と攻撃特化の〔精霊の守護者〕に分岐するとある。
一度クラスチェンジした後でやり直しをしたい人は、転職でもやり直せるとの事。
ただし種族レベルと一部連動しているため、前より多少職業レベルが上がりにくくなる。大抵の人はキャラを削除して一からやり直すそうだ。
例外はユニーク職業が発現した時だけで、途中でもクラスチェンジできる上、レベルも同じ状態からスタートするとの事。
その系列の上位職業という位置づけらしい。
正直つらつらと書き込まれている検証データを見ていると、頭が痛くなってきた。
特にこの『同一部位を狙った場合の一分間の各職ダメージ効率』とか、『物理武器別ダメージ効率』とか必要なの?
自分がやってみたい職とか武器を使ったら良いのに。
そこまで考えて、そのサイトを見るのを止める。
ここに書き込んでいる誰かとはそもそものプレイスタイルが違うんだろうし、この辺はどうでもいいや。
ボクはあの世界で魔法が使いたくて始めたので、魔法特化の方向で進んで行こう。
気になっていたステータス強化系だが、カンストした後はフィジカル系五種とメンタル系三種で、それぞれ上位スキルとして統合されるそうだ。
基本的に魔法使い系(主に元素魔法士)は魔法技能系をたくさん取る必要があるので、5つも取らないといけないフィジカル強化系はお勧めできない。とある。
だけども、魔法だけだと、近づかれた時に対処できなくなりそうな気がする。
初期マップならともかくとして、先に進んで行けばもっと強敵が出てくるはず。
護身術程度でヒイヒイ言っていたボクの技能では逃げ切れないだろうし、接近されて対応を強制される可能性が高いから、取り敢えず全部取ることにしようかな?
再びログイン。北の森に舞い戻った。
目を覚ましてテントから這い出る。なんだか身体が怠く感じる上、空を見上げれば、なんだか太陽が黄色い。典型的な徹夜明けの体調になっていた。
メニューを開くと、そこには『寝不足』の状態異常が。
ヘルプガイドによると、どうも脳波チェックでこの状態異常は発生するらしく、ログアウト中でも寝ないでいるとこの状態異常がつくそうだ。
気になる状態異常の効果は、ステータス半減みたい。
当然ながら、この世界でも睡眠をとらないといけない。もちろん、身体の安全の為と現実との時差緩和の為でもあるそうだ。
以上の点から、こまめに睡眠を取った方が良さそうだった。
MPもまだ回復していなかった為、眠気を取るためにもこの世界で寝直す事にする。
目を閉じれば、『その場でログアウトしますか?』と問いが出る。『いいえ』を思考制御入力を利用して選択したら、何やら別の項目が出てきた。
その項目の意味が解らない。寝ぼけた頭でこれ以上ヘルプを読むのは嫌だし、そのまま放って置けばそのうち消えるだろう。
無視して寝ようっと。
気を付けなければならない点が一つ。
セーフティエリアでのログアウトや睡眠を選択する場合は、自身の現身はその場に残り続ける。
倫理コード『睡眠時設定』を『フレンド以外接触不可』にしているけど、モンスターやPKからの攻撃に対しては無力らしい。
当然ながら身の安全の確保は、現実と同様に気を付けなければいけない。
いくら草原の風が気持ちいいからといって、セーフティエリアでもないところで寝ていたら、モンスターに食べられていました。となりかねないのが、この世界。
その為、キャンプキットのテントがある。このテント系アイテムはセーフティエリアに張った場合にのみ、登録者以外を寄せ付けない結界になっているのだ。
この機能のおかげで、誰もテント内には侵入出来ない……。
──筈だったのだけど。
ふと目を覚ました時、なぜか柔らかな感触が後頭部にあった。ふわりと甘い香りと共に。
膝枕?
半分以上寝ぼけているのか、頭が働いていない。
でも何故か懐かしい気持ちになり、その状態を異常と思わず受け入れていた。
再びうとうととし始める。
ちょうどその時、その膝を貸している相手がボクの額を優しく撫で。
その感触に目を開く。
目が合った。
「おはようかな? もうお昼だけどね」
そこにはチュートリアルで会った精霊である、エレメンティアが優しく微笑んでいた。
ちょっと混乱し、そんなボクをしてやったりという表情で眺め始めたを見て、意地悪したくなった。
「どちら様でしょうか?」
ワザと知らない振りをしてみる。
「ひ、ヒドイよ。あの時、あんなに激しく求められたのに」
「こっちの冗談にシャレにならない返事するのやめてっ!?」
ガバッと跳ね上がるように起き上がる。
小さく「……ぁ」と彼女の口から呟きが漏れたが、ボクはそれどころじゃなかった。
照れもあったけど、それよりも。
「エレメンティアだよね? どうしてこんな所にいるの?
いやそもそも君みたいな精霊は、どっかの神殿とか拠点で待ち構えてるんじゃ?」
「あー、そんなことないよ?
むしろ私達は世界のあちこちを彷徨いてるわよ」
「はぃっ?」
どういう事?
「ええっと、お母様――キミ達別世界の旅人がいう永遠の精霊様の元に報告をする為に集まるのが、月に1回くらい?
あと何か事件が起こった時かな。
それ以外は『自由に世界を見て見聞を広げてきなさい』って言われてるの。
だからみんなあちこち旅しながら、好きなことしてるわよ」
驚愕の事実だった。
「その……自由過ぎない?」
「精霊って自身の管轄と興味が湧いた事以外は、基本無頓着なんだよねぇ~。
みんな好き放題してるわよ?
だから興味があることには、ある意味全力投球というか。
私も一度やってみたいことがあってね……」
そこまで言うと、急にごにょごにょもじもじとしつつ、
「──という訳で、なんか来ちゃった♪
てへっ」
上目遣いからはにかむように微笑む彼女がヤバいくらい可愛く見えて、思わず視線を逸らした。
なんだか直視出来なかった。「興味があることに」という言葉と「来ちゃった」という台詞が頭から離れていかない。
ええっと、その……この人は精霊。
上級精霊。
チュートリアルのおねぇさん……。
「という訳でこれからよろしくね? キミと一緒に居たいから……」
「い、一緒にって!?」
聞き返す。
……あぁ、声が上ずってる。
「ほら私ってば精霊だし。
立場的にも下手に力を使って姿を現す訳にもいかないしね。
……普通じゃ誰にも気付いて貰えなかったし。
……キミを見た時から、その、あの……ホントのおか……じゃなくて。
ええっと、ほら、なんか今会ったばかりの人とは思えなかったし。それに、ええっと……あ!
私ね、ちょっと前までずっと離宮に一柱だったから、少しでも一緒に…………」
一緒にいてくれる人が欲しくて。
「ダメ、かな?」
……。
……ああ、そうか。彼女は……。
気付いてしまった。
あの真っ白な空間で出会った時、そして別れた後、どこか引っかかってた。
魚の小骨が喉の奥に引っかかったような。どこか気持ち悪い、納得のいかない感じ。
あぁ、そうか。
あの時感じた違和感。その正体に。どうして今まで気付かなかったんだろう?
彼女は最初に言った。「キミが初めての人」だと。
相性もよかったんだろう。
ボクも彼女と接していて、今日会ったばかりとは全く思えなかったから。
きっと楽しかったんだ。
この短い瞬間がいつまでも終わらないで欲しいと願うほどに。
だから、簡単に終わると言っていたチュートリアルの説明が何度も雑談に変化した。
ずっと無理して明るく振舞っていたんだ。
ノリのいいお姉さんの振りをしてまで。
終わった後、寂しくなって、耐えられなくなって。
こうしていきなり僕のもとへ押しかけてくるくらいだから。
なのに。
ボクはあの時、ついにゲームができると浮かれていたんだろう。
だからチュートリアル後の出発の祝福の言葉が、表情が、最後の別れ際の彼女が、無理して笑っていた事に。
今まで気付いてなかった。
違和感を感じるほどだったのに。
だからボクは……今日から彼女と共にこの世界を巡る。
そう決めた。
複雑にバラけていたパズルのピースの一つが、カチリと音を立ててハマった気がした。
「いいよ」
「……いいの?
やっぱり迷惑じゃない?」
打算なんて、全く考えていない。
ただなんというか、彼女を放って置けなかっただけ。
「ボクはここに来たばっかで強くない。
でもこの広い世界の色んなところに行こうと思ってるんだ。ただ一人旅は寂しいから、一緒に歩ける仲間が欲しいんだ。
だからエレメンティアさえよければ、一緒に……」
「……『エフェメラ』」
「え?」
「エレメンティアは私の世界における立場上の名よ。
本当の名は……私を体現する真なる名は『エフェメラ』よ。
キミには……キミだけにはこちらで呼んで欲しいの」
不意に学校の授業の課題で調べた英単語が脳裏に浮かぶ。
『泡沫』。
『エフェメラル』。
もしその英単語から名付けたならば、運営もなんて酷な名前を付けるんだろう。
例えゲームで彼女がデータ上の儚いモノだけだとしても……。
彼女はしっかりと、この世界のここにいるんだ。
こうして僕の目の前に。
いいや、ボクにはもうこの世界をゲームだとは思えない。
誰が何というと、そう決めた。
この世界は。
もう一つの現実だ。
そう思えた瞬間、懐かしい気持ちが溢れた。
まるで……。
世界が「お帰りなさい」と言っている気がして。
「エフェメラ……。
──わかったよ、エフェメラ。これからよろしくね。ただ、もっと親しみのある名前で呼びたいな。
だから……これからは『エフィ』。エフィって呼ばせて。
それとボクの事も『キミ』じゃなくて、名前で呼んでよ」
「……っ!! うんっ! ありがとぅ、セイっ!」
涙が薄っすらと浮かんだ瞳をこすりながら、彼女がお礼を言う。
──次の瞬間、ボクの耳に電子音が鳴り響く。
『精霊の王女元素の精霊の試練をクリアしました。
称号〔??????〕が解放されます。
称号〔精霊王女の祝福〕の効果を得ました』
《プレイヤーの皆様。精霊魔法を習得したプレイヤーが名持ちの精霊と友誼を図り、認められて真名を知り得ました。
これにより『精霊神殿の入場』及び、称号『精霊の加護』が解放されます。
詳細はメールとヘルプガイドをご確認ください》
『精霊の王女元素の精霊との盟約が変化しました。
称号〔精霊王女の祝福〕が〔精霊王女の寵愛〕に変化しました。
これにより古代森精種のユニーク称号〔精霊王女の御子〕を取得しました。
種族条件と称号条件を満たした為、新たなる可能性を体得。ユニーク職業〔御子〕が追加されます。
詳細はメニューよりご確認ください』
……。
えぇっ!?
感極まったのか、ボクの胸に飛び込んできたエフィを抱き留めようとしたら、突然流れた電子音とアナウンスにビックリし、力が入らずにそのまま地面に押し倒され……。
テントの床に転がりながら、あまりの事に呆然となってしまった。
うぅ。締まらないなぁ。
次回 掲示板回です。