128話 目覚め取り戻した力
──ユイカ──
一息ついた後、あたしは急いでメールでお兄ちゃんに連絡を入れると、ダークちゃんが物陰に作成した転移門を使用し、瞬時に宿屋へと戻ってきた。
宿屋のロビーに設置されていた酒場で寛いでいた【円卓】のメンバー達は、突然目の前の影の中に現れた転移門から雪崩れ込んできたソルちゃんをはじめとする四柱の上級精霊と聖獣フェンリルを目にして、あんぐりと口を開けたまま固まった。
しかしただ一人、彼らと酒を飲んでいた源さんは違った。
あたしの様子から緊急事案が発生したことを悟ると、荒事になるかどうかの確認を取った後、装備品の手入れと準備を行うべく周りに声をかけて手伝いを募り、そして会議用として大きめの部屋を追加で宿屋に掛け合って借り受けた。
源さんに伝え忘れたのはあたしのミスだけど、てきぱきと的確にフォローしてもらえて助かったよ。
同じく受付のお姉さんとお茶を飲みながら談笑していたお爺ちゃんも、源さんの話を聞くや否や、エリックさん達へと指示を出して戦いの準備を急かしてたし。
だいたいあたし達のクランには、色んな意味で色々やらかすセイ君がいるんだもの。
だからみんな、こういう突発的な対応に慣れている。良いか悪いかは置いといて、ね。
お兄ちゃん達が戻ってきたのを見て、サレスさんに盗聴禁止効果のある結界を部屋に張ってもらって、今回の事案の説明を始めた。
さっき出会ったPK職であるキエルとの戦闘、そしてこの里で進行している悪事のことを。
あたしの分からない部分はシャインさんが代わりに説明を行い、そして全ての説明を終えると、出席メンバーは大きく息をついた。
「──ひとまず事情は分かった。ユイカへの説教は後回しにして、先にPKどもの処理からだな」
「そのぅ……やっぱりお説教、なの? あたしが見付けて来た形なんだけど……。だめ?」
「……この里に入る時、一人で行動するなと言ったはずだぞ。精霊の方々が助けに入って下さらなければ、囚われの身になってたんだ。それを理解しているのか?」
「うっ」
じろりと睨まれ、思わず呻いて首を竦める。
口調は静かながらも、あたしを見るその目に怒りの色が見て取れたからだ。
確かに言われていたよ?
でも白虎さん達が傍にいてくれることに気付いてたし、大丈夫かな……って。少しでもセイ君の役に立とうと思っただけだもの。
それにあの事件以来、あたしに対して過保護になってしまったお兄ちゃんの考え方も分かる。心配させて迷惑かけたのは間違いなかった。
だから反省してるし、そんなに怒らないで欲しい……んだけど……うぅ。
「まあまあレントよ。それは後でゆっくりすりゃいいじゃろ」
どんどん萎縮していくあたしを見るに見かねたのか、お爺ちゃんがそう助け舟を出してくれた。
その言葉を受けて、押し黙り目を閉じたお兄ちゃん。
しばらく無言で何かを考えていたけど、
「──分かった。しかしセイといい、お前といい、全くいつもいつも……。次からはもう少し考えて動いてくれ」
「うん……。ごめん、お兄」
あたしが謝ったのを見て、部屋の中が安堵に包まれた。
「で、話を戻すのじゃが。まずはこの里の長、ネライダ殿を助ける。それでいいのかの?」
「そうですね」
お爺ちゃんの確認に、あたしをチラッと見やったシャインさんがそう答える。
「もう一つの懸念事項である世界樹の方は、既に私達では手に負えません。あまりにも周囲の邪気が濃過ぎます。たとえ私達上級精霊でも、あの方と契約を行っていない今の状態では、近付く事すら困難です」
「ちょっと待ってくれや。周囲の邪気ってなんだ? 夕方向かった時には、アイツそんな事一言も言ってねぇぞ」
「セイ様が神殿に入られてから出現したのだと、私は愚考します。世界樹の周囲を覆うように展開された邪気の結界のせいで、中にいる精霊と連絡が取れません。なので状況が一切分かりません」
えっ!?
「質問だ。世界樹は邪気を吸収し、浄化を行う存在ではなかったのか?」
「何が原因か分かりませんが、恐らく処理能力が限界に達した為だと思います。消化出来ずに吐き出した邪気を、何者かが操作しているのでしょう。このまま対処出来なければ、世界樹は弱り続け……枯れて倒壊してしまいます」
どよめきが上がる。
「セイにゃん達は中に閉じ込められたという事かにゃ? メールや伝言板のやり取りは可能かにゃ?」
「メール……?
──あぁ、『風の声』ですね。そちらも無理です。それらは風や光の下級精霊が媒介しているので、彼女達では邪気の結界を越えられません」
「じゃあその結界がある限り、世界樹に向かった仲間との連絡が取れなくなったのか?」
「そうなります。いえ、あくまで可能性の話ですが……。セイ様の御力で強化された精霊なら、何とか邪気結界を突破出来るかもしれませんが、いずれにしろ危険過ぎます」
「そ、そんな状況……それって大丈夫なの? セイ……ちゃん達に何かあったら……」
セイ君と言いかけ、咄嗟に言い直す。
この話し合いにはあたし達【精霊の懐刀】の他に、【円卓の騎士】所属で騎兵隊隊長のエリックさんも出席しているんだ。セイ君の秘密を妄りにばらすわけにはいかない。
「世界樹とドリアドについては、既に対応をお願いしてあります。私達からの援軍依頼を受け、ダークやサレスと共に本日この地に到着されたばかりでしたが、急ぎ向かわれました。あの方達なら何の問題もないでしょう」
あの方達?
その人達は精霊じゃないの?
「ユイカ。向こうにはアーサーさんやマーリンさんもついている。そちらは無事だと信じて、こちらはやれる事をやろう」
「うん……そうだよね」
「そうですね。団長達ならきっと臨機応変に対応されると思います。
……となると、後は神殿長の救出ですか? 今連れて来ている我々の隊では、潜入作戦が不得意な者ばかりです。すいません、今回は後方支援とさせていただきます」
「まあ、仕方無いじゃろ。こんな事態は想定しておらんからの」
溜め息と共にお爺ちゃん。
「で、具体的にどうするのじゃ? わしも多少の心得がある程度じゃぞ」
「実行部隊はサレスと私が援護します。ダークとソル様は後方部隊と共に待機して欲しいのですが……」
「当然ついて行く。どうしても無理な時以外、人任せにするのは嫌いなのだ」
「我に外で待てというのか? ハッ、何の冗談だ?」
「……言うと思いました」
頬に手を当て、はぁ、と溜め息を吐き出すシャインさん。気苦労が多そうな精霊だなぁ。
「まあどっかの誰かさんは、知らない人の中で放置されるのが嫌なだ……」
「違うもん!」
「……別にダークちゃんがそうだと言ってないのですが?」
にやにやと笑いを堪えながら指摘するサレスさんの言葉に、ダークちゃんは真っ赤になって慌て始めた。
「──あ、いや、その。わ、我の転移門が必要な時もあろうし……くっ、サレス、出鱈目を言うな!」
「そういう事にしておきましょうか」
「うぅーっ」
「サレス、お主もいい加減にせんか」
「へぶしっ!?」
腕に抱かれている状態から、べしっとサレスさんの頬っぺたを叩いたフェルさん。
その肉球パンチが思いの外威力があったようで、サレスさんの首がくりんと九十度回転する。
「お、親にもぶたれた事ないのに……」
「喧しい。いちいち話の腰を折って、よく分からんネタを挟むな。会議が滞る」
片手で頬を押さえてよよよと嘘泣きをするサレスさんの苦情を、フェルさんがピシャリとシャットアウトした。
「「「あ、あはは……」」」
部屋にいる誰もが乾いた笑いを浮かべたり、額に手をやったり。
漂っていた緊張感という空気が完全に破壊されてしまった。
毎回思うんだけど、この駄メイド、どこでこんなネタ拾って来るんだろうか?
誰かに教えてもらってるの?
あたしの考えすぎなのかなぁ。
「……なあ、ユイカ。カグヤさんの眷属って……」
「お兄、聞かないで。見たまんまだから」
「お、おぅ……」
全くどうするのよ、この空気。急がなくちゃならないのに。
仕方ない。
お兄ちゃんに強引に方針決めてもらおう。
そう思った時、隣に座っていたソルちゃんが顔を寄せてきた。
「──ユイカ」
「ん? 何?」
「ちょっと個別に話があるのだ。手間は取らせない」
「うん。じゃあ……あたしの部屋で」
いったい何の話だろう?
「ユイカ、ごめん」
「構わないよ、ソルちゃん」
神殿長救出メンバーも決まり、作戦の手順が今もまだ話し合われている最中だけど、ソルちゃんのお願いを受けて、あたしが借りている二人部屋に移動してきた。
そもそも救出メンバーからあたしは外されちゃってるからね。向こうにいても仕方ない。
あたしだけまだ単なる二次職の〔元素魔法師〕だし、みんなよりはるかに弱いことを自覚しているし、夕方やらかしたことへの反省も意味もあって、今回は主張するのを止めたからだ。
とはいえ、ソルちゃんとお話しした後どうしよう?
正直セイ君やみんなが心配で、このままじゃ眠れそうにないし。
「……なんでダブルベッド?」
「だってこの部屋セイ君とあたしの部屋だもの。最低もう一人添い寝に参加してくるんだから、一緒に引っ付いて寝るには、少なくともこれくらいの大きさはいるし」
「わ、わわ。……そ、そうなんだ?」
ぼすんとベッドに飛び乗ってゴロゴロと転がっていたソルちゃんは、ふと疑問に思ったのか、そんな質問を投げかけてきたので、そう簡潔に答えたんだけど、その返事に何を想像したのか真っ赤になって転がっていた枕をぎゅっと抱き締めた。
「ユイカってば、大胆なのだ」
「まあ……あたしにとっては死活問題だったから。
でもあたしだけじゃなくて、カグヤさんもティアちゃんも我先にと突撃してくるからね? 他にもあと二名。全員でセイ君をシェアしてるんだよ」
「んと、その『カグヤ』と『ティア』って、確かうちの愚妹と、エレ姉さまのところのヴォルティスの字だよね? 迷惑かけてない?」
「大丈夫だよ。最初はちょっと思うところもあったけど、その気持ちよく分かったから。
……っと、ちょっと変な感覚だよね。お姉さんであるソルちゃんをちゃん呼びして、妹をさん呼びするなんて」
「あはは……。ソルはルナより小さいから。よくどっちがお姉ちゃんなのかと、昔からからかわれたりしてたのだよ」
「あ、言われたくなかった?」
「いいのだ。気にしてない」
「そっか……。
──で、ソルちゃん。話って何かな? やっぱりセイ君のこと?」
ベッドの縁に腰をかけ直すソルちゃんの対面へと椅子を引っ張り出したあたしは、そこに腰を下ろした。
そしてまだどこか……ちょっと緊張しているみたいな感じを受けるソルちゃんへと笑いかけながら、話の先を促す。
例えセイ君絡みの話だったとしても、もう驚かないつもりでいる。
さっきのやり取りの中で感じたこととして、ダークちゃんはもうオチちゃってると言ってもいいような状態だったし、シャインさんもその話しぶりから推測するに、会ったことのないはずのセイ君に対して、既に彼に付き従うのが当然と思っているかのように感じる。
サレスさんについては、本人があんなノリなのでよく分からないんだけど、セイ君へあっさりと祝福を授けたというし、それなりに彼のことを認め、信じているのだろうと思う。
ただソルちゃんに関しては、まだよく分からない。でも恐らくだけど、セイ君に関する情報だけは確実にソルちゃんに伝わっていると思う。
だってここ最近は、セイ君の情報が全精霊に出回っちゃってるんだって。
精霊女王である永遠の精霊様やその補佐役である運命の精霊さんが監修を行った上で、希望する全精霊に対して風の精霊さんが中心となって、セイ君の日常情報を毎日発信していると、サレスさんがこっそり話してくれたんだもの。
芸能ニュース扱いなの!? と、思わず突っ込んじゃったわよ。
何だかセイ君のプライベートがあってないようなものになっちゃってる気がするんだけど、逆に言うとそれだけあらゆる精霊達から注目を浴びていて、しかも彼女達にとって、セイ君はとても重要な人物となっているわけで。
最近やけに色んな精霊から挨拶されるし、なつかれるし、みんなのやる気が凄いんだよねとセイ君が言ってたけど、確実にこれが原因だ。
そりゃ精霊の女王様のお気に入りと化しているセイ君を、他の精霊が注目しないはずがないし、セイ君の人となりを見ていたら、惚れ込んじゃうのは当たり前だと思っている。
というわけで。
今までどこで何してたか知らないけど、そのことをソルちゃんが知らないわけないんだよね。
実際姉としての立場を利用すれば、カグヤさんからいくらでも情報を貰えるだろうし。
「あ、うん。その……ソルの未来の主様であるセイ様の事も確かにあるのだ。ちょっと前、精霊島に里帰りした時、母様から熱弁ふるわれた上に結論を急かされてるけど、その……ま、まだ恥ずかしくて決めてない……のだ……よ」
あーあ。やっぱりそうなんだ……。
「そ、それよりも今は! 先にユイカの事が優先なんだよ。ちゃんとお話しないと……」
「へ? あたし?」
あたしが出したセイ君の名前に、頬を真っ赤に染めゴニョゴニョと口ごもりながら、恥ずかしそうに自分の髪を弄って弄んでいたソルちゃん。
けど本来の目的を思い出したのか、きちんと佇まいを直し、ジッとこちらを見つめてきた。
あの……話って?
変なこと……じゃないよね?
「まずは一つ答えて。ユイカ、太陽精の使徒に……今後もずっとソルといてくれる?」
「ソルちゃんの使徒? なにそれ? よく分かんないけど、ソルちゃんと一緒にいられるなら何でも構わないし、ソルちゃんの助けになりたいと思ってるけど?」
「そっか。やっぱり即答なんだね」
苦笑するソルちゃん。
「うん? ……まあいいや。それよりその使徒ってなんなの?」
「うーん、使徒の事、どう説明しようか……?
──そだ。こういう言い方なら分かりやすいかな? ユイカの兄のレントが雷精の使徒になってるよね。それにティリルは生命精の使徒だし、レトとミアは闇精の眷属、セイ様だとエレ姉様の使徒にあたると言えば分かる?」
「ええっと、それってEX職のこと……あれ? セイ君の場合は特異職だから、それだとなんかおかしくない?」
「あ、キミ達はそういう言い方と使い分けしてるんだ? その言い方だと、ちょっと正確じゃないかな」
にこりと笑って、ソルちゃんが説明を続ける。
「ソル達上級精霊の加護を受けた人族はその精霊の属する『眷属』となり、更に祝福以上を授かれば『使徒』となるのだ。
更に細かな条件を満たした場合に発生するのが、さっきユイカが言った特異化。使徒であるのは変わらないけど、深く世界と繋がり、唯一無二の力を得る」
「それがセイ君の御子なの?」
「うん、そうなのだよ。アーサーとマーリンの〔勇ある者〕や〔聖者〕もそう。彼らはうちのシャインの使徒なのだ」
「あれ? でもセイ君が御子になって精霊の加護を有効化する前に、あの二人は特異化してたはずなんだけど?」
「キミ達異界人全員が本当の意味で加護の力を得る為には、厳しい条件があったのだよ。それが『誰かが精霊に愛され寵愛まで至る事』だったわけで。その結果、ようやく異界人は世界から認められた。
ただ個別の使徒化については、元々こちらの判断次第でいつでも可能だったのだよ。
あの二人については、シャインが試練の褒美として祝福を有効化し、己の使徒にしていたのを知ってるのだ」
そっか。そりゃそうだよね。
「あとそれと……複数の加護を得た場合、基本上位存在が守護精霊となるのだけど、セイ様のような例外も発生するのだよ」
上位存在……?
精霊の序列のことかな。というと……?
「──例外……あ、こないだセイ君がエターニア様の加護を得たって言ってたけど、守護精霊自体は元素の精霊のままだよね。このことかな?」
「そうそう。さすがユイカだね。理解が早い」
よく出来ましたとばかりに、ソルちゃんは頷く。
「その例外を発生させるのが『使徒化』なのだ。もちろん双方共に解除する事も出来なくはないけど、当然人族側から解除してしまえば、二度とその精霊の加護を得る事が出来なくなる……」
「つまり慎重に選べと……確かにあたしは既にティアちゃんの加護も持ってる。今後も他の精霊の加護を得るかもしれない。
でもあたしは、やっぱりソルちゃんの使徒になりたいかな。たとえ後で他の精霊の加護を得たとしても、絶対に変える気はないし」
「ありがと。うん、これで全ての条件が整い、試練が終了したのだ」
「え? 試練? もしかしてあたしの精霊の試練って、これだけなの? 簡単過ぎない?」
「そんな事はないのだよ」
ゆっくりと頭を振る。
「……ごめん。ホントはなるべく早く会いに来て、ユイカを助けたかったのだ。けど色々と狭間で喋り過ぎたせいで……制限がかかってしまったのだよ。でもこれで条件を満たしたし、狭間で掛けたソルの願掛けも成就したのだ」
「制限って何が?」
「ユイカの本当の種族への進化と加護の制限解除。そして……記憶の封印もあるのだ」
「へっ?」
「論より証拠。今解放するのだよ」
そっとあたしのおでこに手を当てたソルちゃん。
その手が仄かに光輝き、その温かな光があたしの中へと沁み込むように潜り込んでいく。
「──あ……? あぁ……」
唐突に甦ってくる。
ソルちゃんと狭間で過ごした時間と、そこで話した内容が。
この世界のこと。精霊のこと。
そしてあたしが選択した特異化種族の秘密と封印、今の精霊世界の状況を……。
でもこんな事実……今でもまだみんなに話せない内容だ。
知りすぎちゃったが故の処置だったんだね。
「ユイカの成長の方向性を。本来ならユイカ自身が決め、選び取る筈の道を。ソルの勝手な願いで、最初から歪めてしまった。
何とかしたいと方法を探している時に出会ったユイカに。あの人の妹であるが故に、どうしても助けて欲しかったから、つい縋りついちゃったのだ。
だから……出来る限り、こうしてやり直した。他の選択肢を選び取る選択肢を増やす為に。余計な事をしちゃって……ごめんね」
「ううん。あの時言ったでしょ。あたしは嬉しかった。そしてその試練も絶対クリアすると。絶対ソルちゃんを探し出して、必ず太陽精の使徒を選び取るんだって。
ソルちゃんが気に病む必要はないよ。あたしはあたし。根掘り葉掘り話を聞いたのも、封印を受け入れたのも、そしてやっぱりソルちゃんを選んだのも。全てあたしが決めたこと」
ソルちゃんに近付いて、その小柄な身体をぎゅっと抱き締める。
だから……。
「あたしは強くなりたい。力だけじゃなく、心も強くなって、みんなを、セイ君を支えていきたい。だから……。
──ねぇ、ソルちゃん。これからはずっと一緒にいられるかな?
ソルちゃんが大好きなエフィさんを。その中にいるあたしの大好きなお姉ちゃん……ユズハ姉を。一緒に支え、助けていこうよ」
「うん! これからも一緒なのだ!」
「もちろんセイ君のことも、だよ?」
「あ、あうぅ……それは……その。ぜ、善処するのだ」
ああもうほんと可愛いなぁ、この精霊。
もじもじとしているソルちゃんを、もう一度思いっきり抱き締める。
うん。ソルちゃんとなら絶対大丈夫。
一緒にやっていける。
あたしの中で、説明が木霊する。
『太陽の精霊の加護試練をクリアしました。
称号〔太陽の精霊の加護〕が解放されます。
称号〔太陽の精霊の加護〕の効果を得ました』
『試練クエスト『太陽の精霊と共に』がクリアされました。貢献度により以下の褒賞が付与されます。
制限を受けていた称号〔太陽の精霊の加護〕が本来の称号〔太陽の精霊の祝福〕に復帰しました。
制限を受けていた特異種族が解放され、元の〔霊狐族〕へと復帰しました。
太陽の精霊との友誼と受けし力により、称号〔金狐〕を獲得。
種族条件と称号条件を満たした為、新たなる可能性を体得。特異職業〔仙狐〕が追加されます。
詳細はメニューよりご確認ください』
ソルちゃんから離れ、あたしは急ぎメニューを開き、クラスチェンジを実行する。
「うくっ……」
「ユイカ!?」
自分の肉体が変わっていくのを感じる。
本来は狭間の間に変化をしておかなくてはならなかった特異種族の部分が。
強い痛みが身体中を走る。
「大丈夫……。一瞬だけだったから。もう問題ないよ」
笑いかけ、そしてむずむずするお尻の違和感に振り向き、それを手に取って確認する。
「尻尾は……今四本。次の条件まであと五本」
狭間でソルちゃんから聞いた次の上位クラスである〔天狐〕への条件の一つが、まずはこの尻尾を九本揃える事。
増えた尻尾の切っ掛けは、〔ティアちゃんの救出〕〔カグヤさんとの友誼〕それとこないだあった〔イベント内の試練〕かな。
残り五本。
それともう二つの条件。
それは必要レベルと、あたしの守護精霊であるソルちゃんからの無条件の信任状。
こちらはそもそも心配なんてしていない。
レベルなんていずれ間違いなく達成できるし、ソルちゃんからの信頼も普通に問題ないと思う。
このまま力を増し研鑽を積んで行けば、セイ君の隣に常にいられる。
この力を以って、彼を守っていける!
あとは残しておいたSPとイベントで得た技能書や魔法書で必要なスキルを習得して、この姿に力を馴染ませる為に慣らし運転をして……。
そんな計画を立てていた時だった。
「──あ?」
ソルちゃんがふと天井を見上げ、手を前に差し出す。
そこにフラフラと舞い降りてきた、実体化している一柱の下級精霊。
いや違う。
ソルちゃんの使徒となって仙狐となったあたしは、実体化していない精霊も見通すことが出来るようになったみたい。
これがセイ君やティリルが視ている精霊の姿と景色なのかな?
思ったより下級精霊の子って周りにいない?
のんきに考えていたのも、それを見てしまうまでだった。
ソルちゃんからの力の供給を受けて、光が弾け小鳥の姿をした精霊が完全に実体化し、その差し出した手のひらにぺちゃりと横たわり、力無く震える。
その異常な姿を見て、あたしは慌ててソルちゃんの手の上を覗き込んだ。
そして、その精霊の子の身体を蝕むように纏わり付いている黒い靄を確認して……。
「えっ!?」
その穢れを見て、瞠目する。
「しっかりしなさい! 心を! 意志を強く持って!」
ソルちゃんが必死に声を掛け、ぐったりとしていたその精霊に力を注ぐけど。
その精霊は必死に何かを紡ぐように鳴き声を上げたのち、その身体が薄れていき……光となって解れ弾け飛んだ。
「い、今のって!?」
精霊だった光の残滓が周囲へと解けていく中、力無くぺたんと床にへたり込んでしまったソルちゃんの身体を慌てて支えながら、酷だと思ったけど確認を取る。
精霊の姿は見通せても、流石に声までは聞き取れなかった。
嫌な予感に尻尾を震わせながら、ソルちゃんの言葉を待つ。
「──さっきの子は風の精霊だよ。セイ様からの言伝を早く女王様へと届けないと、と……言ってた……。無理し過ぎだよ!」
「そんな……」
さっきシャインさんが言ってた邪気の結界を強引に突破してきたの!?
こんな小さい精霊が消滅の危機に瀕してまで?
自分の命の限界を知ったあの精霊は、大勢の上級精霊が集まっているこの場に死にもの狂いで飛んできたんだろう。
その命を果たすために、残り少ない力で。
こんな結果、セイ君に話せない。
知られちゃいけない。
──ああ、セイ君に内緒にしなきゃいけない事柄が増えていく……。
でもこれって?
そこまでして伝えないといけないことがあったという事は……?
「──ユイカ」
「うん」
「お願いがあるのだ。物はダークネスに言って、これからすぐに用意させる。だから……それを世界樹の中へ、セイ様の元へと届けに行って欲しいのだ」
「世界樹の……中へ!?」
言葉に詰まる。
世界樹の洞の中へ?
あの出来事が、恐怖が再び頭の中を繰り返し蘇る。
「ユイカが自分の世界で体験した事は、狭間で教えてもらったから知ってる。
でも、今この場にいて自由に動ける者で、そしてそれを託すだけの信頼出来る者は。所有している力の適任を考えてもユイカしかいないのだ」
こちらを見上げるソルちゃんの瞳。
その眼が済まなそうに揺れ動いているのを見て、あたしは強く唇を噛み締めた。
馬鹿か、あたし!
さっき誓ったばっかりでしょ!
気合を入れろ!
あんな空洞に入るくらい大したことない!
「……どれくらいで用意出来るの?」
「ユイカ?」
「急ぐんでしょ? 他の人にも説明しなくちゃならないから、さっきの会議室に戻ろうよ。ちゃっちゃとセイ君に届けてくるからね」
手を差し出す。
「……うん! すぐに用意させるのだ」
この里に危害を加えようとしている奴らを。
あの馬鹿を。
相手が誰であろうと、絶対に許さない。
必ず報いを受けさせてやる。
ソルちゃんの手を引いて立ち上がらせると、あたし達は前を向いて歩き出した。