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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
世界樹と交錯する思惑
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125話 過去からの足跡


 満を持して、正妻ユイカちゃんのターン。





──ユイカ──



「──セイちゃん、大丈夫かなぁ?」


 桟橋で手を振りながらセイ君を見送ったあたしは、次第に小さくなっていく渡し舟を見ながらそう独りごちた。


 ティリルやレトさんが一緒についていてくれているから、多分変なことにはならないとは思うけど、ごく稀に信じられないこと起こしちゃうからなぁ。


「信じて待つしかないだろうな」


 あたしの呟きを横で聞いていたお兄ちゃんが言葉を返してくる。


 つい行かないって言っちゃった手前、確かにその通りなんだけど、心配なモノは心配なんです。


ユイカの嬢ちゃん。そんなに心配じゃったら、一緒に行けば良かったんでないかの?」


「うぐっ……。それはちょっと、その……そうそう。今はまだ考え中で、後で追い掛けて行くつもりなの」


 言葉に詰まったあたしは目を泳がしながらも、何とかそう答える。


 椿玄斎ちんげんさいのお爺ちゃんの言うことは、もっともだと思う。


 本音を言えば、あたしも行きたい。

 セイ君が誰かを守るためにあたしの元を離れていくのを、ホントはもう見送りたくない。


 今回のこれは、その、ええっと……。


 そう!

 これはセイ君が独りで向かったんじゃないから、大丈夫なんです!


 セイ君の周囲に屈強な人達がいるから、まだ我慢出来るんです。



 ……。


 うん、ごめん。

 これは言い訳。本音じゃない。


 でも、そのせいで……やっちゃったよ。本当はずっと一緒にいたいのに。



 溜め息交じりに、遠くに見える世界樹を見やる。


 ここからでも見える大きなうろ


 その中にファルナダルムの神殿があると聞いて、過去のあの出来事が脳裏をよぎってしまい、思わず口が滑り、一緒に行くのを拒絶しちゃった。


 いまだにあたし達を苦しめ続けているあの出来事から、今もなお逃げるように目を逸らし、きちんと向き合えていない現実をしっかりと認識しながら。





 あの出来事。

 それは今から約六年半前の夏の夜。


 そこで起こった不幸な出来事が、あたし達の運命を大きく狂わせ変えてしまった。


 当時八歳だったあたし達は、お姉ちゃん達に連れられ、海辺の町の神社で行われていた夏祭りに出かけていた。


 遊んでいる途中ではぐれてしまったお兄ちゃんを探しに行くため、美空さんと海人さんが探しに戻ることになった。


 入れ違いにならないようにあたし達──理玖りく君と杠葉ゆずりはお姉ちゃん、そしてあたしは、満月に照らされた海の見える丘の途中にある林の参道で待っていたの。


 どうしてあんなことになったのか、切っ掛けが何だったのか、その後の衝撃的な体験であまり覚えていないし、思い出したくもない。


 ただ……。


 髪を派手な色に染め、だらしなく服を着崩したチャラい男どもによって、周囲を囲まれてしまったこと。

 理玖君やお姉ちゃんの機転で逃げ出せたこと。


 そして。


 囮になることであたし達を逃がそうとしたお姉ちゃんを助けようと、理玖君があたしを木の根にあったうろに隠して追い掛けて行ったことだけは、今でも心のしこりとなって深く刻まれてしまっていた。


 真っ暗な樹木のうろの中、なんの状況も分からないまま、恐怖で震えながら二人が戻ってくるのを待ち続けたあの夜。


 いくら待っても誰も戻って来ず、次第に時間の感覚が無くなり、ポシェットに入れていた携帯端末に入る親からの連絡もマナーモードにしていたせいで気付かず。


 端末のGPSを頼りにやって来た警察の人達に保護されるまで、ただひたすらに頭を抱えてうずくまり震えていた。



 その体験が、恐怖が。

 独りになる度に、フラッシュバックする。


 男達の嘲笑が、怒号が。

 あたしの耳にこびりついて離れない。


 

 あたしが長時間独りでいることが出来ない理由はこれだ。

 一時期、夜も独りで寝られないほど酷かった。

 

 今でこそまだ少しはマシになったのだけど、周期的に発作のように理玖りく君の存在を求めて……。


 彼の姿を探し求めて。

 その温もりを求めて。


 彼の傍にいないと気が狂いそうになってしまう。

 独りで寝れなくて、彼のベッドに潜り込んでしまう。


 理玖りく君と触れ合っている時だけが、あたしがあたしでいられる。

 情緒不安定にならないで済むんだ。




 仕事で夏祭りに行けないと悔しがっていた両親やおじさん達。


 子供達だけでなく、お父さん達が一緒にいれば、あんなことは起こらなかったに違いなかった。


 警察から連絡を受けて駆けつけてきたお父さんに強く抱きしめられ、これで助かったんだと、いつもの日常に戻れるんだと。


 そう思っていた。  



 

 けど、悪夢は続く。

 そして突き付けられた現実は……それはあまりにも非情だった。


 


 念の為にと病院へと連れて行かれる途中、お姉ちゃんと理玖りく君は無事なのかを何度も確認したのだけど、お父さんは押し殺したような表情を浮かべたまま黙して何も語らず、ただただあたしの頭を撫で続けていた。


 この状況に……車内の空気がおかしいことに、幼かったあたしでも流石に気付く。


 次第に口数が減り、最後にはお互い無言のまま、地元にある御陵みささぎ病院へと車は走る。



 当時の理玖りく君とのやり取りが、今でも耳に残っている。



 ──ユズねぇを助けて必ず帰ってくるから、お前はここで待っててくれよな。


 ──やだぁ……。理玖りく君が一緒にいてくれないとやだよぉ……。


 ──相変わらず結衣ゆいは泣き虫だなぁ。ほら、落ち着けって。


 ──だって……だってぇ……。嫌な予感しかしないもん。いなくなっちゃ、やだぁ……。


 ──俺が約束破ったことあったか? ほら、指切りげんまん。必ずここに帰ってくるから。

 お前を迎えに戻ってくるから。


 ──うん……我慢する。

 絶対、絶っ対、ぜぇっーたいに、お姉ちゃんと一緒に帰ってきてよ。



 当時は気にしたことなかったけど、今から思えば、昔から理玖りく君は他の男の子達とは違う、どこか不思議なところがあった。


 人探しが妙に上手うまかったり、無くした物を見つけるのが得意だったりした。


 それによく森に出掛けては、誰かに話しかけるように独り言を言って笑っていたり……。


 困っている人を見かけたら、必ず助けにいくのもそうだ。


 うん、これは今と全く変わらないよね。


 それに。

 あたしと指切りした時、理玖りく君は今まで絶対に約束を破ったことがなかった。


 あたしに笑いかけてそう約束した後、お姉ちゃんを追いかけて行った理玖君のことを信じて待っていた。



 信じて待ち続けて……。



 ──そう。

 信じていたのに……。





 理玖君のお家が経営している病院へと着く。


 夜間通用口から入ったすぐ先のロビーで待ち構えていたお母さん。あたしの姿を見るやいなや、取るものも取り敢えず駆け寄ってきて、泣きながら抱きついてきた。


 そしてそのまま診察を受けた後、両親が担当医と話している間に、あたしは待合室をそっと抜け出した。


 あたしと同じように病院へと連れて来られている筈だと。


 そう判断したあたしは、勝手知ったるこの病院の中をウロウロと歩き回り……。


 

 ──そして知ることになる。


 

 時刻は既に夜中で消灯時間を過ぎていた。

 更にその日は何故かあたし達以外の急患もなく、その看護師達は誰もいないと思って油断していたのだと思う。


 遠くでパタパタと動き回る音に気付いたあたしは、普段全く行かないフロアに迷い込み、そこで看護師達の会話を耳にする。



 ──二人が意識不明の重体で、緊急搬送されてきたことを。



 そして目の前が暗くなったと思えば、床が眼前に迫ってきていて……。

 


 ──あたしはその場に倒れた。





 ここから先は、後日両親をはじめ、お兄ちゃんや美空さん達から無理矢理聞き出した話になる。


 まず理玖君が大怪我を負った際の詳しい状況は、全く分からなかった。

 

 理玖君を傷付けた男達は捕まったんだけど、誰一人当時のことを覚えていないという訳の分からない状態だったからなの。

 しかもその当日彼らはそこにいなかったと言い張った。

 

 しかし、現場の展望台に設置された監視カメラに彼らが映っていて、理玖りく君に暴行を加えている事実、そしてあたしの証言と真っ向から対立した。


 当然ながら、警察は彼らが嘘をついていると判断し、捜査に導入されている嘘発見装置に彼らは掛けられることとなった。


 でも、彼らの証言から嘘の痕跡が見つからなかったの。

 このことに、警察関係者はどう対応して良いものか頭を抱えたらしい。


 

 そして他にも不自然なことがあった。


 この事件で捕まった男達は全部で五人。彼らが実行犯の全てとされた。


 けどそれはおかしいんだ。

 だってあたしはその姿を見て、そしてその声を聞いているもの。


 あたし達を取り囲んできた男達の背後で、クスクスとわらっていた黒髪のお人形さんのような小柄な少女を。


 和服にも似た装いの、どこか理玖りく君に似ているその少女を見たお姉ちゃんがその身を強張らせ、そして息を漏らすように思わず呟いた言葉を。


「──っ!? どうし……がここに……?」


 と。



 でもいくらあたしがそれを訴えても、カメラに映っていたのはあたし達三人と()()()


 どの監視カメラの映像にも、その少女の姿はなかった。


 挙句の果てに、あたしの証言は恐怖に捕らわれたせいで幻覚を見たのだろうと決めつけられ、捜査はそこで打ち切られた。


 それに捕まったその男達は、全員が未成年だったこともあり、家庭裁判所に送致そうちされ、そして全員が保護観察処分となったらしい。


 正直なところ、この処分って軽すぎると思うんだけど、あたし達にはどうしようも出来ないことだから、泣き寝入りするしかなかった。


 



 そして海人さんの話なんだけど。


 彼が言うには、自分でも何かよく分からない感覚に導かれるように、海へと通じる丘へと出たそうだ。


 そして目の前で海へと転落していく二人を目撃したんだって。


 叫び、走り寄る海人さんを見て、その現場から逃げていく男達に思うところはあったものの、彼は転落した恋人と弟を助けることを優先した。


 ただ場所が悪かった。

 その展望台の先は、海へと突き出た崖になっていたから。


 満月の月明かりの元、海へと沈んでいく二人を追いかけて飛び込むわけにもいかず、設置されていた階段をもどかしく思いながらも駆け下り、何とか陸地へと引き上げたそうだ。


 ただそこでも不可解なことがあったの。


 切り立った高い崖から海面へと叩き付けられた筈なのに、理玖君が男達から受けただろう暴行の跡以外、全く怪我をしていなかったこと。


 それだけなら運が良かったで済まされたんだけど、もっと訳の分からない不思議なことがあった。


 それは……海人さんが波打ち際まで駆け下りてきた時には、二人は完全に海中へと沈んでいた状態だったのに、二人とも自発呼吸があっただけでなく、海水を飲んだ形跡すら全くなかったこと。


 この常識的にあり得ない事実においても、病院の関係者は頭を悩ませたらしい。


 墜落死や溺死してもおかしくなく、散々ニュースで奇跡とも言われた。


 でも、あたしに言わせればそんなことはどうでもよかった。



 どうせ奇跡が起こるなら。



 あの日以来、全く意識が戻らなくなった杠葉ゆずりはお姉ちゃんと。


 そのお姉ちゃんに関わる全ての記憶を完全に喪失し、そして幼い頃の口調に逆戻りしてしまった理玖君を。



 元通りにして、あたしに返して欲しかった。

 

 




 そんな経験をしているものだから、あたしもまた理玖りく君──いやセイ君と同じように、PKをはじめ、この世界の住民を虐殺ぎゃくさつしようとするような奴は、絶対許さない派だ。


 当然今回襲われていたフェーヤちゃんには、かなり感情移入しちゃっている。

 

 セイ君はあたしをこの件に出来るだけ関わらせないようにしてくるだろうけど、あたしもいつまでもセイ君に護られてばかりじゃ駄目だと思っている。


 絶対危ないと言われるから、セイ君には関心のないように誤魔化しているけど、あたし自身出来る範囲を広げることで、セイ君に負担をかけることなく、どこまでも協力していきたい。


「──カ?」


 それに、だよ?


 この里の周辺には、あの時の仲間が大勢たむろしている筈よね。もしこの里の中にでも入ってきていたら最悪だよ。


 どうにかしてうまく誤魔化しながら、奴らを討伐出来ないものかな?


 この後、里の中を彷徨うろついてみようかな?

 安全を確保する為に、周辺地形を把握しておくことは鉄則だし。


「……イカ? ユイカ?」


 それに、犯罪者なんかにこのエルフの里で好き放題させるなんて、そうは問屋は下ろさない。

 絶対必ず確実に滅ぼして……。 

 

「返事しろ! この狐娘!」


「ふぎゃっ!?」


 敏感な耳元でいきなり怒鳴られ、その大声に脳を突き抜けた衝撃に叫び声を上げた。


「な、なに!? あ、お、お兄!?」


 椿玄斎のお爺ちゃんの言葉が切っ掛けとなって、過去に意識が飛んでいたあたし。

 その大声に、お兄ちゃんから大きく離れながら、誤魔化すように声を返した。


「いつまでもぼーっとしてないで、とっとと宿に行くぞ。もうみんな移動してる」


 背後を親指で指しながら言うお兄ちゃんの先を見れば、そこには旅行者や冒険者用の大きな宿屋があった。


「う、うん。先行ってて」


「……」


 あたしのその言葉に、しばらく黙り込んだお兄ちゃん。

 近寄ってきて軽く肩を叩いた後、


「……あんまり思い詰めるなよ。お前はただ、あいつの横で共に笑ってればいいんだ」


 あたしの耳元で辛うじて聞き取れるくらいの声量でそう呟いた後、お兄ちゃんはきびすを返し、この桟橋のすぐ側にある〔精霊の止まり木〕という名の看板が掛けられた宿へと歩き出した。


 そりゃね。あたしもそうしたい。

 それが一番だと、分かってはいるんだけどなぁ。


 お兄ちゃんのその言葉に溜め息一つつくと、あたしもその後を慌てて追いかけて行った。






 時間って、どうやったら一日三十六時間くらいに増えるんでしょうか?

 (増えません)

 


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