123話 方針と……後始末
「──ここか」
「……ああ」
最頂部に到着したゴンドラから降り立ったアーサーさんとマーリンさん。
彼らは人の背丈の数倍もある巨大門の前に立ち、その意匠を感嘆の面持ちで見上げていた。
その両開きの巨大門には、世界樹を模った模様が全面に描かれており、左面にファルナダルム氏族の紋章、右面に樹木の精霊の紋章が刻まれている。
「本来この門はたった一人を除いて開けられない。特殊な儀式の時しか使わないからな。唯一開けられる巫女が封印、管理している筈なのだが……」
「なんか開いちゃってますね」
その二人の背後から歩み寄るラウシュさんの言葉に、ファルマンさんが僅かにズレている門扉の合わせを見てコメントする。
そんな彼らの様子をゴンドラの中からチラ見するボク。
「見た感じ、封印が壊されているようだ。何の力も感じない。これも偽物の仕業か?」
「宝物庫と同じだ。どうやら邪気をぶつけて破壊したみたいだな。邪気の罠があったらまずい。手当たり次第に浄化してもいいが、見落としかねないから、まずはセイちゃんに調べてもらった方がいいな」
「邪気の罠か……。あの宝物庫にあった罠について、何も視えなかったし全く感知も出来なかったと、ニファから聞いている。巧妙に隠蔽された邪気の罠を見破れるとか、一体彼女は何者なんだ?」
「それは……説明しにくいな。セイちゃんは色々特殊だし」
「その辺は後で。今はこれからの事を考えよう」
彼ら四人、顔を突き合わせて相談を始める。
「この門の先が樹皇の間なのか?」
「いや、この先にまだまだ通路が続く」
「目的地に偽物の神殿長がいる可能性が高いとなると、やはり戦闘になるか?」
「ええ、そうですね。今までの情報を整合しますと、その偽物は邪人族……しかもかなりの知能を持つ邪霊の使徒でしょうね」
「んだな。しかし奴ら邪人がこんな大がかりな事を出来るとは思ってもみなかったが」
「今まで出会った邪人どもは、単にその場で暴れているだけだったからね。これは相当な知能と戦闘能力を持っていると思ていた方が良いだろう」
「あの……ガチ戦闘だと、僕は全く役に立ちませんよ?」
「薬師に前に出ろとは言わんよ。そんな事やろうとするのはあの変態だけだ」
へぇ~。
ということは、メディーナさんって強いのかな。
彼らの会話が気になって、更に聞き耳を立てる。
「それはともかくとして、だ。ラウシュさんは邪人どもを相手にしてどのくらい戦えます?」
「……相手の程度にもよるが、世界樹の邪気吸収能力が飽和してしまって効果を喪失している今、正直厳しい。そもそも俺達エルフの民は、邪人どもと相性が悪い。世界樹の加護が及ばぬ所で傷を負えば、確実に力を失い、そして脱落する。対邪霊装備の効力も発揮出来ないしな」
「では俺達が前に出よう。本当は安全な場所で待機していて欲しいんだが……」
「神出鬼没な相手だ。どこに敵が潜んでるか分からんし、各個撃破でもされたら目も当てられん。前線はアーサー殿に任せて、俺は後衛の護衛に回っていよう」
「頼みます」
「それが一番だな。これから突入するに至って、これ以上相手に時間を与える事なく、かつ万全の態勢で向かうのが大事なんだが……」
「──すまん。うちのフェーヤが迷惑をかける」
「いやいや。あれ、男の僕でもきつかったですから……」
「あれはしゃあない……あれはな……」
彼らの声が小声へとトークダウンする。
「精霊の申し子であるセイさんが樹木の上位精霊ドリアドさんを慮ろうとするのはよく分かる。かの精霊の体調や状態を考えれば、急ぎたかったのも分かる。分かるんだけど……」
「これじゃあ、逆に時間かかっちまうんじゃねぇか? すぐ立ち直れるのか、あれ」
はぁ~と四つのため息が聞こえてきて、思わず顔ごとそちらに振り向いて……。
「セイさん、どこ見てるのかな? あと、さっきから外の会話聞き耳立ててたよね? 耳を可愛くピコピコ動かしちゃって、そんなに気になるのかな? それならこっちの話もちゃんと気にして欲しいんだけど?
……で、ちゃんと聞いてたのかな? 反省してるのかな?」
「ごふぇんふぁふぁい」
彼ら四人の会話が気になってよそ見と聞き耳立てていた事が完璧にばれ、ちょっぴり不機嫌なティリルに両頬を左右に引っ張られて、正面へと向き直された。
慌てて謝る。
今ゴンドラの中は、ボクがやらかした加速事案のせいで、ちょっと面倒くさい状態になっている。
ボクが悪いのは分かっている。
ただ、目の前で落ち込む彼女の姿を見たくなくて、現実逃避気味に外の会話へと意識を移していたんです。
「……られた。きっと見られた。絶対見られた。見られちゃったよぉ。もうお嫁にいけない……いけないんだ」
両手を床について四つん這いになり、虚ろな目で繰り返し呟いているフェーヤの姿が目に入り、湧き起こる罪悪感からそっと目を伏せる。
「だ、大丈夫ですよ、フェーヤ。見た感じセイさ……んの魔法による隠蔽と処置が間に合ってましたから、その……見られていないはずですよ。
もしそうであっても……そう、逆にそれを理由にお嫁に貰ってもらえばいいのです」
「そ、そうですよ、お姉様。むしろそれを理由に責任取って下さいと言えばいいのです」
「うぅー。でも、でもぉ……」
必死で慰めようとしている二人の声が、めちゃくちゃ耳に痛い。
早く行きたいという思いが思いの外強すぎて、どうやら力の加減を間違えたようで、とんでもないスピード出ちゃったからなぁ。
そのロケットばりに急加速したこのゴンドラは、残りニ十分かけて登るところを、なんと十秒ちょいで登り切った。
つまり普段の百倍以上の速度が出ていたわけで。
精霊が守ってくれているとはいえ、安全帯すらないむき出しのゴンドラが、いきなり時速二百キロオーバーで急上昇したんだ。車とかジェットコースターとかで高速移動に慣れているはずのボク達でさえ、かなりの恐怖を伴った。
当たり前の如く、この世界の人達にとってその速度は未知の体験であり、そうとうきつかったみたい。
おかげでフェーヤが……ええっと……その。つい、粗相してしまったと。
コードで制限が掛かっているボク達は、この世界でトイレになんか行くことがないもんだから、正直すっぽり抜け落ちていた。
宿屋をはじめとしてあちこちにあるトイレ。更にボクの馬車内部にも、念のためにと水洗トイレが設置されていたことを考えれば、こういう事態も考えて然るべきことだったのに。
彼女の変な声ですぐそれに気付いたボクは、周りに気付かれる前にと、咄嗟に水と風の精霊に対応をお願いした。
幻覚も付けた上で瞬間蒸発させたところまではよかったんだけど、本人がそれに気付かず終始あんな状態だったから、逆に何があったか全員にバレちゃってね。
男性陣が気付いていない振りしながらゴンドラを降りて行った後、ボクもその流れで一緒に降りようとした。
が、それに気付いたティリルは、逃がさぬとばかりにボクの襟首を掴んで中へと引き戻した。そして床へと正座させて説教を開始した……。
というのが、現在ボクが置かれている状況です。
うん、ボクもここから出たい。
針の筵なんです。
見てるのも恥ずかしいし辛い。しかも、やっちゃった感が強すぎて、穴があったら入りたい。
「堂々としてりゃ、絶対にバレなかっただろうに」
「そうは言っても、好きな男の前であれはさすがにキツイわよ……。これって理屈じゃないもの」
ゴンドラの中に胡坐をかいて座っているメディーナさんが小声でそう呟くが、それを溜め息交じりに否定するレトさん。
「……で、セイちゃん。ドリアドちゃんを助けたくて焦っている気持ちは分かるけど、次はもう少し落ち着いて魔法を使おうね。分かった? 返事は?」
「セイさん、わたしも怖かったです。怖かったんですよ?」
「ふぁい」
むにむにとボクの頬っぺたを引っ張り弄り続けるティリル。更に、レトさんからの優し気ながらも有無を言わさぬお説教を受けて、ボクは神妙に頷く。
そんな折、フェーヤがよろよろとボクの方に近付いてくるのが目に入った。
ティリルの手をそっと引き剥がし、彼女へと向き直り謝る。
「フェーヤ。ごめんなさい」
「うぅ、セイ様のばかばかぁ。漏らしちゃったじゃないですかぁ」
そう言ってボクに抗議してきた後、ボクに寄り掛かりながらポカポカと力無く叩いてくる。
「そ、そんなの口に出して言わなくていいから。ホントごめんね」
正直に言い出す彼女にボクは赤くなりながらも、肩口を叩くその手を押さえ、彼女をそっと軽く抱きしめる。
フェーヤが少しでも落ち着けたらと、そんな願いからしたこの行為に対し、彼女はボクの背に手を回して自分から強くぎゅっと抱き着いてきた。
「フェーヤ?」
「……」
ボクの胸に顔を埋めた彼女は無言でぐりぐりと頭を押し付けながら、更に強くしがみついてくる。
ボクがその頭を撫で始めると、徐々に余計な力が抜けていくのを感じた。
「あら、ずいぶん懐かれちゃってるわね」
「セイさん? またですか? 今度は何をしたんですか?」
「あのね……。ティリルは今朝からずっとボクのそばにいたでしょうに」
チベットスナギツネのようなジト目になっていくティリルの視線から、ボクは逃げるように目を逸らし、フェーヤの頭や背中を軽くゆっくりとあやすように撫で続ける。
「あの……私は外に出ています」
「フェーヤを頼みますね」
二人が外に出ていくのを見て、
「あたし達も出とくか」
「二人とも動けるようになったら出てきてね。ほら、ティリルちゃん行くわよ」
「あ、ちょっと引っ張らないで下さ……。もう。その、セイさん、絶対に変なことしちゃ駄目ですからね」
レトさんに引っ張られて、ティリルも出て行った。
そうして二人っきりになる。
外であーだこーだと話し合う仲間達の声を、ギリギリ聞こえない程度に結界でシャットダウンし、雑音の少ないこの空間の中でフェーヤがしたいようにさせる。
「──少しは落ち着いた、かな?」
頃合いを見て、優しく話しかける。
「その……もう少しだけ。
でも、なんだか不思議なんです。こうしていると、大いなる大自然の中で精霊様の愛に包まれているような……安らぎとか……すごく暖かくって……。それに……その、なんというか。セイ様からお母様と同じような優しい匂いがします」
「お母様……ね」
ちょっぴり苦笑する。
ここからはボクの勝手な想像なんだけど。
今彼女に甘えられる両親がいるのだろうか?
小さい頃から巫女となるべくして厳しく育てられただろうフェーヤ。誰かに甘えることなく、ずっと過ごしてきた彼女が、ここに来て色々なモノが爆発したんじゃないんだろうか?
彼女の言動を見ていると、ずっと誰かに甘えたかったんじゃないかと思ってしまうことが多々あった。
今朝に顔を合わせてからというものの、フェーヤとは色々話もした。アーサーさん達との出会いや馴れ初めの話など、いろんなことを聞いた。
そうした中、彼女の両親の話は一度も話題に上がらなかった。
ボクから聞ける話じゃないように感じた。意図的にそうした話題にならないよう、気を付けていた節もあった。
それにフェーヤはボクをずっと見ていた。
彼女はどんな時でもボクの様子を窺うように、一挙一動を見逃さないかのように、常にボクを気にしてずっと目で追い続けていたように思う。これは決して自意識過剰ではないはずだ。
ボクが思うに。
彼女の立場的に、里には甘えられる人がいなかったと思うな。
唯一の上の立場のアルメリアさんは教育係な為、彼女にとっては甘えられる人ではないだろうし、彼女の性格からして、好きな人であるアーサーさんへと甘えに行くのも難しそうだし。
そういう意味で一番甘えやすい人が、この場にいる中ではボクだったと。
これから偽物と鉢合わせるだろうし、そうなれば戦闘も起こるだろう。
ドリアドさんを助けるための闘いも待っている。
少しでもフェーヤがリラックスできるなら。
時間が許す限り、彼女の好きなようにさせて上げよう。
「──これっておかしいですよね。セイ様とは今朝会ったばかりなのに。何だかずっと前からあなたを知っているような、昔から一緒に過ごしているような気になっちゃって……。
でもでも……。その、セイ様となら、今後も一緒に仲良くやっていけそうです」
「……そっか。フェーヤ、これからもよろしくね」
「はい!」
この子が笑っていられるように、頑張っていこう。
優しく撫でながら、そう思った。