121話 薬の正体
神殿の奥深くに世界樹の中を走る縦穴が存在し、そこに樹上へと向かうゴンドラが設置されていた。
目指す樹皇の間はこの縦穴の最上部にあり、精霊薬を保管している宝物庫は、途中で枝分かれしている横穴に設置された部屋にあるらしい。
神殿に来た時は全く考えてもなかったんだけど、今の状況を鑑みるに、ボク達は敵地にいると認識して動かなくてはならない。
当初はドリアドさんの救出組と精霊薬の確保組の二チームを編成してはいたけど、この状況下で、自ら分断されるような事態を生むような下地を作りたくない。
それにそもそもアレを鑑定した今となっては、ボク達だけ先に樹皇の間に行く意味がないし。
おかげで十一人という大所帯で、ずっと行動することに決めたのだった。
幸いなことに、このゴンドラは全員が乗れるだけの広さがあり、そしてニファさん一人でも楽に動かせる最新型と聞いて安心する。
ただ問題が二つ。
それは、目的地までかなりの移動距離があるということと、このゴンドラはその大きさのせいで全くスピードが出ないことだ。
流石にそれは仕方がない。
ゆっくりと移動しているその時間を利用して、ボクはラウシュさんとニファさんに補足をしてもらいながら、この樹精の子が教えてくれた情報をみんなに説明していた。
ひと月前くらいからディクティル大神官の様子が徐々におかしくなり、数多くの運営方針の強引な転換が発生したこと。
その大神官の言いなりになっていたように見えたネライダ神殿長を何とか助けようとしたこと。
そして、大神官の身辺を調査していたことなど、二人が今までやってきた行動も教えてもらった。
そもそもこの里の長でもあるネライダ神殿長が諸悪の根源だったことを、二人は想像だにしてなかったようだ。
ドリアドさんが最後の力を振り絞って祝福を授け、直近で上位種へと成り上がったニファさんと、神殿騎士として鍛え上げてはいたものの、精霊との会話をする経験がほとんどないラウシュさん。
そんな不慣れな二人に、ボクがやったみたいに精霊の懇願を正確に理解しろというのが酷かなと思う。
そのせいで、ニファさんがそれとなく大神官のことをネライダ神殿長に相談してしまったが為に、二人の立場が危うくなってしまったと語っていた。
ちなみに移動中はもちろんのこと、このゴンドラ内にもサレスさんの権能を用いた例の特殊防音結界を展開している。
どこで誰が聞いているか分からないからね。ホント密談に便利だ、これ。
「そんな……ネライダ様が偽物だったなんて」
「……そう考えると辻褄は合いやすくなりますね。本当の長は無事なのですか?」
「セイ嬢、それはいつからだ?」
「じゃあお父様がおかしくなったのは、その偽物のせいなのですか?」
やはりというかアルメリアさん達には衝撃的だったようだし、ラウシュさんとニファさんにも寝耳に水な内容だったようだ。
ボクがこの樹精から聞いた事実を話し終わった後、根掘り葉掘り訊いてくるその質問に、分かる範囲で答えていく。
「ラウシュ様ごめんなさい。お父様がおかしくなった事を、ついネライダ様に相談してしまったせいで……それさえなければ、私などを庇う事も……」
「ニファ、それは違う。謝る必要はない。俺ももっと注意すべきだった。こんな危ない状況なのに、お前の傍にいる事が出来ずに一人にしてしまうとは。
今まで無事でいてくれて本当に良かった」
「ラウシュ様……。
──はい。お気遣い嬉しく思います」
ホッとした様子で彼女の頬へと愛おしげに手を添えるラウシュさんに、その手に自らの手をそっと重ね、たおやかな笑みを浮かべながらお礼を言うニファさん。
しばらく無言で見つめ合った後、抱き締め合う。
あらら。
ボク達を置き去りにして、完全に二人の世界に入っちゃったか。
苦笑して眺めていると、彼らを見てポカンとしていたみんなが目に入った。
そこで樹精から聞いた話として、ニファさんが幼い頃から既に神殿騎士だったラウシュさんへと猛アタックしていたこと、その後周囲から隠れて付き合っていたことと、そして再来月のニファさんの成人の儀に合わせ、周囲に結婚発表する計画をしていることを教える。
「わぁ……ふぁ~。結婚かぁ。いいな、いいなぁ~わたしもあんな風に……」
「うんうん。そうよね。やっぱり年の差なんて、愛の前には些細なモノよね。もっと気合い入れなきゃ」
「兄様……ニファ……。うぅ、私にまで黙ってるなんて」
「おいおい、結婚って……あの子の年、見た目通りだよな? 逆源氏計画かよ。大人しそうな子なのに、肉食系過ぎるわ」
「あらら。しばらくセイさんの事言いにくくなりましたわね」
他の女性陣が思い思いに呟いてるけど、聞こえない振りをする。
特にアルメリアさん。それは暗にボクとラウシュさんをくっつける気だったんですか?
永遠に必要ありません。絶対にやめて下さい。
「しかしまあ……なんだ。よくもあんな恥ずい台詞を年端もいかない女の子に真顔で言えるとは、男の方もすげえな。さすが年と見た目が合わないエルフ族、潜在的紳士が多いわ」
「せ、先輩、流石に茶化すのはちょっと……」
その様子にメディーナさんが呆れるように呟いた言葉に、ファルマンさんが見咎めて窘める。
「ん? 紳士のどこが悪いの?」
メディーナさんの言った意味がよく分からず、思わず聞き返したんだけど、ボクの問いに彼女はニヤリと笑い、
「嬢ちゃんはまだ分かんないか。紳士という生き物は二通りあってね。もちろんこの場合は、ロ……」
「ちょっと。セイちゃんに変なこと吹き込まないでよ。情操教育に悪いじゃない」
「じょっ、情操!? それは酷すぎない!?」
メディーナさんから引き離そうと腕を引っ張ってきたレトさんのあまりの言い方に、抱きしめられながらもボクは文句を言う。
情操教育って、あのね。
ボクはそこまで子供じゃないやい。
「メディーナ、そこら辺にしとけ。あんなモノを見た後で、しかもこれから何が起こるかも分からん場所に行かにゃならんのに、よくそんな呑気に遊んでいられるな」
「いやあ、マーリン副長。あたしの仕事は手慣れたいつもの作業でしかない。どっちかっつーと、これから一番大変な部分を担当しなきゃならん嬢ちゃんの緊張を解してやろうと思ったわけだ」
チッチッチッと、メディーナさん。
「ったく。ああ言えば、すぐこう言う。口ばっかり上手いな」
「お褒め戴き、恐悦至極」
にやにやと笑みを浮かべながら、メディーナさんは小さく頭を下げる。
「褒めてねえよ」
その様子に、マーリンさんは大袈裟に溜め息をついた。
確かに宝物庫へ精霊薬を取りに行くニファさんには、念の為の護衛としてラウシュさんとマーリンさん、そしてボクとメディーナさんとファルマンさんが同行する。
残りのメンバーはというと、ゴンドラ発着所でのゴンドラを確保しておく役目となっている。
全員でぞろぞろ行くところでもないしね。
実際問題、単純に保管されている薬を回収してくるだけの仕事だから、大したことはないはずだ。
もちろん犯罪者達が作った偽物の薬は、ここに来る途中で全て回収済みである。
その場でメディーナさんが調査を手際よく行っており、今回の事件の裏付けも取れていた。
名称:精霊薬(五等級)
状態:高品質
種別:アイテム
効果:HPとMPを同時に回復させる中級薬
回復量は最大数値の六十八%
クールタイム十秒
これがボクが普通に鑑定した結果。
メディーナさんも普通に鑑定した後、更に詳しく調べようと〔成分解析〕と〔材料解析〕を行ったんだけど、スキルが弾かれたという事で〔真偽鑑定〕を行った。
予想通り、メディーナさんから偽装の魔法がかかっていると言われ、魔法のスペシャリストのマーリンさんが何とか解除出来ないか調べ始めた。
それを眺めていると、精霊眼に備わっている森羅万象の力を使えば見破れないかなと、ふと考えたボクは、他にもあった別の薬瓶の一つへと意識を集中させていく。
──少しでも……。
ほんの僅かでも、ドリアドさんを助けるための情報が欲しい。
その想いに。
ボクの願いに応えるように、カグヤの屋敷で発生したあの力が発動した。
精霊眼がボクや周囲からMPを吸収し始め、そしてその力を解放。
と同時に、何かが砕ける音がしてこうなった。
名称:邪霊死薬(五等級)
状態:高品質
種別:アイテム
効果:HPとMPの最大値を減衰させる中級毒薬
減衰量は最大数値の六十八%
回復阻害期間六日
クールタイム十秒
〔特記事項〕
削られた生命力の回復を阻害する効果がある上、魂すら蝕む効果もある。
阻害効果期間は等級が増える毎に一日増加していき、等級が高い程なかなか回復しない。しかもこの効果中に死亡すると、必ず闇堕ちする。
精霊に近い森精種族などには特効劇薬となり、高位であればある程症状が重くなる。
精霊がこれを摂取してしまいその抵抗に失敗してしまうと、治療するまで邪気に侵食され続ける事になる。
通常の方法では回復することが出来なくなり、しかもそのまま放置すると最終的には邪霊化してしまう。
唯一無二の治療方法として、同等級同品質以上の精霊薬を摂取した場合でのみ、その効果を打ち消す事が可能。
邪霊の称号を持つ者はこの薬理効果が反転される。ただし効果が残っている状態での連続乱用は、いかな邪霊の眷属とて危険な程の劇薬である。
その結果視えたモノは恐ろしい劇薬で。
しかも、精霊眼の森羅万象の力によって偽装の魔法が破壊され、その正体が暴かれてからは、精霊族へと変化しているボクにとって、見るだけで身の毛がよだつような悪寒を生じさせる代物へと変化してしまった。
野次馬に来ていたエルフ達も、彼ら種族特有の鋭敏な感覚がその薬瓶の放つおぞましさを感じ取ったのだろう。
エルフ族のティリル、そしてさっき薬瓶をその手に持ってきたはずのニファさんも含めた、この場にいるエルフ全員から大きな悲鳴が上がり、ボクを含めた全員が後退っていく。
その周りの様子に、慌てて前に出たマーリンさんが結界魔法を使用して封印を執り行った。
更に封印符を貼り付け、これでもかと言わんばかりに、大袈裟なくらい厳重に梱包していく。
それくらいしっかりとした封印がされていれば、精霊と化しているボクでも問題ないようだ。
それとは別に、残されている偽装されたままの邪霊死薬の薬瓶に恐々と近付いてみるけど、こちらもどういうわけか全く恐怖を感じず、身体にも異常を感じない。
偽装されている状態だと、精霊でも感知出来ないのか。
一体どういう理屈何だろう?
「ストップ! セイさんは絶対に触っちゃ駄目だ!」
首を傾げて頭を捻りながらその薬瓶にそっと触れようとしたボクの手を掴み、アーサーさんは慌てた様子でボクを制止した。
残っていた全ての薬瓶を回収し、自分の虚空の穴に放り込んでゆく。
まあアーサーさんなら変な事に使うはずはないだろうし、下手な人に預けるよりよっぽど信頼出来る。
それに例のボクの話に説得力を持たせるための、プレシニア王への手土産にするつもりなのだろう。
しかし、本当にこの事態はヤバい。
この偽装のせいでドリアドさんは無害と思ってしまって、こんなモノを飲んでしまったんだろうな。まさかここまで精霊の感覚を騙し通すだけの偽装が施されているとは……。
この劇薬を口にしてしまったドリアドさん。
必死に〔浸食〕に抵抗するも叶わず、次第に身体と魂を蝕まれて邪霊化が進行し、遂に危篤状態になってしまったと考えられる。
そんなドリアドさんを守っているのが精霊樹だ。
邪気の浄化能力を持つ精霊樹が彼女を自らの中へと保護し、助けが来るまでの間、必死に延命を施し続けているのが今の現状だった。
しかしそれも無理が出てきている。
元々十二本の世界樹が世界を支えてきたんだ。
旧ベスティア王国領の一本が減ってしまい、その地域から流れてくる邪気の処理を他の世界樹がしなくてはならなくなっているところに、更にその身に邪霊化しつつある精霊を抱え込んでしまえばどうなるか。
いくら邪気を栄養源としている側面がある世界樹とて、浄化処理が追い付かなくなる。
事実、ここに来る前のあの森に漂っていたあの霞のような邪気は、この地方で蔓延していた邪気だけじゃない。
ドリアドさんの中で膨れ上がる邪気を世界樹がどんどん吸い上げ、けど処理できずに外へと吐き出したモノだったみたいだ。
「まあ……こっから真面目な話だけどさ。
今回のコレ、絶対邪悪なる精霊の使徒らが噛んでるわな。実際みんなは、赤プレに襲われたんだろう? 間違いなく奴らが組織立って動いてると思うわ。
ほら何だっけ? 前にアーサー団長が言ってた例の赤集団」
「確か……うん、そうそう【死方屍維】だね。確かに昔倒した赤プレートプレイヤーがそう名乗っていた。今回もそれかな?」
「ああ……あったな、そんな事。この【死方屍維】って悪名、この世界では邪霊戦役を引き起こし続けている邪霊教徒集団だとプレシニア王から聞いているんだが、関連性はあると思うか?」
「単に真似てこじつけてるだけじゃないのか?」
「あの……質問ごめんなさい。そもそも赤の同郷者がクランを作れる事にビックリしているんですけど?」
三人の会話につい口を挟む。
「セイちゃん甘いぞ。そりゃ奴ら犯罪者を統括している闇ギルドくらいある」
「あいつらそれこそ雑草のようにあちこちポコポコ湧いてくるからなぁ。倒してもキリないし」
「そう言えば、セイさんにはその辺何も説明してなかったね。マーリンが言った闇ギルドというのは……その……」
「手っ取り早く言うとな、巨大な犯罪組織が運営してると思えばいいさ。巧妙に隠されていて、なかなか見つけられないんだよなぁ」
ボクの質問への回答に頭を悩ませていたアーサーさんの横から、サクッと答えるマーリンさん。
「闇ギルド……犯罪組織……。
──それって討伐……いえ、殲滅対象です?」
自分でも判る程、冷たい声が出てしまった。
「あっ、えっと……。
──あー、セイさんはまだ参加無理だと思うよ。クランランクが高くなければならないし、その任務にあたる為、王宮からの指令書もいるし」
アーサーさんは慌ててそう答えるけど、どこか焦って誤魔化してきているように感じるんだけど、ボクの気のせいかな? かなぁ?
あ、後ろ手でマーリンさんの頭を叩いてるし。
まあ普通に考えて国家機密系だったかな?
言っちゃまずいことだったようだ。
今は聞かなかったことにした方が良さそうだね。参加出来るようになった時に、参加させて貰おうかな。
「……いてて。まあそれはともかくとして、赤の連中がこの世界の犯罪者組織と合流し始めているという事か?」
「あたしは間違いなく合流してると思ってる。今回の件で、奴らから技術提供されている可能性も否定出来なくなった」
険しい表情で、メディーナさんはそう話した。
「明らかにあの邪霊死薬は、現状のプレイヤーには作れない物だぞ。視た感じ、あたしでも知らない材料が数多く含まれていたんだよなぁ。まあ、この世界の犯罪組織が里に持ち込んだものかも知れんが……」
確かにボクも、こんな邪霊教徒御用達の対精霊劇薬を、ボク達の世界の人間がこんなに早く手に入れたり、作成出来たりする可能性は低いと思っている。
誰かに教えてもらっているか、譲り受けたか……そのどちらかだと考えるのが普通だね。
「それよりも問題は使われた邪霊死薬が五等級だってこと……。アルメリアさん、訊いて良いですか?」
「はい、何でしょうか?」
「里で保管していた精霊薬の等級数と品質はどのくらいですか?」
ボクの問い掛けに、暫し虚空に目をさ迷わせたアルメリアさん。
あの邪霊死薬と精霊薬の薬効について、お互いに打ち消し合うという相関関係をみんなに伝えてあるから、そんな彼女にみんなの注目が集まる。
「確か……中級最上位の四等級が一つあったはずです。五等級もいくつかありましたが、高品質かと問われると……。我々はそこまで細かく分類した事が無いので分かりかねます」
その回答を受け、ボク達の間に安堵の空気が流れる。
「まあ、四等級があれば問題ないかな」
「そうだねー」
「水を差すようで悪いが、まあ例えばの話。
もしその四等級が無くて五等級の在庫が全て低品質でも、材料さえ確保出来れば、あたしが何とか作ってみよう。けど間に合うかどうかは、賭けになりそうなんだよなぁ。低品質が全く使えない訳じゃないとは思うが……。
嬢ちゃん、そこんとこどうなんだ?」
「うん、例え低品質で完治が出来なくても、邪霊化の呪いの進行を抑えられて時間稼ぎが出来ると思う。ただ実際にドリアドさんの症状を見てからじゃないと、そんなの判断できないんだよね。
臨機応変な対応しなきゃならないと思うんだけど、頑張ってやっていこう」
「うん、任せて。頑張るよ」
「はい。セイ様お任せ下さい!」
ティリルとフェーヤが気合を入れて頷いてくる中、その後ろでラウシュさんが「セイ様?」と、自分の妹がボクを様呼びしたことに首を捻っているのが見えてしまった。
うわ。もうバレそう。
フェーヤも今ボクを様呼びしちゃったことに、全く気が付いていないし。
でも樹皇の間で派手なことしちゃえば結局バレちゃうんだし、口止めする形で先にこちらから言っちゃおうかな?
うーん、どうしたらいいんだろ?