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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
世界樹と交錯する思惑
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116話 巫女フェーヤ





 お昼に発生した戦闘と埋葬を行った影響はやはり大きく、予定していた安全地帯(セーフティエリア)に辿り着くのが遅れてしまっていた。


 そこでボクの馬車の食堂を提供する形にして、移動しながら順次交代しての夕食となった。


 アルメリアさんはボク達と同じタイミングで食事をすることになったのだけど、本人が語っていたようにボクを『雲の上のお方』という認識を拭い切れていなかった為、すったもんだの騒ぎがまた発生したものの、それ以外はすんなりと終了した。


 それとまあお風呂でも毎度の騒ぎになったけど、それは割愛する。


 変な意味じゃないよ? 男湯と女湯はちゃんと別れているし、みんな水着を着て湯船につかるだけだし。

 ……ボクが無理やり女湯に引っ張り込まれた以外は、ね。


 そんなドタバタを繰り広げながらも、現実帰還(ログアウト)組との入れ替わりを行いつつ、何とか日付が変わる頃に目的地へと辿り着いたボク達。


 この時点で明日の出発までに精霊化のクールタイムが終了しないのも確定してしまっている。


 馬車を牽引するくらいなら影響はないとはいえ、リンにお願いをすることが出来るボク自身が朝起きれるかどうか。


 ほら、例のペナルティーのせいで、ペナ中は寝起きが悪いんだよ。

 ほんと全く自信がない。もし寝坊すれば、行程に影響が出てしまう。


 取るものも取り敢えず夜営の準備を行っているみんなに一言謝って、急ぎ精霊化を解除して就寝することにしたのだった。





 そして、翌日の朝。

 何やら慌ただしい気配を察して、ふと目が覚めた。

 

 身体がズシッと重く、そして気だるい。


 まだ精霊化解除によるデメリットが過ぎてないせいで体調がかんばしくない中、苦労しながらも起き上がろうとした。


「あぅ」


 いきなり引っ張られて、再びベッドに沈む。

 なんだなんだとよく見れば、腰辺りの布地をカグヤが握りしめていた。


「ほら、ちょっと離してね」


「……わふ」


 その頭を撫で続けていると、徐々にカグヤの指の力が緩んだので、タイミングを見てそっと脱出する。


「あふっ……。セイくんおはよ~。

 ……どうしたの?」


「なんか外が騒がしく感じて。見てこようかと」


 横で寝ていたティリルが、欠伸あくび混じりに声を掛けてくる。彼女も今起きたようだ。


 内外共に防音されている部屋だけど、耳のいいボク達エルフにとっては、集中すればある程度は外の音が分かる。さっきバタバタと廊下を走る音がした気がするのよね。


「そういや何時だろ……」


 ちゃんと時間通り起きれたと思ったんだけど、なんか嫌な予感がして、部屋に設置されている時計を見る。


「うげっ!?」


 一気に目が覚める。


 昨日までならば、朝食を食べ終わっている時間だった。


 つまりは寝坊。やっぱり大寝坊。

 そりゃあ、ドタバタしているはずである。


 てか、どうして誰も起こしに来ないんだよ!?


「大遅刻だよ! 早く準備しないと!」


 ティリルもまだ眠そうにしていた。

 ボクより寝るのが遅かったから、仕方ないと思う。


 ティリルは眠い目をこすりながらも起き上がり、着替えなどの準備を始める中、ボクもこの馬鹿でかいキングサイズのベッドの上を這うように端まで行き、床に足をついて……。


「へぶっ」


 思ったより足に力が入らず、よろけてべちゃりと床の絨毯じゅうたんに顔から倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫!?」


「いつつ……。何とか大丈夫」


 慌てて助け起こしに来たティリルに、打った鼻を押さえながら返事をする。


 咄嗟に床に手を付いても、自分の体重すら全く支えられなかったとか。

 もう恰好悪いなぁ。


 けど、柔らかい絨毯じゅうたんいていたお陰か、大きな怪我はしてないみたい。まあその柔らかさのせいで、足が取られてけたとも言えるけど。


「セイくん、やっぱり衰弱中は寝てなきゃ駄目だよ」


「とはいっても……。

 ──ねえ、ティリル。ボクの鼻とかどうなってる? ちょっと痛い……」


「あ、やっぱりおでこと鼻が真っ赤になってるよ? 血は……出てないかな。手当てするから、ちょっとそこに座ろうね」


「ううっ、格好わる。ほんと思ったより衰弱が酷いよね。ここまで動けないなんて、ホント想定外だよ」


「セイくんの場合、きっと筋力不足も大きいと思う。今は一般人より筋力無くなってるよね?」


「だからって魔法職が筋力にポイント振るのもなぁ……」


 四分の一になっちゃってるからね。筋力基礎値が五だよ、五。

 そんな状態のところへ、更に〔衰弱〕が追い討ちかけているんだもんなぁ。


 ティリルに支えてもらいながらベッドの端に腰掛けたちょうどそのタイミングで、出入口のドアがコンコンと軽くノックされた。


 ティリルと顔を見合わせたボクは、取り敢えず返事をする。


「どなたです?」


「その声はセイさんだね。入っても大丈夫かい?」


「俺もいるぞ」


「アーサーさん? レント?」


「ちょっ、ちょっと待って下さいね」


 多分起こしに来たんだろう。


 ただ、ちょっとタイミング悪いな。

 こんな容姿なりとはいえ男のボクは気にしないけど、インナーにパジャマな薄着姿のティリルはこのままじゃ嫌だろうし。


 彼女が慌てて普段の神官服に着替えるのを待ってから、入室許可を出す。


「お前らが揃いも揃って寝坊するなんて珍し……。

 ──おい、随分とまあ……可愛い恰好してるじゃないか」


「……ほっといてよ」


 ドアを開けて入ってきてボクを見るなり、一瞬固まったレント。


 再起動したと思ったら、あきれとからかいが入り雑じったような口調でレントにそう言われて、何だか少しムカついたボクはプイッと横を向く。


 事情分かってる癖に。

 ボクだって好きでこんなだぼっとしたパジャマを着てるんじゃないやい。


 今のボクの姿は、黒猫をした薄手のパジャマ、もとい着ぐるみ姿だ。もちろんマツリさんが嬉々(きき)として作製した作品である。


 恥ずかしいなら着るなよと言われかねない代物なんだけど、それでも着ているのにはちゃんと理由がある。


 マツリさんがボクのデメリットの酷さを何とか軽減しようと、試行錯誤をして作ってくれたこの着ぐるみパジャマには、〔適温調整〕と〔快適性アップ〕、そして〔衰弱軽減〕の三つの付与が付いている。


 お陰さまで寝苦しい夜を迎えなくてすみ、しかも安眠まで出来るため、つい手放せなくなってしまっていた。


 いやね、この性能そのままで普通のパジャマにしてと、ちゃんと主張したんだよ?


 けど、ボクの訴えは全部却下。しかも布地の関係で付与が難しいと言われた。


 それに女性陣の悪ノリのもと、この黒猫バージョンとは別に白兎バージョンと垂れ耳ワンコバージョンが最近追加されていたりする……。


「いいんじゃないかな。セイさんによく似合っていて可愛いよ」


「……ありがとうございます」


 何も知らないアーサーさんにさらりと自然な感じで褒められてしまい、少し微妙な気分になりながらも、猫耳がついたフードを目深まぶかに被ってうつむくことで赤くなったおでこと鼻を隠しつつ、お礼を言う。


 あーあ、恥ずかしい。

 さっきの打撲だぼくの跡、つい隠すの忘れてた。こりゃ見られたな。


 見られたことへの羞恥心のせいで、顔がちょっと熱い。きっと耳まで真っ赤になっちゃってるな、これ。


 それにやっぱり勘違いさせたままなのは……。

 だましているようで罪悪感が酷いな。ますます男だと言えなくなっていく。


 それに今更男だと主張したところで、絶対信じてもらえないだろうし。


 そんな時、突き刺すような視線を感じて、ボクは顔を上げた。


 だけど、とげのような視線は一瞬で霧散し、もう感じなくなっていて。キョロキョロと見回しても、どこからだったか分からない。


 いや、その開かれた出入口のドアの陰からそっとこちらを覗き込む彼女は……?


「あ……。あの子、目が覚めたの?」


「そうそう、用事とは彼女フェーヤの事なんだ。みんなに挨拶がしたいと言うので、出発前に連れて回っているんだよ。後はセイさんとティリルさんとカグヤさ……はまだ寝ているか。かく君達が最後だ」


 そう言って、ドアの方へ振り返り、彼女を手招きするアーサーさん。


 彼の呼び掛けにこちらに入ってきたフェーヤさんは、緊張した面持ちでこちらに頭を下げた。


「セイ様、ティリルさん。ファルナダルム氏族パァム家出身のフェーヤと言いま……申します。この度は危ない所を助けていただき、本当にありがとうございました」


「ほんと無事でよかったよ」


「うんうん。ねぇ、痛い所とかないですか? もしあったらすぐに言って下さいね」


 ところどころつっかえながらお辞儀をする彼女に、ボク達はそう返す。


「は、はい。大丈夫です」


「フェーヤさん。ボクに『様』なんて付けなくてもいいんだけど……無理?」


「そ、それは……その。怒られるので許して下さいませんか? それと私の事はフェーヤと呼び捨てに……」


 おっかなびっくりになりながらそう言ってくるフェーヤさんに、そりゃそうかと思い直す。


 アルメリアさんも頑なにボクの事を『様』呼びをし続けたし、彼女の教育受けているフェーヤさんもそうなるよねぇ。


 それに呼び捨てにして欲しいというのも同じだ。年上の方だし、ボクのことを『様』呼びしなくなったらとするよと伝えてあるから、多分アルメリアさんにはずっと無理そうだ。


 ただフェーヤさんに、いやフェーヤにもそれを押し付けるのは酷かな?

 それに同じ年っぽいし。


「じゃ、フェーヤって呼んでいいかな? それとアルメリアさんにも言ったけど、ボクはケラヴィノス氏族の上位種ハイティという事になるから、人のいるところでは様呼び禁止ね」


「は、はい。それはうかがっています。け、けど、その設定で大丈夫なんですか?」


「すぐボロが出そうとは散々言われてるよ」


 彼女からも指摘されて、ボクは苦笑する。


 そもそも一端いっぱしの旅のエルフがこんな豪勢な馬車乗ってないし、そうでなくてもリンが目立つからなぁ。


「だからボクは神殿に着くまで外に出ない。アーサーさん達の馬車として対外的には通すつもりだよ」


「あ、アーサー様の馬車だったんですか!?」


「いや、それは設定上の話だね。これはちゃんとセイさんの馬車だよ」


 妙に食い付いて詰め寄るフェーヤの発言に、アーサーさんは苦笑混じりに間違いを訂正する。


「フェーヤには詳しい説明がまだだったかな? セイさんの身分は徹底的に隠すことになっている。狙われるのを避ける為にね。絶対に護らなければならない女性ひとだから」


「──そうでしたか……」


 アーサーさんの馬車じゃないと分かって、残念そうな様相をみせる。


 そんなうつむいてしまったフェーヤを慰めるように、アーサーさんは彼女の頭を撫でた。

 その優しげな手に、彼女は次第にはにかんだ笑顔をみせて。


 その様子にどこか感じるものがあった。


 あ、この二人って、知り合いというよりは……。


「セイ、あとどれくらいで出発可能なんだ?」


 二人の様子をぼーっと眺めていたボクは、横からレントに突然話を振られてビクッと身体を震わせた。


「セイ? どうした?」


「ちょっ、ちょっと待って。話し中だから」


 そう誤魔化しながら、外に休んでいるだろうリンと念話を繋ぐ。


『──おはようリン。今どんな感じかな? すぐ出れそう?』


『──ん。あるじ、おはよう。ご飯も食べた。いつでも大丈夫』


『うん、今日もよろしくね』


『任された』


 うん、こっちは大丈夫、と。

 

「あの子なら、馬車を繋いでもらえばいつでも出れるって」


「お前の準備はどうなんだ?」


「え、ボク? 何で?」


 意味が分からず、首を捻る。


「あのな……。お前まだパジャマだろうが。それに変化可能までどれくらいだ?」


 ああ、そういう意味か。


 ステータスメニューを開いて、そこに表示されている時間を確認する。


 うわ、まだ一時間も残っているじゃないか。


 これは……駄目だな。ボクのせいで、これ以上出発を待ってもらうわけにはいかない。


 本来の行程だと、今日の夕方には里へと到着し、宿の手配をして全員で一泊、そして次の日に神殿へと向かう予定だった。


 それが途中でアルメリアさんやフェーヤを拾ったから、宿とか行かずになるだろうし、この後の対応も詰めないといけないしなぁ。


 その辺の調整は、アーサーさんやレントに任せるしかない。


「まだ一時間も先だよ。でもボク自身が戦闘しないなら問題ないし、あの子も馬車をくくらいなら問題ないから出ちゃって」


「それでいいのかよ?」


「いいもなにも、到着が遅れちゃうから仕方ないでしょ。あと一時間はここで食事でもして過ごすよ」


「あいよ。じゃ出発の指示してくる」


「私も行こう。フェーヤはどうするのかな?」


「私は……その。御子様ともう少しお話しますので……」


「そっか。じゃあまた後でね」


 ヒラヒラと手を振ってレントが出ていき、次いでアーサーさんも出ていった。


「さて、話って何かな?」


 その二人を見送ったボクは笑いかけながらこの部屋に残ったフェーヤの方に視線を移し、フェーヤもまた、こちらに近寄りながら並みならぬ決意を秘めた目で見つめ……って、え?


「ど、どうしたの?」


 彼女の態度の変化に意味が分からず、ボクは慌てて問い掛けたんだけど。


「ぅぅ、やっぱり凄く可愛らしい人だよぉ……勝てるのかなぁ……。

 ──いや、弱気になるな私。ふぁいとだ、負けるな負けるなフェーヤ……」


 口の中でボソボソと何やら呟きながらワタワタと百面相しているフェーヤに、ボクとティリルは顔を見合わせた。


「み、御子様、一言だけ! ご、ご無礼を承知で言わせていただきます!」


「あ、うん……」


 突然ずいと近寄って叫んだ彼女の剣幕に気圧けおされて、思わず引きながら頷いてしまうボク。

 そんなボクをビシッと指差し、


「あ、あの人の……い、一番だけは……その、その……。

 ──絶対っ! 譲りませんから!!」


「……はい?」


 真っ赤な顔をして叫ぶフェーヤの言っている意味が全く分からず、きょとんとして首を傾げた。


 ──ボク達の間に気まずい無言の風が吹く。


 次第にボクを指すフェーヤの人差し指がプルプルと震え出し、朱の散った顔がさらに赤くなっていく。


「……ううぅ、やっぱり思った通り凄く天然さんです。全然理解してくれません。でもでも、これだけは……これだけはぁ! 絶っ! 対にっ! ま、負けませんからぁあああ!!」


 こちらを振り返りもせずにドアを開け放ち、脱兎だっとごとく逃げていったフェーヤに、残されたボクは完全に固まったまま目が点になっていた。


 に、逃げちゃった……。

 何だったんだろう?


 譲らない? 負けない?

 何の事やら。


「──ねぇ、ティリル。今の一体?」


「……あーそう来ちゃったか」


 分かるなら教えてもらおうと思いティリルの方を向けば、何だか悟り切った表情でドアの方を見つめていて。

 

「これどうしよ? 下手に言っちゃうと色々まずいよね? みんなに相談した方が……」


「ティリル?」


 一人ブツブツ言っている彼女にもう一度呼び掛けると、こちらを向いて溜め息混じりに一言。


「……セイくんって、すごーく罪作りだよね」


「なぜにっ!?」

 

 意味わかんないよ!?

 ちゃんと教えて!






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