114話 あの……氏族って?
英霊達の御霊を見送ったボク達は、出発準備を進めるべく行動を開始した。
横転していたフェーヤさんの馬車はもう使えないレベルで壊れていたし、そのまま放置するのも問題があるということで、アーサーさんがアルメリアさんからの譲渡という手続きを経て、自分の虚空の穴に彼女達の馬車を回収する。
それが済むとアーサーさんはフェーヤさんを抱き上げ、アルメリアさんとティリルと共に馬車の中へと入っていった。
それを見送ったボク達は、彼らの埋葬を開始する。
道外れた場所に大地の精霊の力を借りて穴を掘り、彼らを一人ずつ埋葬していくことになった。
墓標を作るかどうかを迷ったけど、護衛の一人であるラメさんからの願いにより、彼らが愛用していた武器を墓標がわりにした。
戦士の魂は武具と誇りを胸に旅立つ。
森精種達の文化ではそう信じられているらしく、それが慣習であるらしい。
そのことから、戦死した彼らの家族の元へ持ち帰るモノは、古来から遺髪のみであるらしかった。
山賊達の屍の処理には少し迷ったけど、彼らも埋葬することにした。ただし、こちらはラメさん達の心情に配慮して、十把一絡げにして単に埋めるだけだ。
みんなが森精種達を弔っている間、ボクが山賊達の方を担当した。
死体の下の土を陥没させるように穴を作っていく。触れたくないからこその、この処置である。
また埋めたはずの死体がアンデッド化して這い出て来られても困るので、しっかりと火の精霊に焼いてもらい、更に念入りに砕いた上で地中深くに埋めた。
次にそのまま整地作業に入る。
ボロボロになっていた街道を綺麗に均していく。当然馬車が走りやすいようにと、しっかりと固めておくことも忘れない。
当然ながら、荒らされて傷付いた森の木々も回復したい。
といっても、樹木をいきなり生やすことなんて出来ないから、付近の精霊達にボクの魔力を浸透させつつ、お願いをしながら成長促進の魔法をかけておくくらいしか出来なかった。
それでも場の精霊達から妙にやる気満々な思念が返ってきたから、これで何とかなるはずだと思う。
こうして全ての埋葬が終了した。
ただ、マーリンさん達は出発準備を行うために指揮を執るとのことで、これからまだまだやる事があるそうだ。
「準備ができ次第出発する。セイちゃんはアーサーの奴にそう報告してくれ。その後は休んでくれても構わん。というか休め。な?」
ばたばたと走り回っているみんなを見て手伝いを申し出たら、こう返ってきたので、彼らの心遣いを素直に受け取ることに。
ボクの我儘に最後まで付き合ってくれたみんなにお礼を言って、ユイカとレトさんを引き連れて馬車の中へと戻った。
居間に臨時で敷かれた布団の上に横たわっていたフェーヤさん。
ボクと同じくらいの年の頃に見える、赤みの混じった金髪をした小柄な高位森精種の少女。
その少女の額に仄かに光る手を当てていたティリルは、その検査と治療を終え、ハラハラと見守るアルメリアさんに向けて笑顔を見せた。
「──これで大丈夫です。身体的な傷も魂の損傷もありません。今は寝ているだけですので、そのうち起きるかと思います」
その言葉に、ホッとアーサーさんが胸を撫で下ろす。
「ありがとう、助かった。流石の治療の腕前だな」
「ふえっ!? アーサーさん言い過ぎですよ!?」
「いえ、私の方からもお礼を言わせて戴きます。フェーヤを助けていただいて……なんとお礼を申し上げたら良いのか……ぐすっ」
アーサーさんの誉め言葉に、アルメリアさんの涙混じりのお礼を受けて、ティリルは顔を真っ赤にして照れまくっていた。
「──で、セイさん達が戻ってきたという事は、外の作業は終わったのかな?」
治療の邪魔にならないよう、そっと入ってきて端の方で見守っていたボク達。それに気付いていたアーサーさんが、折を見て声をかけてくる。
「はい、街道の修繕も問題なく。マーリンさんの指揮のもと、ラメさん達が休めるようにと馬車を一台準備してます。馬を繋ぎ次第、じきに出発します」
アーサーさんとやり取りを始めたボクの声を聞いて、ボクの存在にようやく気が付いたアルメリアさん。
「貴女は……先程は失礼しました。あのような素晴らしい御霊送りをありがとうございます。あの者達もさぞや胸を張り、旅立てた事でしょう」
「いえ……さすがに放って置けませんでしたので。ちゃんと出来ていたならよかったです」
たおやかに微笑みながらお辞儀をするアルメリアさんに、こそばゆい気分になりながら、彼女に返礼する。
フェーヤさんをそのまま少し大人にしたかのような容姿のアルメリアさん。
よく似ているし、この子のお姉さんなのかなと思いながらも彼女を眺めていると、
「あ、これは失礼しました。きちんと正式な自己紹介がまだでしたね。
──樹木の精霊様の巫女フェーヤの後見兼側付き教育をしております、ファルナダルム氏族パァム家のアルメリアと申します。血縁的にはこの子の祖父の妹、つまり大叔母にあたりますわ」
「「「ぶっ!?」」」
大叔母!?
どう見ても年頃のお姉さんにしか見えないよ!?
「どう見ても姉妹にしか見えないんですけど!?」
「えーっ! 全然そんな風に見えないよ!」
「あら、嬉しいわ。ユイカさんもレトさんもありがとう」
ボクの心情を代弁した二人に、微笑みを向けるアルメリアさん。
「私達森精種族は種族としての格が上がるにつれ、老化が緩やかになり寿命が延びますので。こんな姿でもそれなりに長く生きていますのよ」
「アルメリアさんは先代の巫女なんだよ。半年前代替わりしてね」
「この子の成人の儀を待って、巫女の座と家督を譲り、後見にあたる事になりましたの。生まれながらにして樹木の精霊様へお仕えする高位森精種としてのお役目を授かった我が家自慢の子ですから。
ただ、まだまだ子供で……ちょっと自覚が無いようで困っていますけどね」
そう言いながらフェーヤさんを撫でるアルメリアさん。フェーヤさんを見つめるその目には、深い愛情が感じられた。
けど、なんで先代の巫女が側付きまでしているのよ。
後見人で教育係なのは分かるけど、側付きは普通別の人に任せると思うんだけどなぁ。
エルフの文化ではこれが普通なのかな?
「──さて、セイさん。私ばかり話してごめんなさいね。勇者様と共に来られた貴女の事も聞かせていただけるかしら。あれだけの素晴らしい儀をこなし、数多の精霊様を喚起なされるのですもの。先刻巫女とおっしゃっていましたけど、どちらに所属されておられる氏族と家系の方でしょうか?」
「え……あー」
こちらをにこやかに見つめるアルメリアさんだけど、その視線に素性を探るような色が混じっているのを見て、どう答えたらいいものか口ごもってしまう。
氏族? 家系?
そもそもそんなもの無いんだけど?
これはもしかして……拙いんじゃないだろうか?
でも答えないわけにはいかないし。
「ちょっと待っ……」
「その……ボクはただのセイです。氏族とか家系とかは、その……ないと思います」
「……え? 氏族がない? 巫女なのに?」
結局恐る恐るそう答えたボクの回答に、ぽかんとした表情を浮かべるアルメリアさん。
口を挟もうとしたティリルが「あちゃー、言っちゃった」と言わんばかりの顔をしたのが見えてしまい、先走って言うんじゃなかったと後悔する。
とはいえ、もう今更撤回は無理だし、アルメリアさんに訊くしかないかな?
「そもそも氏族って何ですか?」
「……はい?」
信じられないような顔をされる。
……あ。
更に墓穴を掘った気がする。
「……我々森精種の民にとって、氏族というのは守護されている精霊様との繫がりであり、存在意義です。先祖代々仕え奉じる精霊様ごとに名乗り分かれています。
つまり、氏族名は森精種族なら誰しも持っている血統の系譜なのですよ。祖先と違う氏族へと突然変異したり等、特殊なケースは多々ありますが……。
──しかし、仮にも巫女を名乗る者が己が仕える精霊様を知らないとか、どう考えてもあり得ないのです」
げ……。
そんな大事なモノだったの!?
「言いたくないからの……返答でしょうか?
いや、まさかとは思いますが……巫女を詐称しようとしたのではないでしょうね? もしそうならば、事の次第によっては、貴女だけでなく一族郎党にも報いを……」
「アルメリアさん!? ちょっと待った!
……ゆっくりと落ち着いて聞いて欲しい」
段々と剣呑な雰囲気を醸し出してきたアルメリアさんの問い詰めに、事態の収拾を図ろうと、慌ててアーサーさんが間に入って来た。
「セイさんは私と同じなんだ。だから色々教えて上げて欲しい」
「……そうなのですか?
でも少なくとも巫女と主張するならば、己が奉じる精霊様のお言葉を賜れる立場にありますので、その時に伺えば済む話ですよ。ファルナダルムの里で暮らす我が氏族は今少々特殊な状態ではありますが、他の氏族とて……」
「ちょっと待ったぁっ!」
いきなり奥の扉がバンッと開き、ビックリした全員の視線が乱入してきた相手に集まる。
「ご主人様の氏族名は〔スティルオム〕だよ!」
「か、カグヤ!? いきなりどうして……」
「これで氏族名分かったでしょ! だからこれ以上ご主人様を苛めるな!」
こちらにすっ飛んできてボクに抱きつき、そしてアルメリアさんに対して威嚇し始める彼女の行為に、ボクは戸惑いを隠せない。
「いや、カグヤ。苛められているんじゃなくて、単にボクが知らなかっただけだから……」
「がるるっ!」
「こら。もう……ほら、カグヤ落ち着いて」
「い、一体その子は? どこかで見た事があるような……まさか!?」
落ち着くようにと、必死にカグヤをあやすボクの方を見て、愕然としながら震える声で問いかけてくるアルメリアさん。
ボクの返事を待たずして、彼女の翡翠色の両の瞳がスゥ―っと透き通るような碧眼に変わる。
それは精霊眼!?
「や、やはり精霊様!
……って、ええっ!?」
精霊眼を展開した状態でボクを見た瞬間、彼女は更に絶句する。
「セ、セイさ……貴女のその状態は!? 一体何がどうなって!?」
「ええっと、その……」
なんか嫌な予感がめちゃくちゃ止まらないんだけど。
「──セイ様はお姉様の寵愛を賜っておられる御子様です」
ボクの口からかなり不機嫌そうなティアの声が発せられる。慌てて口を押さえようとしたんけど、身体が途中で動かなくなった。
『お兄様すいません。最後まで言わせて下さい』
ティアの念話がボクに届く。
「私は雷鳴の精霊。精霊王女として名を成される元素の精霊様の御子たるセイ様をお助けする為、今、共に在ります」
ティアがこんな強引な手を使ってくるなんて、今までなかったことで。
もしかしなくとも、これ相当怒っているんじゃないだろうか?
「全てはセイ様の御心のままに。
この不肖雷鳴の精霊。己が存在、その全てを以って愛を捧げ、永久に尽くす所存」
怒鳴るわけでもなく。
静かに想いを淡々と語り出すその口調が、逆にティアの怒りの深さを思い知らされる。
「私は月の精霊だよ。私もご主人様の所有物なの」
ボクにしがみ付いたまま、カグヤも宣言する。
傍から見れば、どちらかというと、コレは自分のモノだと主張しているようにしか見えない。
「ヴォルティス様!? 一体何を仰られて!?
……ル、ルナ……様も……ご主人様? も、モノ?」
二柱の言葉に、アルメリアさんは目を白黒させる。
「せ、精霊王女様のちょ、寵愛って……そんなの今まで聞いた事が……いえ、そう言えば、曾祖母様が言っていたあの話……」
その瞬間、いきなり彼女の表情がすとんと抜け落ちた。目も虚ろだ。
「あ、アルメリアさん?」
「そ、それにスティルオム?
……スティルオムって……あのスティルオム氏族!? あ、あああの伝説の!?」
いきなりガバッと顔を上げたと思うと、そのまま床に平伏してしまった。
ちょっと何!?
いきなり何がどうなって!?
「も、申し訳ありませっ! 古代種様になんて物言いを! と、とんだご無礼を、い、致しまして申し訳ございましぇんでした!!」
はいぃいい!?
「し、しかっ……巫女じゃなくて、御子様であらせられて……こんな許されない勘違いを……平に、平にご容赦を」
ぷるぷると震えながらひたすら頭を下げ続ける彼女に、なぜこうなったのか理解が追い付かない。
彼女の豹変ぶりに、ぽかんとした表情を浮かべるユイカとレトさんに、額を押さえて溜め息をつくアーサーさん。
ティリルに至っては、何となくこうなる事を予想していたのか、こちらに同情するかのような視線を向けている。
「あ、アルメリアさん!?
顔! 顔を上げて下さい! いきなり何してくるんですか!?」
「そ、そんな畏れ多い! 私のような雑魚エルフなんて、呼び捨てにして下さって結構です!
今まで生意気言ってすみませんでしたぁ!!」
ざ、雑魚エルフって……。
あなたはハイエルフで元樹木の精霊の巫女でしょうに。
あ、頭痛いなぁ。
どうするの、これ。
カグヤの「ちょっと待ったぁ!」は、ね○とんみたいな感じで(古