113話 戦い終えて
──ふぅ。
大きく息を吐く。
さっきまでテンライの中に精神ごと入り込んで完全にシンクロしていた状態から、ようやく自分の身体へと戻ってきた。
最初テンライの視点で現場を見た瞬間、間に合わなかったのかと絶望的な気分になったけど、少なくても五人の尊い命が助かった事だけは不幸中の幸いだった。
アーサーさんから精霊の巫女がいた事も聞き、ボクと同じくらいの年頃に見える少女がそんな重要な職に就いている事にビックリしたものの、素質が全てを語る職業だけにそういう事もあるのかと思い直す。
どうも彼女──フェーヤさんというらしい──は、アーサーさんの顔見知りらしいから、彼に任せておいたら大丈夫だろう。
彼女の怪我の具合を見た感じだと、馬車が破壊されて横転した際に全身を強く打ち付けたみたいだ。
目立った外傷は少なかったけど、頭を強く打っているようだから、ティリルに精密検査して貰わないとダメだな。
そして──出来れば見たくなかった。
初めて見た赤の同郷者と、この世界の犯罪者。
自分勝手に好き放題し、人を殺しても何の反省も罪の意識もない赤の同郷者には、特に最後まで苛つかせられた。
どういう考え方をすればあんな風にいられるのか、ボクには全く理解出来ない。
今回は状況から護りに徹していたけど、それはアーサーさんとミアさん、そしてハクというアタッカーがいたからだ。
彼らがいなかったら、ボク自身が対処しなくちゃいけなかった。
人命を奪わなければいけない。そう思うと、そら恐ろしく感じる。
でもやらないといけない。
大切な人を護るために。
奴等をここで始末しなければ。
害獣の駆除を行わなければ。
気の迷いで逃がしてしまえば、別の人が別の場所で被害を受けるのは簡単に想像出来ることであり、明白な事実だった。
綺麗事をいえる世界ではないことは、今のことを見ていて、そして肌で悟る。
こないだミアさんとたまたま二人っきりになった時に、ぼそりと言われたことを思い出した。
「この世界の人達に深く寄り添うなら、セイにゃんも闇を見ることになるにゃ。覚悟だけはしておいた方がいいにゃん」
どういうことか訊こうとしたら、他のみんなが帰ってきたのでそのままうやむやになってしまっていたけど、多分このことを指していたのかと思う。
もし襲われていたのが、源さん達だったら。
レトさんだったら。ティリルだったら。
──ユイカだったら?
そこまで考えて憂鬱になる。
たらればの世界だけど、今回のことはきちんと心に留めておこう。
そう思う。
それに今回のこいつらの言動は少しおかしかった。ボクもアーサーさんが言う通り、何か隠している気がする。
この森の状況や精霊達の元気の無さにも、こいつらの悪事が関わっているかもという推測──行き過ぎた妄想をついしてしまった時点で、元々臨界寸前だった怒りが限界を超えてしまった。
自分の中で何かがキレてしまう。
黙っているつもりだったけど、ミアさんの誘導につい乗ってしまい、奴の尋問に参加してしまったのはそのせいだ。
アーサーさんの言う通り、本当は隠しておきたかったけど、やっちゃったモノは仕方がない。
ボクが大切にしている想いを汚されてまで、おとなしくしている義理はないから。
あのスキンヘッドの禿は何度やっても喋らなかった。途中で面倒になって、川の上流にあった湖に捨ててきた。
不法投棄したみたいで気分は最悪だったけど、まあ仕方がない。今頃溺れて死に戻っているだろう。
それに赤の同郷者が死に戻ったら、牢屋行きになるなんて初めて聞いた。
どういうシステムになっているか知らないけど、そのまま一生出れなかったらいいのに。
顔は覚えたし、念の為スクショにて保存もした。もう会う事はないとは思うけど、次もし会う事があれば、再びプレートの色を確認して潰すだけだ。
そして再度牢屋にぶち込もう。そうしよう。
そう強く決意したところで、さっきから気になることを訊くことにする。
リンに乗ったままテンライとシンクロしていたんだけど、その時身体が無防備になるから守って欲しいと、確かに彼女へお願いした。
背後からすっぽりと抱き締められているのは、落ちないようにしようとしたんだと思うから、まだ理解できる。
でもさっきから、妙にぺたぺたと全身あちこち触られたり、撫でられたり、頬擦りされているんだけど、意識がなかったこの身体に何てことしてくれているんだよ。
首を捻って背後にいるその相手を見上げるように睨み付ける。
「──で、さっきから何してるんです?」
「あら、セイちゃんお帰りなさい。拗ねた顔も可愛いわね」
「答えになってません。説明を求めます」
「ん? セイちゃん、何だか凄く不機嫌ね。上手くいかなかったの?」
「……別に? ちゃんと助けられましたよ」
「ならよかったじゃない。っと、ほらほらむくれちゃ駄目よ。笑顔、笑顔」
「……あ、ちょっ、どこ触って!? ふにゃぁ! や、やめ……」
「ほらほら、セイちゃん。もう一度、ぎゅ~う♪」
「うぎゅっ。
……うぅ、もういい加減にして下さいよ。よく飽きないですね」
「飽きるわけないじゃない。出来るなら一生こうしていたいわよ。それに今のセイちゃんって、なんか気落ちしてるというか、疲れた顔してるというか……ちょっと励ましたくて?」
「だからって、何でこんな人ふぁふぇ……むぅ!」
更にレトさんに頬っぺたを軽くむにむにと触られる。
言われて今までの言動を振り返ってみる。
確かにイライラをレトさんにぶつけてしまった気がした。
自分で思っているよりも、気が滅入ってしまっているようだ。気分を落ち着かすためにも、もう一度大きく深呼吸を行おうとし……。
「──お前らな。緊迫した空気をぶち壊した上、目の前でいちゃいちゃして甘ったるい空気作るなよ。もう少し周りに気を使え」
「へっ?」
御者台からレントの苦情が飛んできた為、中断して周りを見回した。
ボクの戦闘終了発言に加えて、戦闘現場が前方に大きく見えてきて状況が視認出来たのもあって、馬に乗ったみんなも馬車を牽くリンもそのスピードを落としている。
つまり……余裕があるわけだ。
全員が全員、ボクとレトさんの動向を凝視……もとい絶賛大注目中だった。
「ええのぅ、ええのぅ。かわええ娘子達が睦み合う姿は眼福じゃい。こうもっと派手に絡み合ってくれんかの」
「……あのな爺さん。いくらなんでもそれはセクハラ発言だぞ」
「はうっ!?」
椿玄斎さんとマーリンさんのやり取りに、周囲からどう見られていたか把握した。
茹でたタコのように真っ赤になる。
「ほらほら、見てよ。セイちゃん照れちゃってこんなに可愛いでしょ。でもレントにはあげないわよ」
「いらんいらん。すぐ俺を巻き込もうとするな」
と手を振るレントは、チラチラとしきりに横にいるユイカを気にしていた。
その動作に気付き、ボクもそちらを見る。
そこには、ニコニコとこちらを見ながら笑みを絶やさないユイカ。
だけどその背後で、彼女の尻尾が大きくぱたんぱたんと神経質に叩き付けるように左右に振られていて。
しかも頭頂にある狐耳がピンと逆立ってるのを見てしまい、今度は血の気が引いて真っ青になる。
ひっ!?
ユイカがキレそうになってる!?
「あ、その……」
ユイカを落ち着かせるべく口を開こうとしたら、それよりも早くみんなが口々に言い出した。
「……あー、レント。いくらなんでもその言い方はどうかと思うぞ? 後で謝っとけよ」
「いくら照れ隠しでも、その言い方はあんまりだわ」
「セイさんに失礼じゃないのか?」
「そうだそうだ」
「少しは彼女の気持ちを考えなさいよ」
「……もげてしまえ」
マーリンさんを口火にして周りの人全員からの非難の視線と言葉が、何故かボクじゃなくてレントの方へと降り注ぐ。
いきなり親友が責められる空気に変わったのを見て、目まぐるしく変わる状況に何が起こったのか分からず、ボクは思わずきょとんとしてしまった。
「……すまんの。これは庇えんわい」
ぼそりと椿玄斎さんが呟くのが聞こえる。
「くっ、理不尽な。この世に神はいないのか」
天を仰ぎ、呟くレント。
なんかごめん。
ボクとレトさんのせいでこうなったのは分かるけど、何が原因かが分からないよ。
「──ユイカちゃん。ポジション交代するわよ」
レトさんもユイカの精神状態に気付いたようだ。虚空に目を彷徨わせながら、ぼそりと「またやっちゃった」と呟く。
その尻尾がシュンとしおらしく垂れていた。
彼女達のように尻尾のある一部の獣人種の方々は、内心の感情が非常に分かりやすいな。
尻尾ってよっぽど気を付けないと、無意識に動いてしまうからね。あのイベントの時に、ボクもその苦労を思い知らされたからなぁ。
「あれ? レトさん、もういいんですか?」
ニコニコとユイカ。
だから怖いって。
「あーその……今度はユイカちゃんがセイちゃん慰めて上げてね」
「……分かりました」
常歩のリンから地面へと飛び降りたレトさんと入れ替わるように、御者台からユイカがこちらに向かって跳び込んできた。
風の精霊にお願いしてアシスト、両手を広げて彼女をふわりと受け止める。
「ユイカ、いらっしゃい」
「……」
腕の中に飛び込んできたユイカは、無言でボクの顔を見つめ、軽く頬っぺたを左右に引っ張ってきた。そんな彼女のちょっぴりへの字な口元を見て、何も言わずにその頭を撫でてあげる。
喜び。不満。安らぎ。不安。
相反する色んな感情が心の中で渦巻いてるんだろうなぁ。
「ユイカ。この先見たくないなら、ボクと一緒に馬車の中に入る?」
周囲に多くの人がいる。あまり個人的な話は避けよう。
言いたかったことを言わずに飲み込み、先のことを話す。
戦闘現場には多くの亡骸が存在している。
犠牲者も、そして加害者であった犯罪者達も、だ。
正直ユイカには見せたくなかった。
ユイカの精神は弱い。ボクが傍にいれば無理をしようとするから、なおさら見せたくなかった。
ボクと一緒なら馬車の中に入ってくれるだろうと思ったのだけど、予想に反して彼女は横に首を振った。
「セイちゃんと一緒に外にいるよ」
「……そっか」
反論は止めた。
レントからは前回のイベントで何があったか、ボクのいない時の話も聞いている。
弱い者同士でも、二人でいれば。
皆といれば。
この先何があっても、なんとかなるだろう。
そう思うことにした。
そんなこんなで、下草が踏み荒らされた河の畔までやって来た。
アーサーさんとハクはここから渡っていったけど……うん、意外と深いな。馬車本体は無理そう。
辺りを揺蕩う様々な精霊の断片的な思念を聞きながら、この河を安全に渡る方法を考えつつ、さっきまで戦闘行為が行われていたこの現場を自分の目で再確認する。
『カグヤ』
『あ、なぁに?』
『使いっぱしりでごめんだけど、ティリルに外に出て来てもらうよう伝えてくれない?』
『うん、分かった。ちょっと待っててね』
馬車の中から顔を覗かせたティリルに、必要な情報を伝えておく。
「──ってことで、何とか助かった人が五人いるんだけど、馬車の中にいた巫女の少女と側付きの女性だけがまだ意識が戻っていなかったんだ。今どうなってるか分からないけど、この女性二人は頭も打っているみたいだし、ちょっと入念に見てもらえる?」
「うん、分かったよ」
「マーリンさん。これから一時的に橋を作りますんで、ちょっと待ってください」
「あいよ。しかし何でもありだな。セイちゃんの精霊魔法。なんかもう別の魔法みたいだわ」
呆れたようにマーリンさん。
失礼な。
「そもそもマーリンさんだって精霊魔法使えるでしょうに。同じこと出来ますって」
「無茶言わんでくれ。確かに俺は魔法と名のつくモノは全て使えるが、個々の魔法力はその系統に特化した職には到底及ばんよ。ま、よく言う器用貧乏って奴だ」
「万能選手の間違いでしょ? たった一人でアーサーさんを支えているんですから」
「あのな。それブーメラン刺さってるぞ」
「え? なんでブーメラン?」
意味が分からず首を傾げたボクを見て、苦笑いするマーリンさん。
「ま、それはさておき。じゃ、セイちゃん。あそこに向かって頼むわ」
反対側で両手を振っているミアさんを認め、そこへと向かってアーチ状の石橋を形成し、順次渡っていった。
ボク達が橋を作って現場に到着した時、巫女の側付きであるアルメリアさんという方が、ちょうどタイミング良く目を覚ましたところだった。
顔見知りであるアーサーさんが取り成してくれていたとはいえ、最初彼女達はこちらに対しての警戒心を露骨に見せていた。
そりゃ知らない人が近づいてきたら誰でも警戒心を持つと思うし、しかもさっきまで死の恐怖に晒されていたんだから、当然のことだと思う。
だけど、率いてきたのがマーリンさんだと分かると、その態度は若干ながら柔らかくはなった。
いまだ一人だけ意識の戻らないフェーヤさんは、ボクの馬車の中へ運び込まれて最優先で治療が行われることになった。
その前に動かしても大丈夫かどうかを、今ティリルが確認している最中だ。その確認がすみ次第、出発することになる。
いつまでもこの場所にいるわけにはいかないし、彼女が目覚める前にこの血に濡れた場所から一刻も早く離したいと、アーサーさんはそう述べた。
確かにその想いはボクにもある。
ただ、自分達が仕える巫女を守ろうとその命の限り戦い、そして散っていった護衛達を、こんな場所に野晒しでそのまま放置していくのは忍びなかった。でも彼らを故郷へと連れても行けない。
何とかして彼らを弔いたかったボクは、自分が責任を持って最後まで処置をするからとアーサーさんを説得した上で、彼ら英霊達に鎮魂の舞を捧げて埋葬することにした。
こうした慰霊の仕事は御子の役目だからと、嘘までついて。
ティアから世界樹のことを聞けたのは、丁度良かったかもしれない。
その世界樹の働きを強化する形で、想いを紡ぎ、舞に願いを込める。
彼らの高潔なる魂が迷わぬよう、無事世界樹に導かれるよう想いを込めて。
今世は邪悪なる精霊に囚われてしまった魂も、浄化を受けて来世では善なる魂へと生まれ変われるよう。
精霊達が舞う幻想的な厳かな雰囲気のもと。
仲間達が無言で黙祷し、アルメリアさんが祈りを捧げ、生き残った護衛達が目を潤ませながらも最敬礼をして見送る中で。
彼らの魂が天に還っていったのが視えた。
今日でちょうど一年です。
ちょっぴり執筆作業が遅くなったりするかもしれませんが、そのまま突っ走っていけたらなと思います。
(まだまだ先は長いですが)
これを書いている時、PVが2,050,508アクセス、ユニークが377,642人になりました。
またここまで書き続けられたのも、ひとえに皆様方のおかげであります。
短いながら、一言。
色々拙い所はありますが、二年目もよろしくお願いします。