105話 守りたい存在
──レト──
「──本日は直前にて、無理なお願いを申し上げましたのに、お聞き届けいただき真にありがとうございます」
遂に始まった領主との面会時間。
この平屋宿に唯一ある洋式の応接室にやってきた女性領主自ら、胸に手を添えながらセイちゃんに向かって深くお辞儀をしているのを、私はあてがわれた別の部屋に拵えてあった覗き穴から、そっとその様子を窺っていた。
隣には私の幼馴染であるミアが椅子に座り、プラプラと足を揺らしながら天井を見つめている。
一見興味なさげに見えるけど、その頭に付いている猫耳が仕切りなしにぴくぴく動いている事から、しっかりと聞き耳を立てている上、会談の内容が気になって仕方ないらしい。
視線を移せば、セイちゃんの幼馴染であるユイカちゃんとティリルちゃんが、これまた別の覗き穴から落ち着かない様子で覗き込んでいるのが見える。
「病床に伏す父の名代として、このルーンヘイズの街の領主代行を務めておりますリザと申します。以後、お見知りおきをば」
「い、いえ、ご丁寧にありがとうございます。ボ……私がセイです」
領主ではなく、代行。
そう名乗った彼女に、つっかえながらも返礼を行うセイちゃん。
──ああ、たどたどしいながらも慣れないことを必死に頑張ろうとするセイちゃん。
なんて健気で可愛い……。
思わずこの監視用の部屋から飛び出して頑張れとばかりに抱きしめてあげて、その頭を撫でたくなるのを必死に我慢する。
そんなセイちゃんは今、純白の生地に金刺繍の入ったゴシックドレスのようなデザインの服を着ている。お人形さんみたいで、まるで物語に出てくるお姫様のよう。
そのまま王宮の舞踏会にも普通に参加出来そうな煌びやかな衣装で、今の状況にしっかりと対応出来る服装だった。
初めてその姿に着替えてきたときは、思わずフラフラっと引き寄せられちゃって、気付いたら思いっきりハグしちゃってた。
そしたら、ミアを除く女性陣全員で引っ張り合いの取り合いになっちゃった挙げ句、セイちゃんはぐったりと目を回してしまって、白熊のお兄さんに思いっきり説教される羽目に。
うう、ごめんなさい。
次は出来るだけ自重します。
……こほん。
それはともかく。
まあどちらかというと、ドレスはセイちゃんの銀髪が映える黒の方が似合うと思うんだけど、その理由を聞けば、このドレスの原型は、かの精霊王女である元素の精霊の正装らしい。それを仲間のマツリさんという方が、そっくりに仕立てた服だという。
セイちゃんは力を借りる精霊によって姿や髪色が変わるみたいだから、本来は金髪碧眼の姿に変わった後の精霊王女モード用の正装だったわけだ。
うん、凄く納得。
それにしてもあの女領主、いや代行だったわね。
年の頃なら二十代後半くらい。アッシュグレーの柔らかな髪をゆったりと一つに編み込んだ、一見穏やかそうな女性だけど、時折見せるその眼光は鋭い。
本人は代行者と言っているけど、やり手のキャリアウーマンみたい。意外と油断ならない相手だわね。セイちゃん大丈夫かしら。
その背後には、彼女の側近らしき執事姿の初老の男性。もしその顔ににこやかな笑みをたたえでもすれば、いかにも好々爺といった出で立ちなのだけどね。俯き加減になり、すました顔をして控えているせいか、少し冷たい印象を持ってしまう。
そしてその女性領主からは半歩下がる形で、巨漢の騎士が立っていた。
あの戦場で陣頭指揮を執っていた部隊長で、確かキルケという名前の守備隊隊長だとダンゾーさんから聞いている。
私自身も彼の姿を確認しているので知っている。それとセイちゃんが倒れて慌てていた私達に、この宿を紹介してくれた人物でもある。やはりそれなりに地位を持った人物だったわね。
そんな彼も今回は正装としてなのか、妙に派手な実用性のない儀礼用の鎧をつけていた。
そのせいか、種族特性の影響で金属が苦手なセイちゃんには、あの距離でもかなりきつそうに見える。本人は必死に隠しているつもりなんだけど、普段のセイちゃんをよく見ている私からしたら一目瞭然だ。
こらそこの虎、さっさとセイちゃんを助けなさいよ。それ以上放置するともぐわよ。
……え、どこって?
そりゃ、その……耳とか尻尾とかよ。
「──警護及び補佐役のレントです。
誠にすいませんが、挨拶はこれくらいにして、まずはお互い席に着きましょう」
「そうですね」
私の無言の呪詛が通じたのか、隣に立っていたレントがセイちゃんの様子に気付き、座席につく事を相手方に勧める。
勧められた席に向かう前、リザという領主代行がわざとらしくセイちゃんの様子を横目で確認したのが分かったけど、セイちゃんは殊更に気付かない振りをしたようだ。
そりゃ変に反応しちゃったら、説明とか大変だもんね。
レントがスッと引いた椅子にセイちゃんが座り、対面にある椅子に領主代行が座るのを見て、レントがセイちゃんの隣の席に着く。レントのその流れるような動作には、気負いも緊張も見受けられず、悔しいくらいきっちり様になっている。
セイちゃんのフォローとして、あのレントが補佐役、熊のお兄さんと翼のお姉さんが警護役として背後に控えている。そして目に全く見えないけど、あの上級精霊雷鳴の精霊であり、何故かティアと呼ばれてる子がすぐ傍に待機するという布陣になっている。
さっきからあの女、セイちゃんの口調や動作、物腰から色々推測しようとしているのくらいは分かるんだけど、私ってほら、ただの一般市民でしょ。
こういう時の教養とか全く無いんだから、どう対処していいものかよく分からないのよね。
一応レントから聞いた話によると、セイちゃんはこういった会談のテーブルマナーや動作、会話の流れや発言の順序、意味におけるまである程度の知識はあるらしい。
それが意味する事は……セイちゃんってかなり良いところの子なのだろうと思う。
実際に普段の仕草は庶民的に見えて、その節々に洗練された動きを感じられたりする。
特に舞や昨日の衛兵とのやり取りがそう。
向こうからすれば、こちらは街を救った英雄であり『御子』と呼ばれる権力者でもあるから、セイちゃんはどんと構えて他の者が相手で良いと思うのが、私みたいな『なんちゃってお嬢様』が考える限界よね。
それなのに「わざわざ領主代行が来てくれたんだから、ボクも会うよ」となんてまあ立派な……。
一応私も世間からみれば良いところのお嬢様ではあるんだけど、セイちゃんみたいにはなれそうにないなぁ。先にも言ったけど、こういう時のマナーなんて全く分からない。
おかげでセイちゃんの傍にいる事が出来ず、かつたくさんいても仕方ないという事で、私達小娘組はこうして警備用の隠し小部屋に待機というわけだ。
だだしっかりしていそうで所々抜けちゃってるセイちゃんの事だから、見てるだけじゃ心配になっちゃって全く落ち着かない。
さっきからハラハラしっぱなしだ。
ホントにホントに、本当に大丈夫なのかなぁ?
そんなセイちゃんを見ながら、昔の事、そして出会ってからの事を思い返していた。
私──三山木弥生は、幼馴染で親友の加藤瑠美とそのバカ兄修蔵さんと共に、第一弾プレイヤーとしてこの地に降り立った。
ま、そこから今まで色々とあったんだけど。
ここ最近でいえば、元々樹木の精霊の加護を持ちレンジャーだった私と風の精霊の加護を持ちローグだったミアが、ダンゾーさん(鳶加藤というのがモデルとかなんとか)が偶然見付けてきた闇の精霊にまつわるクエストを手助けすることになって、何とかクリアしたら、何故か私とミアにまで闇の加護(二つ目)がついちゃったり、そのせいでダンゾーさんとミアの忍者ごっこがマジになって三人で忍者を目指す事になったりと、まあ色んな事があった。
少し気乗りしなかった時期もあったけど、ずっと続けてきたおかげで、私にとって運命とも言える出会いがあった。
傍にいて守ってあげたい、これからもずっと一緒にいたいと思わせてくれる子に、こうして出会う事が出来たわけで。
それはもちろん、精霊王女の御子である森精種族のセイちゃん。
特異職であるらしいセイちゃんのこの職は、精霊の加護の最上位である寵愛を得ることによって、その精霊の姿に変身出来るという何とも凄まじい職。
ずっと見続けていた掲示板の影響もあってか、初めて会った時セイちゃんの事を小柄な大人の女性だと思っていたんだけど、本人から話を聞いてびっくり仰天する羽目になったの。
本当に見た目通りの年で、しかもその特異職専用装備の影響でコードが壊れてるだけだったというまさかの事実。
しかもしかもだよ。
さっき聞いた話によると、自分は男の子だって言い張るじゃない。
説明を受けた時は、証拠もなかったこともあって全く信じられなかったんだけど、一緒にお風呂に入ることにしたら、やっぱ女の子としては様子がおかしくて。
女の命でもある髪の手入れすら自分でまともに出来ないし、人の裸はともかくとして、自分の身体すら見ようとしないのは流石に変でしょ?
みんなで寄ってたかって洗ってあげた(おもちゃにしてしまったともいう)んだけど、完全に拗ねちゃったみたいで、ティアちゃんと一緒に端の方へ逃げちゃった。
その後、いつの間にか二人で消えちゃってたから、私達の湯上りに巻き込まれたら、また弄られると思ったんだろうな。もちろんお世話する気満々だったから、少し残念だった。
そこでセイちゃんがいないのをこれ幸いと、あの子のもう一人の幼馴染であるユイカちゃんやお姉さんでもあるヒンメルさんにも確認を取れば、やっぱりティリルちゃんと同じように男の子だって言うし。
あんな女の子みたいに可愛い男の子なんて、ミアが強引に私に見せに来る本やアニメだけの空想の産物でしかなくて、現実にいる訳ないと思ってたのに。
本当にびっくりしたわよ。
よくよく考えて思い返してみれば、これって初めて年頃の男の子と一緒にお風呂入っちゃったのよね、私。
でも何故か全く恥ずかしいとも嫌だとも思わないし、次もセイちゃんと一緒に入りたいと思ってしまう自分に気付いて、これまた驚いた。
少し前までは、男の子と一緒にお風呂なんて絶対あり得ないと思ってたのに、こんな気持ちになるなんて思わなかったなぁ。
あとね、もとより隠す気なんて全くないし、周りにバレちゃっても全く構わないんだけど。
セイちゃんと出会ってからすぐ、あっという間にセイちゃんの可愛さや優しさにノックアウトされてしまい、完全にメロメロ状態になってるのを、私は今ちゃんと自覚している。
仲間や人を守ろうと自らを省みず行動しようとしたり、無茶な事をしでかし始めて人をハラハラさせたりするし、でも決める所はしっかりと決める格好いい所も見せたりと、完全にあの子から目を離せなくなっちゃった。
ただでさえずっと抱きしめたくなるくらい可愛い子なのに、本人は完全に自覚無しなんだよね。
小首を傾げたりする仕草とか、おねだりするような上目遣いでこちらを見上げてくるあの表情とか、もうヤバいヤバい。
この子、完全に私を萌え殺しに来てる。というか本気で捕まえて、現実の自分の家までお持ち帰りしたい。
もう絶対に離れたくないし、離したくない。
事あるごとに、気持ちが制御できなくなっちゃう。
この気持ちどうしてくれるのよ。そんなつもり全くなかったのに。
けど、理由はそれだけじゃない。
セイちゃんは危う過ぎるんだ。考えうる危険からセイちゃんを傍で守り続けたい。
かけがえのない守りたい存在。
セイちゃんと出会ってからほんの僅かな時間しか経ってないけど、私はそう強く願うようになっていた。
あの夜、渋々戦いに出ていって目を離した隙に、血まみれになって倒れ伏していたあのセイちゃんの姿が、私の姉であった葉月お姉ちゃんの姿と重なってしまい、パニックを起こしかけた。
セイちゃんを見て、話して、感じて。
その行動原理、その発想、幼馴染に対するその想いと行動、その全てが大好きだった葉月お姉ちゃんと一致していく。
当時は引きこもりだった同い年の幼馴染に甲斐甲斐しくお世話をしたり、困っている後輩を自らが傷付くのを厭わず助けに行ったり、そして挙句の果てに、トラックに引かれそうになった幼馴染を助けようとして……私の目の前で……。
──帰らぬ人となった。
あれからもう八年も経つのに、いまだに引きずっているなんて。こんなんじゃ、葉月お姉ちゃんに笑われちゃう。
いや、もう私の方がお姉さんになっちゃったんだけどね。
血まみれになって痛みに震え、弱々しく虚ろな目でこちらを見上げるセイちゃんがあの時の葉月お姉ちゃんの姿とダブってしまい、彼を抱き上げ泣き叫んでしまったあの満月の夜。
あれだけ当時の事を鮮明に思い出してしまったのは、いつの日以来だろうか?
恥ずかしい姿を見せちゃったけど、セイちゃんは何も言わなかった。
落ち着いてきたら、自分のしでかした事に恥ずかしさが込み上げてきた。真っ赤になって誤魔化そうとした私に、唯一動く右手でそっと私の右手に絡めてくれて。
「いいんですよ、レトさん。凄く嬉しかったです。
それにボクはこの通り生きてます。レトさんやみんなの助けを借りて、こうして生きています。だから、助けてくれてありがとうございます」
そう言って自分の胸に引寄せ微笑んだセイちゃんからの追撃に、私は完全に落ちてしまった。湧き上がってくる誤魔化しようのない想いを自覚してしまった。
しかも、本人から怪我の原因や使用したスキルの正体を知り、私は唖然としてしまう。
そして私のこの想いは、ますます強固なモノになっていく。
痛かっただろうに。
辛かっただろうに。
なのにどうして?
人の為に自分を犠牲にしてまで、そんなに強くいられるのだろう?
あの時の葉月お姉ちゃんと同じように微笑していられるのだろう?
元々子供好きな私。その世話を焼くのが大好きで、それがある意味趣味みたいなモノだったけど、当然ながらそこに恋愛感情なんてなかった。
ミアからは冗談半分に「ショタコン」だの「ロリコン」だのと、以前からからかわれ続けてたけど、そんなつもりは全くなかった。断言出来た。
……うん、過去形になっちゃった。
いや、これはセイちゃんに失礼かな。
それがどうしてこうなったんだろう。
自覚したらあっという間だった。
本気でお互いの性別なんて関係ないと思うくらいに、セイちゃんの心も身体も独占したくて堪らなくなってしまっている。
私の全てを捧げたくなっちゃってる。
これでもうミアの事を笑えなくなっちゃったなぁと思いながら。
そして、あの事件が起きる。
ヒンメルさんに支えられていて、涙でぐちゃぐちゃになっていたセイちゃん。
強くショックを受けたのか、茫然としてただ涙を流すだけのティアちゃん。
そこいらに転がっていた暴漢を踏み潰しながら、ふたりの元へと駆ける。
まただ!
目を離しちゃったのは僅かな時間なのに、何でこんな事になっちゃうの!?
やっぱりセイちゃんから離れるべきじゃなかった。バレないようにと、距離を大きく開けていた事を後悔する。
それに……セイちゃんも同じだったんだ!
心に傷を負った者同士。
過去に縛られている者同士。
過去に何があったのかは分からない。
私なんかより、その傷は深そうで。
私なんかが立ち入れるようなモノじゃないのも分かるんだけど。
そんな事は関係ない!
今度は私が守る!
今を生きてるセイちゃんを癒し守っていくと、強く心に決めた。
引っ越しの時、部屋へ引き上げる私達についてきたティリルちゃん達。
彼女、セイちゃんへ手伝いと言っていたけど、正直手伝うようなものは何もないんだよね。
だってほとんどの物が虚空の穴に入ってるもの。置きっぱなしの外着とかちょっとした小物を回収して、フロントに鍵を返却するだけだ。
だから「手伝い」というのは単なる口実で、本当は私とミアに話があるんじゃないかと思ったの。セイちゃんがいない時に話さないといけない何かが。
そうしたら案の定二人から「お話」が始まって。
覚悟してたセイちゃんの過去話……ではなかったのだけど、それよりも厄介だった。
恥ずかしさという点で。
どうやら私達の内心を聞き取りしたかったみたい。
その際ユイカちゃんから「命と人生をかける覚悟でセイ君を愛し続ける事が出来ますか?」と言われた時はかなりびっくりした。
十五になったばかりの年下の子から、そんな重い台詞が飛び出すとは思ってもみなかったからだ。
私の認識では、セイちゃんにゴロゴロ甘えてるだけの女の子だと思ってたのに、彼女達が考え動いてた内容や、とくとくと告げるセイちゃんへの想いのレベルは、今まで耳にしたどの愛の告白よりも重くて。
生半可な気持ちの女性には傍にいて欲しくないという意図が透けて見えた。
それは隣でこちらを黙って見つめるティリルちゃんからも強く感じられて。
少し前までの私なら、この三人の関係に混ざろうと思わなかったに違いない。
きっと彼女達の言葉や視線に飲まれて、碌な回答が出来なかっただろうし。
でも今は違う。
セイちゃんが男の子だと知らなかった時でも、例えそういう風に周りから見られちゃっても構わなくなっていた。
この子を愛し、大切に守ろうと決めていたんだから、今の私には引き下がるつもりなんてなかった。
どんな事をしてでも守りたい。
かけがえのない存在になってる。
そう伝えたら、厳しい表情をしていた二人は顔を見合わせ、一つ頷いてようやくその緊張を解いてくれた。少し面白くなさそうな顔はしてたけどね。
まあ気持ちは分かる。今や私だって恋する乙女だし、考えちゃう事は二人とおんなじなんだもの。
普通、好きな男性に近寄る女性を増やして喜ぶ人なんていない。
ミアは私達のこのやり取りを茶化さずにじっと見ていたけど、彼女達二人の視線を受けてただ一言「みんなの言うとおりにするにゃ」とだけ回答するにとどめた。
細かい話はイベント後に全員でと言われ、一体何人いるのかと思っちゃったけどね。残りのメンバーは、ティアちゃんとあの時見たカグヤさんらしい。
知ってる人……じゃないや。知ってる精霊だったから、少しだけホッとした。
ひとまず今後の約束事をいくつか言われたんだけど、それは私からしたら至極納得のいくもので。
セイちゃんの職の秘密と弱点を洩らさない事と、実は男の子だという事を出来る限りバレないようにする事。そして全員でセイちゃんを支え、絶対に一人にさせない事。この三点だ。
私としてもこれは言われるまでもない事だったし、すぐに同意。
それに【精霊の懐刀】のクラン入りの同意も得た。サブリーダー以上じゃないと正式にメンバー入り出来ないから単なる口約束なんだけど、ユイカちゃんから「何かあれば、お兄とセイ君を説得します」と言って貰えたのは嬉しかったな。
まあこういうのは私の口から話すのが筋だし、今夜でも話すよと言ってある。
今まで全く興味が無かったから、どのクランにも所属していなかった。
そうこれが初めてのクランだ。それもセイちゃんとイベント後もずっと一緒で、男の子バージョンのセイちゃんや色んな姿のセイちゃんを生で見れる。
そう思うと、すぐ顔がにやけちゃって仕方がなかった。
うきうきとセイちゃんの待つ部屋へ戻ろうと向かってたら、ミアから「そのにやけ顔なんかキモいにゃ」と言われちゃって、ついつい本気でアイアンクローしちゃったけど、これは仕方ないよね。
その、ほら……照れ隠しというか、乙女の恥じらいとして赦して欲しい。
「──レト。さっきからなに百面相してるにゃ?」
耳元で囁かれたミアの言葉に、ふと我に返る。
そういえば、会談の途中だった。完全に思考の海に沈んじゃってたな。
「──そうですか。残念です」
「いえ、こちらこそ力になれず申し訳ないです」
壁の向こうから領主代行とセイちゃんの声が聞こえて、慌てて覗き込む。
全く聞いてなかったからどうなったのか分からないけど、決裂したようだ。そろそろ終わりそう……って、ああっ!
「……しまった。セイちゃんの勇姿、撮り損ねちゃった。全く見てない……」
うぅ、スクショいっぱい撮ってアルバム作ろうと思ってたのに。
「いつにも増して、脳内お花畑になってるにゃね」
「うるさいわね。悔しかったらミアも好きな子くらい作りなさいよ」
「好きな子って……。
んー……にゃ。ミアは好きな子いっぱいいすぎて決められにゃいよ」
「……あんたね。どうせアニメとかのキャラでしょ。そっちじゃなくて、現実に大切な人はいないの?」
溜め息をつきつつ、そうツッコむ。
ま、本当にいたら流石に気付くし、いないの知ってるけど。
向こうの部屋へ声を届かせて、迷惑をかけるわけにいかない。出来るだけ小声で囁くように、ミアといつもの漫才を繰り広げる。
お互い獣人種族だから、この声量でも支障ない。領主サイドは全員普人種のようだから、きっと聞こえる事はないはずだ。
会談の内容はみんなに訊けば分かるから、後で内容を教えて貰おう。そんな風に別の事を考え始めていたから、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「──ま、一番は当然レトなんだよ」
「……え? あ?」
帰る領主代行を見送ろうと席を立ったセイちゃん達から目を離し、慌てふためいてミアの方を振り返る。
え、一番? 好き? 私……?
「にゃは。レト顔真っ赤にゃ」
「か、からかったわね! 後で折檻よ」
「うにゃっ!? か、勘弁してにゃぁ~」
いつものたわいないやり取り。
私にはミアが……瑠美がいてくれる。
事あるごとに助けてくれた、猫のようにいたずら好きな親友が。
私の精神的な支えになってくれる。
セイちゃんの傍にもたくさんの人がいる。
ユイカちゃんとティリルちゃんが、ティアちゃんやカグヤさんが、そしてレントもヒンメルさんもクマゴロウさんも……。
そして私もあなたの助けになりたい。
だから……セイちゃん。
あなたの傍にいさせてね。