102話 あの兄にしてこの妹あり
──イベント開始から五日目の早朝。
昨日の帰り道の途中、レトさんの背中で不覚にも寝てしまってからずっと今まで寝ていたボクは、日が昇り出す前の明け方に目が覚めてしまった。
薄暗闇の中、現状の把握をしようとして……すぐに溜め息と共に諦める。
さも当然の事のように一つにくっ付けられた敷き布団、そのちょうど中心付近に寝かされており、またボクの両脇をユイカとティリルが占有し、ティアがお腹の上に抱き着いて寝ているという、前日の朝と全く同じ光景が広がっていたからだった。
唯一昨日と違う点は、二人がボクの上腕を枕にした上で浴衣を握り締めてぴったりと寄り添い、足までボクに絡めてきている事。
おかげで彼女達との密着度が更に上がっている。
女の子に抱き枕にされてしまう事はもう毎度の事なので、すでに照れや恥ずかしさは無くなってきている。
それが良いことかどうかはこの際置いておくとして、こうも毎回のように身動き取れなくなってしまうのは流石にキツい。
かといって、二日続けて無理やり起こしちゃうのも可哀想だしなぁ。
コアラのようにボクにしがみついている彼女達の安心しきった幸せそうな寝顔に癒されながらも、どうやってここから脱出しようかと朝から頭を悩ますことになった。
腕をそっと引き抜こうにも衝撃で起こしてしまいそうだし、そもそも足が絡まっているせいで、ろくに身動きが取れない。
結局いい方法が思い浮かばず、その状態で悶々と過ごすこと約一時間。
ようやく顔を見せた朝日の光が部屋に射し込み始めたところで、扉に付けられたノッカーがわりの小さな鈴の音が鳴り、誰かが部屋に訪ねてきた。
「あ、はい。どなたです?」
「私よ。その声はセイちゃんね。起きてるのなら入っていいかな?」
「ミアもいるにゃよ。これから一緒にお風呂行かにゃいか~い?」
みんなを起こさないようになるべく小声で返事をしたボクの声に対して、扉の向こうからレトさんの声が返ってくる。
「レトさんとミアさんですか?
丁度良かった。どうぞ入って下さい」
お風呂のお誘いか。一緒にお風呂に入るのは流石に断るつもりだけど、ちょうどよかったかも。
救いの神が来たとばかりに、レトさん達の入室を許可する。
二人にお願いしてこの状況から助けて貰おうと思ったんだけど、なんかガチャガチャとドアノブを捻る音が聞こえるだけで、一向に扉が開く気配がない。
あれ、おかしいな?
なんで許可したのに鍵が開いてないんだろうか?
「セイにゃん? 扉開けて欲しいにゃよ」
「あれ、さっき許可しましたよ?」
確か部屋主が入室許可を出せば音声解除可能なシステムだったはずなんだけど、どうして外れないんだろう?
可能性としては、ボクが部屋主登録されていないか、この宿はそのシステムがないのかどちらかなのかな?
「……すいません、今動けないんです。扉開けに行けません」
「うにゃ? まだ腰が抜けたままなのかにゃ?」
更にガチャガチャと扉のノブが鳴る音だけが辺りに響く。
こりゃ無理だ。
やっぱり誰か起きるまで諦めるか。
レトさん達に「またあとで来て下さい」と言おうと思った時だった。
「ちょっとミア。そこ退きなさい」
苛立ったかのようなレトさんの声が聞こえた瞬間、メキョッ、ガゴッと嫌な音が鳴り響いた。
ビックリして思わずそちらを凝視すれば、扉のノブが向こう側に引き抜かれており、そこから差し込まれた手が扉のロックを外す瞬間を目撃してしまった。
……あは、あはは……やっちゃったよ、あの人。
でもノブってこんなに簡単に引き千切れるモノだったっけ? レトさんって、見た目にはそんな力ありそうに見えないんだけど。
「レト……斥候職が力業で扉開けるってどうかと思うにゃ……」
「スキル使えないんだから、開けるにはこの方法しかないでしょ」
「そんな発想するのレトだけにゃ……。
あーあ、ノブねじ切っちゃってどうするにゃよ。この部屋高そうだから、弁償代高くつきそうにゃよ?」
「でももヘチマもないわ。そんな事どうでもいいのよ。セイちゃんが私に助けを求めてるのよ。全てに優先して助けないといけな……って、うわぁ……」
「セイにゃん……なんか凄い事になってるにゃね」
「あは……あははは……」
室内に入って来た二人が呆れた声を出す。
唯一動かせる首を彼女達の方に向け、力なく笑いかけたのだった。
「──うん、セイちゃん。それはね……」
物音に飛んできた仲居さんに全員で平謝りしてドアの修理代を弁償した後、座卓にレトさん達と向かい合わせに座り、彼女達へとお茶を振る舞いながら、今回の疑問についてのレクチャーを受けていた。
「音声解除が出来るのは魔法的な結界──宿屋だけじゃなくて、テントやマイホームなどのシステム的に施錠されているモノの場合だけね。当然ながら、さっきみたいな物理的な鍵に関しては対応していないわ」
「……そりゃそうですよね」
よく考えてみれば、当たり前の話だよ、ボクの馬鹿野郎。うろ覚えだったせいで、ごちゃまぜにしてしまっていたようだ。
「てか、セイちゃん?
今までの宿屋は一体どうしてた……って、まさか?」
「……音声ロック以外の鍵かけた事ないです」
「んなっ!? だ、駄目よ、女の子がなんて不用心な!」
「いや、その……はい、ごめんなさい。以後気を付けます」
音声ロックだけで十分かと思っていたからなぁ。ほら、許可しているみんなが出入りしにくくなるし。
そう言い訳しようと思ったら、敏感に察したレトさんに睨まれ、慌てて頭を下げた。
「……もう。こんなことになるなら、遠慮なくわたしを起こしてくれたら良かったのに」
ボクの隣で同じように緑茶を口にしながら、ティリルが口を尖らせる。
「みんな幸せそうに寝ているものだから、起こすのを躊躇ったんだよ」
未だに眠り続けるユイカとティアの方を見ながらそう返す。
「それはそうだけど……その、セイくんに寝顔見られ続けられるのって、流石に恥ずかしいというか……」
「ティリルちゃん、自分からお布団に潜り込んでおいて、それはないわよ」
「うっ……」
「前から気ににゃってたのにゃけど、君達って、全員そっち系の人達のかにゃ?」
「えっ……?
あっ、ち、違いますよ! ちゃんとみんなノーマルです!」
妙に目をキラキラと輝かせたミアさんの質問に、真っ赤になって否定するティリル。
「ねぇ、ティリル。そっちとかノーマルって……」
「わ、わぁっ! そ、その、セイくんは知らなくてもいいことだよ!?
そんな事よりも今がいい機会だし、説明しちゃわない!?」
「ん……?
まあいいや。それはこれから説明するつもりだよ」
流石にここまでヒントが出れば、二人が何が言いたかったか分かっちゃったけど、ここは気付かないフリをしてスルーした方が良さそうだ。
確かにそんな事よりも、ボクが男だということを説明しないといけない。
このままレトさん達に黙ったままで、一緒に朝風呂に行くつもりはさらさらないから、断る為にもちゃんと説明しないと。
水着ならまだともかく、あんな露出の多い頼りない湯浴び着を男の目に晒すのは嫌だろうしね。
一緒に入ろう宣言しているユイカやティアと違って、レトさん達とは時間をずらした方がいい。
「昨日の話の続き? でもセイちゃん、無理しなくてもいいのよ?」
レトさんは何やら深刻な話だと捉えてしまっているようだ。
「いやいや。むしろ早く言わないと、お二人に悪いんで。その……ボクって実は男なんですよ」
「はにゃ?」
「はい? いきなり何わけの分からない事言い出すのよ?」
さらっと軽い口調で暴露したボクの言葉に、疑問符を浮かべた二人。
まあ普通そうなるよね。自分でも説得力皆無だと思うし。
ただ時間はたっぷりあるんだ。分かりやすく順序立てて説明していこう。
「はにゃぁ……なかなか面白い事言うにゃね。そもそもこの世界って性別変更不可能にゃし、ありえないにゃよ。
だからごめんにゃ。全くこれっぽっちも信じられにゃい」
「……そうね。今まで精霊の事とか年齢の事とか、色々信じがたい事をいっぱい言われたけど、これは極めつけよね……」
ボクの身体を上から下へとじっくり眺めた後、呆れたと言わんばかりにレトさんは座椅子に深く座り直した。
ティリルにも協力してもらって説明したんだけど、半信半疑どころか、全く信じようとしてくれない。しかも「この子頭は大丈夫かしら?」と言わんばかりな優しい目を向けてくるレトさん達に、どう言えば分かってくれるのかと頭を悩ませる。
「証拠って出せるのかにゃ?」
「今は精霊化をしたままクリアしちゃった影響で、精霊の女の子の状態から戻れなくなっちゃっているんです。その、証拠を見せろと言われても、解除出来ないんで無理ですよ」
「それじゃあ説得力がまるでないわよ」
「ええっと、その……あ、そうそう。例えば昨日男湯にいたのも、他のボクの事を知らない女性入浴客に会って見てしまうのはマズいと思ったからで……」
「そのせいであのエロ神官に見られたと……」
「ひぅっ!?
……ううっ、アレの事、もう思い出させないで下さいよ」
名前を聞いた瞬間ゾゾっと鳥肌が立ってしまい、二の腕を擦りながら文句を言う。
「試す真似してごめんにゃ。あんな男に対してのその反応って、普通の女の子として当然にゃよ。
それに例え本当に男の子だったとしてもにゃ、その割には女の子としての動作が随分板についてるように思うにゃけど?」
「うぐっ」
「うん、こんな可愛らしい容姿で男と言われても、やっぱり全く納得がいかないわね……」
「ううっ……ティリル助けて」
「あ、あはは……わたしじゃ説明難しいよ。そもそもセイくんが男の子の時の画像持ってないから、その何とも……う、そんな目で見ないで……」
「そうにゃ! 提案にゃ!
ここはきっちりと男か確かめる為に、セイにゃんを色々モフったり揉んだり剥いたりして反応見ていいかにゃ?」
「ひっ!?」
座卓に手をバンッと手をつき、目を輝かせながらずいっと身を乗り出してくるミアさんに、身の危険を感じて引き攣りながら仰け反り、思わず隣にいたティリルにしがみ付いた。
「い、意味がわかんないですよ!?」
「いやぁ。なんか今のセイにゃん見てると、こうムラムラっと無性にモフりたくなったにゃよ」
「……それは駄目です。セイくんをモフっていいのは、わたし達だけです。そう、これは幼馴染の特権なんです」
「そうそう……へっ?」
思わずティリルの顔を見上げる。
どことなくムッとしてミアさんを睨んでいたティリルだったけど、ボクと目が合うと、ふにゃっと相好を崩してぎゅっと抱き締めてきた。
「ほらほら、見て下さいよ。セイくんったら、犬耳が付いて髪の毛がちょっとばかり長くなっただけなのに、こんなに可愛いワンコになっちゃったんですよ。信じられますか?」
ちょっと?
ティリルまでいきなり何言い出すんだよ!?
「あのぅ……ティリル、さん?
一体何を……って、ちょ、わっ、わわっ。やめ……」
「ほらほら、セイくん。大丈夫だから落ち着いてね~わたしがついてるよ」
急に変なところにスイッチ入っちゃったティリルに抱き抱え直されて、二人へと自慢するように撫でられ始めるボク。
その様子をプルプル震えながら見ていたミアさんが、
「にゃんと……。
──か、髪の毛伸ばしただけという事は、リアルもほぼその状態……ホントに男だとしたら、これはマジで理想の男の娘……にゃ。化粧もないのにこんな光輝いた天然モノ、初めて生で見た……し、しかもこんなあざとくて可愛い姿なんて……」
「あ、あの、ミアさん?」
「……確実に男も女も狂わせる……これぞ追い求めていた魔性の男の娘にゃぁ!」
「ひっ!?」
「やめぃっ! この変態発情猫!」
「んぎょっ!?」
いきなりハァハァ息が荒くなって訳の分からない事を言い出したかと思うと、ゆらりと立ち上がったミアさん。感極まったのか、座卓を足蹴にしてボク達の方へと飛び掛かろうとした瞬間、レトさんがミアさんの足首を咄嗟に掴み、そして引っ張った。
その結果、ミアさんは体勢をあっさり崩し、座卓の上に顔面から激突した。
「痛っ! 熱っ! ふぎゃぁああ!!」
「セイちゃんごめんなさいね。ミアは頭が腐ってるの」
その衝撃に跳ねた急須の中に残っていたお茶を頭から被り、痛みと熱さを同時に味わいながら座卓の上から畳へとごろごろと転がっていくミアさん。その様子を呆れた顔で見つめるレトさんは、唖然としてしまったボク達へ謝ってくる。
「ほらほら、よくいるでしょ。例えば『TS娘キター』とか、二人の男の人を『掛け算』したりし始める……」
「ごめんなさいそれ以上言わないで下さいお願いしますその言葉聞きたくないです」
引き攣り出した顔のまま、慌ててレトさんの言葉を早口で遮る。
それの言葉の意味はよく知ってる。
というか、事あるごとに言われ続けていたから、流石に理解している。
「──あたた……もう、レト酷いにゃ!」
「ごめん、お茶は想定外よ。そもそも飛び掛かろうとしたミアが悪いんじゃない。早くセイちゃんに謝りなさい」
レトさんは少しすまなそうにしながらも、軽く注意をした。それを受けて、ミアさんも素直にこっちに頭を下げてきた。
「セイにゃん、ごめんにゃ。つい抑えきれなくなったにゃ」
「い、いえ。分かって貰えたらそれで……」
「けどけど! コレだけは言わせてにゃ!
TS娘の方はミアの担当じゃないにゃ。そっちは兄ちゃんの大好物……」
「──少し黙ろう、ね?」
「……はいにゃ」
くりんとボクに背を向けて、ミアさんの方を見たレトさん。どんな表情をしているのかボクからは分からないけど、ミアさんは怯えた様子で素直に押し黙った。
なにこのコント。
もうヤダ。
「あー、おほん……。
その、やっぱ言われた事あるのね」
「う、うん。いつ……じゃない、レントとは仲のいい親友ですし、普段から一緒にいる事が多いんで」
「いっぱい苦労してそうね。話すことでセイちゃんが楽になるなら、私が聞いてあげるわ。他にどんな事があったの?」
「うん。その……例えば、学園祭の中等部全クラス対抗ミスコンに登録させられて女装する羽目になったりとか、他にも色々……」
レトさんに促されるまま、溜め息交じりにボヤいていく。
そういえばそうだった。
今までも多少は言われていたけど、大事になって広まった本当の切っ掛けは、中学一年の時に行われたこのミスコンだった気がする。
あれは伝統ある学園祭の目玉イベントで、その優勝景品が豪華だった。
何と優勝者には学食とカフェテリアが半年間も無料になるパスカードが配られ、更に優勝者のいるクラス全員にも一ヶ月間の無料パスが発行されるという、学園きっての大イベント。
その景品先の学食やカフェのスイーツがボリュームがあって美味しいと評判でね。そこでタダ飯が食えるとあってか、男女問わず大いに盛り上がっていた。
そう。最初は、ね。
代表者が決まった後、出場者──つまり選出された女子達は皆一様に、お通夜のように暗くなった。
原因はというと、その発表された出場者リストにミスコン二連覇をしていた三年の先輩がいたから。
しかもこの先輩、雑誌の読者モデルをしていて、テレビにも出たことがあるという有名人だったんだ。
そんな彼女が今年も出るという情報が入った瞬間、うちのクラスの代表者は辞退してしまい、更に全員尻込みしてしまった。
何となく彼女達の気持ちが分かったから、ボクはそりゃ仕方ないかと思ったんだけど、他の男子連中はしつこいくらいに諦めなかった。
個別に説得して回ってそれでも無理となると、事もあろうにか、ボクに話が回ってきたんだよ。
もちろん主犯はあの双子だ。
かなり豊富なメニューを取り揃えていた学食やスイーツに目が眩んだのはいいけど、ステージなんかでボク以外の男子に愛想を振りまくのを嫌がった結衣が樹と相談した結果、ボクに内緒で全クラスメイトに根回しした上で、対策会議中のホームルームでボクを推薦してきたんだよ。
欲に目が眩んでいる男子連中なんかに慈悲などない。そんなに欲しけりゃ自分が女装して出ればいいのにと、散々反論し必死に否定するも、何故か女子の誰もが「私達の誰より理玖君の方が圧倒的に可愛いから」と全く理解も納得も出来ない説得をしてきた上、最終的にクラス全員がボクに土下座までしてきた。
必死で懇願してくる追い詰められたクラスメイト達のその姿に、何だかだんだん居たたまれなくなってきて、仕方なく諦めて出る事にしたんだ。
それが運命の分かれ道だったんだと思う。
どうせ男が出たところで勝てるわけがないからと適当にする予定だったのに、妙に気合いの入りまくったクラスの女子が用意したウィッグと傷を誤魔化す為の化粧や仕草の特訓、そして話を聞いた姉さんが選びに選んだ服を着て、しぶしぶステージに上ったんだけど……。
うん、なんかぶっちぎりで優勝しちゃいました。
しかも何故か写真撮られて殿堂入りになり、全学部通して、今後ボクの出場禁止の御触れまで出る始末。
優勝したのは『女装』という物珍しさもあったんだろうけど、よく考えたらコレが切っ掛けになった気がする。
高等部や大学部から人が押し寄せてくるようになったり、ラブレターがきたと思ったらそれが男だったり、女子生徒達から樹と掛け算されるようになったりと、ホントろくな事がないんだよ。
仏心出さない方が良かったのかな?
ホント後悔先に立たずとはこの事だよ。
──というような話をしていたら、
「うはぁ、なんて感動的なお話だにゃ。並み居る女子生徒や現役モデルをぶっちぎって優勝とか、素晴らし過ぎるにゃ。やっぱセイにゃんは最高で完全無欠な男の娘……」
「うん、もう黙ろうか。この腐れ猫」
再び悪乗りし始めたミアさんに、レトさんの機嫌が急降下したのが分かった。
低い声色を発し、振り返りざま、ガシッとミアさんの顔を掴んだレトさん。ミアさんはその手を必死に両手を使って振り外そうともがくも、全く微動だにせず、顔を掴むその手に段々と力が込められていくのがボクの位置からも見えた。
「ひっ!? レトかおっ、顔は駄目にゃ!
潰れたトマトみたいになりたくにゃ……みぎゃぁあああっ!」
「これ以上セイちゃんを弄って泣かすつもりなら……潰すわよ?」
「もう潰れるぅ潰れてしまうにゃあ!
ギブギブぅ! もう堪忍にゃぁあ!」
「レ、レトさん! 泣いたりしませんよ!?
その、離してあげて下さい」
「……次やったら、マジで潰すわよ」
念を押して解放したレトさんから慌てて逃げ出して、ボクの背後に回り込んできたミアさん。ボクを盾にしながら、
「セイにゃんもあの怪力娘に気を付けるにゃよ。ああ言ってるレトだって、実は年下……」
「──へぇ? 今度はセイちゃんに何ありもしない事吹き込もうとしてるのかしら?」
「な、何でもないにゃ。うん、今日も天気で元気にいってみよう!」
ニッコリと笑いかけるレトさんのこめかみに青筋が浮いているのを見たミアさんは、青褪めながら誤魔化し始めた。
その様子にレトさんは首を振り、大袈裟に溜め息をついた。
ミアさんも懲りないというか、何というか。
絶対ワザとやってるとしか思えない。
「ったく、この兄妹にはいつも苦労するわ」
「兄妹……ですか?」
「あ、そう言えばさっき……」
「そそ、二人のご想像の通り。この子、あのダンゾーさんの妹よ」
彼女のその回答に、ボクもティリルもポンと手を打った。
妙に納得がいった。
何だか凄く分かる気がする。
「そ、そこで納得されるのって。
ううっ、みんな酷いにゃ。ミアは兄ちゃんよりまだマシにゃよ」
「まだ、って……」
一応自覚あるんだ。
「それ言われるの嫌なら、もう少し何とかしなさいよ」
「……善処するにゃ。まあそれはともかくとして、結局お風呂どうするにゃ?」
「あからさまに話題変えたわね。
……まあいいわ。確かにそろそろいい時間だし、そろそろ行きましょうか。髪とか背中流してあげるわよ」
そんなミアさんの態度に再び溜め息一つつくと、レトさんは立ち上がってボクの手を引いてくる。
「うえっ!? ちょっ、ちょっと待って!?」
泡を食って抵抗するボクに、「どうしたの?」と訊きながらも入口の方へと引っ張っていこうとする。
「レ、レトさん、さっきのボクの話ちゃんと聞いてました?」
「えと……ミスコンで可愛さが認められて優勝した話?」
「違います! なんか内容も違いますけど、そうじゃなくて。
その前のボクが男だという話ですよ。だから一緒には入れない……」
「あら? 他の女の子と一緒にお風呂に入る約束してるのに、私とは入れないのかしら?」
「あ、いや、その……」
「真実はどうであれ、今ここにいるセイちゃんは女の子。それに裸を見せ合う訳じゃないからいいじゃない。こんなのは、気にし過ぎるから恥ずかしいのよ」
「でもだからと言って……」
「昨日はティアちゃんと仲良く入ってたんだし、もう慣れたでしょ?
私自身のコードは問題ないし、ジャグジーみたいなものだし。それにセイちゃん相手なら全く気にもならないから、一緒に行きましょうね。ミアも大丈夫でしょ?」
「そりゃかまわにゃいけど……これまた強引にゃ論法ぶちまけたにゃね。やっぱりレトの悪い病気が出てるにゃ」
やれやれとばかりに両手を広げて首をすくめるミアさん。
「……セイくん。どうするの?」
口を出せずにずっと黙って成り行きを見ていたティリルが、ボクの意思を確認しようと訊いてくる。
「……あの、せめてもう少し。みんなを起こせる時間になるまで待って下さい」
横で大騒ぎしてるのにもかかわらず、いまだにぐっすり寝ているユイカとティア。彼女達に黙って行っちゃうと後で絶対揉めると思い、レトさんに待ってもらうよう返答したのだった。