8 三人で遊びに行こうね
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美術の課外学習で、僕は教室にデッサン帳を忘れた事に気付いた。何で一番大事なもんを忘れるんだ、と楓に呆れられていたら、すぐ隣で岬も短く声を上げた。
「私も忘れちゃった」
「二人とも何しに来たのさ」楓は笑って言った。
「ちょっと教室行ってくる」僕が言う。
「あ、じゃあ私のも取ってきて」岬が奔放に言う。
「いいよ、任せて」
「自分で取ってきなさい」楓は岬の頭を乱暴に撫でてたしなめた。「智生も甘やかさないの」
はーい、と岬は生返事して立ち上がった。僕は胸が途端に激しく鳴りはじめた。
三人で行動することは増えたが、岬と二人きりになる機会はほとんどなかった。僕は岬の事を呼び捨てにしているけれど、それは楓がそう呼ぶのに便乗して定着したに過ぎない。今一つ岬本人がどれくらい僕の事を親しく思ってくれているのか、測りかねていた。
「ね、智生くんって、楓くんと同じ方面から通ってるんだよね」楓が言う。
「その話?心配ないって、楓はあくまで友達だよ」僕は言う。
「ほんとに?」岬は冗談めかして言う。「でも、いつもどんなこと話しているのかなって」
「今朝は岬の犬を誘拐して身代金を要求しようと計画してたかな」
「嘘ばっかり」岬は笑った。「私、家が学校から遠いし二人と逆方向でしょ。いつも一人で来るから、方向が一緒の二人がうらやましくって」
「地元の事とか、休みの日何してるとか、授業の分かりにくい先生の悪口とか」岬がいかに可愛いかとか、と僕は思う。「普通の事だよ」
「私がそこに交じっても平気?」
「平気平気、全然大丈夫だよ」大丈夫な訳がないけれど、と僕は思う。
「じゃあ今度、私が乗る駅まで迎えに来てね」岬はおどけて言う。
「おう、行く行く。すげー早起きして迎えに行くよ」僕も応える。
「冗談だよ」
「前日の夜から駅にテント張って待っててあげるから」
「冗談だってば」うふふ、と岬は笑う。一息ついて岬は続ける。
「ねぇ代わりに、私と楓くんにクリスマスプレゼント何か買って?」
「いいよ、何がいい」
「やった、何がいいかな?」
「リトマス試験紙?」
「いらないよ」
「ペアで買ってあげる」
「いらないって」
「去年のお年玉全部つぎ込んで箱買いするよ」
「もう、あんまり笑わせないで」岬は屈託なく笑ってくれた。僕はそれで少し自信がついた。
教室から美術室に戻るころ、岬が言った。
「楓くんも、智生くんも絶対に私を否定しないもんね。私お母さんが甘やかしてくれるから、ついわがままを言ってしまうの。クラスの友達の前ではなかなか素が出せないんだよね。だから二人の前では安心して話ができる。ほんっと、仲良くなれて良かったよ」
僕はどう答えていいか分からず、曖昧に微笑んでうなずく事しかできない。
「クリスマス、どっか行こうね。三人で遊びに行こうね」岬が笑って言った。
その日、すっかり陽が落ちるのが早くなった十一月の土手を、山おろしの突風が吹くなか大声で歌って帰った。風で煽られるのに逆らって、自転車を思いっきり漕いで歌う。ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る……。