6 本心とは異なる噂
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岬はクラスの薄い友情が相当に息苦しかったのか、それまで抑えていた爛漫さを発揮して地味な僕ら二人に華を添えた。昼休みになると三人で席を囲み、食事をする。男女混合のグループはクラスから明らかに浮いていたけれど、僕はこのクラスの誰よりも落ち着ける場所にいる自覚があった。通学路の吹き下ろしの土手も、それほど憂鬱ではなくなった。水のきれいな河川敷や雪の残る山々があたりを囲み、高い建物に遮られる事のない空が表情豊かに広がっている。そして強い吹き下ろしの風が吹き、朝が来るたび僕は自転車を漕ぎ続ける。
通学方面としては僕も楓も一緒だったから、朝の登校で偶然出くわす事があった。特に待ち合わせなどはしないが、会えば地元の思い出や岬のかわいさについて話をする。
楓は自分が今やっているバイトの話をした。医療関係の清掃だという。楓は僕に何かバイトはやらないのかと尋ねてきたが、すぐに辞めるだろうからやらないと答えた。
教室へ行って二人で岬に挨拶すると、岬はふうん、と言って寂しそうに二人を交互に見やった。
「いいなぁ、二人とも方面が一緒だもんね。毎朝一緒に登校できるもんね」
冗談交じりの恨み言だったけれど、その言葉裏に恋愛の影を探ろうとしているような気がして、僕も楓も冷静に否定した。ないない、それはない。
「ふうん?」と岬は言った。
時折、楓は朝早くに登校した。何をするでもなく、教室のベランダに出て校舎の向かいにある雑木林をただ見つめている。宿題のノートを学校に忘れて慌てて朝早く登校した時、初めてベランダで佇む楓を発見した。声を掛けると、朝早くで眠いのか、いつもよりも声のトーンが暗く、声量も小さかった。何度か会話を往復すると、次第にいつもの調子に戻ってきて、そのまま二人でベランダにもたれて話し込んだ。頭の片隅にやらなくてはいけない宿題の事の罪悪感があったが、何とかなるだろうという気になってきた。
気が付くとホームルームまであと数分という時間になった。背後から教室のガラス戸が開き、岬が出てきた。
「はい、おしまい。ラブラブはおしまいだからね。もうホームルーム始まるんだよ」
「だから違うって」楓が言う。
「いいから中に入るの」岬は僕と楓の手を引いて教室へと引っ張った。
教室に入ると、意地の悪い男連中が僕と楓をはやし立てた。熱いね、とか、結婚式いつ?とか、そのような事だ。楓は心底めんどくさそうな顔をした。岬も口ではああ言ったが、変な噂を止める為に僕らを引き連れてくれたんだろう。
このところ、楓と僕の関係を面白がる風潮がクラスに定着してきている。楓は彼らを軽蔑したし、そのせいで僕と話しづらくなるのだけは意地でも避けたいようだった。僕も周りに負けて関係が薄くなるのは負けるようで嫌だったし、本心とは異なる噂が立つのは迷惑だった。