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5 秘密のサインに手を振るふたり



 僕と楓にはふたつの共通点がある。一つはかつて同じ住宅地に住んでいたこと。そしてもうひとつは意外な事実だった。

 楓と向かい合って昼食を食べる時、席からちょっと横目に視線を移せば岬の姿を捉える事ができた。岬はいつも北側の窓辺に座り、特に楽しそうでもなく曖昧に笑う。僕は楓と会話をしながら、時々岬のいる方向を見ずにはいられなかった。意図的というよりも無意識で目を向けていたと言う方が正しい。片思いに陥ると、そういう不思議な事が起きる。

 

 昼食時、ふと岬が僕の目線に気付いて目が合った。僕はとっさに目を伏せようとする。改めて自分が岬を眺めていたのだと気付く。

 岬は小首をかしげてはにかんだ。呆気にとられていると、手を小さく振って挨拶を投げかけてくれる。周りからは見えない、秘密のサインのような挨拶だ。顔にひどい紅潮を感じながら僕も小さく手を振った。気付くと目の前の楓も手を振っている。お互いそれに気付き、ハッと顔を見合わせた。バツが悪くなり、うつむきつつ楓の様子を窺う。楓はにこやかな表情をこちらに向けていた。

「智生に向けての挨拶なのかな」楓が言う。

「知らないよ、楓じゃないのか」僕は言う。

「まぁ」楓は手作りの弁当を摘まみながら言う。「かわいいよね」

 僕は同意しそうになり、押し留める。言葉の代わりに照れ笑いを漏らすことで発散した。

 昼のチャイムが鳴る。教室には椅子を引いて立ち上がる音が響いて、僕は照れた弁解をせずに済んだ。 こうして僕らは、互いに岬のファンだと悟った。これが二つ目の共通点。

 

 その次の日、岬が僕らの席に昼食を食べにやってきた。女子のグループを離脱するのはかなりの決断が必要だっただろうが、彼女は僕らの席へにこやかに、少し照れながらやってきた。僕はひどく舞い上がって二、三回妙な事を口走って会話の流れを止めた。楓はさすがに気さくで、岬の話をうまく返したり広げたりした。岬は自己紹介とばかりに、自分の事を沢山話した。僕も楓も岬のファンなので、岬の話を聞いているのが一番楽しかった。僕を「智生くん」と下の名前で呼んでくれるのも嬉しかったし、中性的な楓をあえて君付けで呼ぶのも可愛らしかった。

「見て、飼ってる犬」岬がスマートフォンで撮った写真を僕らの前に差し出した。人懐っこそうな柴犬が岬の腕の中で抱かれている。犬の表情は何とも言えず悦に入っていた。写真の中の岬は、目を細めてとても愛しそうに犬を抱きよせている。西日が射していて、くせ毛の髪が夕日色に輝く。懐かしい柔らかさに照らされる頬、活力にあふれ、新鮮な色をしている唇。犬より岬の笑顔ばかりに目がいってしまう。

「家に帰ると、いっつも散歩に連れて行くんだよ。尻尾を振って走ってくるの。私が帰ってくるのが嬉しいのか、散歩が嬉しいのか分かんないんだけどね。散歩、っていうとすごく喜ぶから、可愛くって何回も呼び掛けちゃうの。ちょっと意地悪してテンポ、とかトンボって言っても反応するんだよ」

 嬉しそうに話す岬を、楓はまぶしそうに見つめていた。僕も同じような顔をしているに違いなかった。

 

 昼食が終わって岬が自分の席に戻ると、楓はすかさず僕に言った。

「かわいかったな、写真」

「そりゃもう」僕は言う。

「どのあたりが?」楓はからかうように人懐っこく笑顔を向ける。

 もちろん岬だよ、と心で念じながら、冗談交じりに恨めしげに楓を見やった。

 楓は岬の可愛さを僕と共感しつつ、僕が彼女に気があるのをいいことに冷かして反応を楽しむようになっている。憎らしかったけれど、それはそれで楽しくもあった。


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