4 指さし確認で認め合ったこと
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不登校だった楓は授業に追いつく必要があり、僕は宿題をよく忘れた。楓は僕のノートを借り、僕は楓の宿題を写す。僕と楓は地元の話以外にも頻繁に話をするようになった。
やはり楓が完全に人が変わったように見える。かつての猫背で暗く、先生に当てられても押し黙るだけの楓はいない。そこにいるのは話しやすくて気取らない女子生徒だった。男兄弟に囲まれて育ち、バスケかソフトボールの部活動に打ち込んでいたらこんな女子になるかもしれない。
「飯、一緒に食べない?」僕は楓に思い切って言った。
「もちろん」楓は言った。
昼食時は今まで男連中と食べていたが、つまらない奴ばかりで楓と話す方がずっと楽しかった。昼の時間になるたび、楓を一人きりにするのも罪悪感もあった。
向かい合って飯を食べてみると、楓はいつもより口数が多かった。一人で食べずに済むことで安心したのかもしれない。その分会話が弾んだし、自然な親しみを覚えた。これまで昼飯時になると何となく気が重かったのだけど、楓といるとリラックスして過ごすことができた。
ほどなく、クラスのそこかしこからこちらに向けたヒソヒソ話が聞こえてきた。男女が一対一で向かい合って昼飯を食べるのは、クラスでも相当浮いているのだろう。たとえ同じクラスに通う恋人同士だって、昼食を二人きりで食べたりしない。楓は一瞬眉をひそめた。それから努めて普段通りに装って、会話を続けた。
移動教室で教室を出た際、楓は僕に言った。
「ったく、中学生じゃないんだから。ああいうのが一番バカバカしいよな。自分たちだって本当は気が合えば男女混合でメシ食いたいだろうに」
「何かって言うと、すぐに恋愛に結び付けたがる」僕は言った。
「冗談じゃない、そんな事全然考えてないのに」
楓は言って、ふと立ち止まった。それから片眉を上げて、腰に手をあてておどけたように笑いかけてきた。
「なあ、智生」楓は自分と僕を交互に指さした。「ないよな」
指の動きは、僕らが付き合うというジェスチャーだ。
「ないない。楓とだけはない」僕は言った。
楓がさらに表情を崩して笑うので、自分もつられて笑った。僕らは初めて呼び捨てで呼び合った。違和感はなかったし、むしろその方が気安くて自然だった。
実際、楓を彼女にしたいという気持ちはなかった。背も同じくらいの高さで、涼しげで中性的な顔立ち。痩せていて胸もなく、肩幅はわりかし広い。こういう言い方は人前ではできないけれど、女性として見てないと言っても良かった。楓にしたってそんな風に見られたら迷惑だろうという気がした。あくまで友達として親交を深めるべき相手だったし、恋人にしたいのはずっと変わらず岬だけだった。