表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

本当は怖い異世界生活

作者: たいやき

違う世界に行くってそんなに簡単なことじゃないよねっていう話です。

 この世界は理不尽だ。

 生まれた時から力の有無は決まっていて、努力したって覆せることの方が少ない。

 たとえばこの僕がそうだ。

 勉強はそれなりにできる方だけれど、反射神経が悪くて運動が不得手。一年トレーニングをしてみてもちっとも筋肉が付かなかった。

 容姿は普通だと思う。我ながらどこにでもいるような顔だと思う。

 そんな僕は特別目立ちたがりではなく、ひっそりと学校生活を営んでいた。

 けれど。


「なー、こいつキモくねー?」


 馬鹿のそんなひとことで穏やかな学校生活は終わりを告げた。

 それからは毎日殴られ、蹴られ、物を盗られ、持ち物にいたずらをされる日々。

 直截に言えばいじめが始まった。

 このことを話すとこう言う教師がいる。


「いじめられる側にも原因があるんだ。君自身が強くならないとここから逃げてもいじめは終わらないぞ。勇気を持って立ち向かうんだ」


 あはは、面白い。ご高説ありがとうございます。

 でもその考えは改めた方がいい。数年後には遠まわしな殺人を犯したことになりかねないから。

 その根拠はだって?

 よろしい、見せて差し上げましょう。


「お前ら、なんでこんなことするんだよっ!」


 僕の髪の毛を掴んでいた手を振り払い、勇気を持って真っ向から抗議してみた。

 そうすると、


「な、なんだよこいつ。いこうぜ、こんなの関わってらんねー」


 と言っていじめっ子が去っていく。

 なんてのは学園ドラマの中だけのことだ。現実はもっと非情である。


「はあ? キモいのがなんか言ってるんですけどー」

「うっわ、まじキモいわー。逆に受けるんですけど」

「受けねーから。つーか振り払ってんじゃねーよ。いてーだろう、がっ!」


 さっきまで髪を掴んでいたやつに腹を殴られた。

 体を折り曲げてげほげほせき込む僕を見て笑う連中が七人ほど。嘲笑以外にこの笑い声を表現する言葉があるなら誰か教えてほしい。


 つまりはこういうことだ。

 いじめに対した原因なんてないことがほとんど。なんとなくで始まって、卒業するまで終わらない。

 いじめられっ子がどれだけ必死になっても「キモい」「ウザい」と笑われて終わる。立ち向かって終わるならそれはイジメじゃなくてじゃれてる範囲内だ。

 体を鍛えてケンカして勝てばいい? そんなことやったら凶器を持った連中に囲まれていっそうボコボコにされるのがオチだ。ソースは僕。前に空手を習ってやり返したことがあったけど、金属バットやらを持ってきたやつらに囲まれて終わった。

 そもそも、格闘技を学んだところで同じ中学生を三人以上相手にする時点で無茶なのだ。後ろから金属バットで頭を殴られたら下手すりゃ死ぬから。

 ちなみにこの事件。空手を習っていて殴りつけた僕が悪いことになった。

 小学校の頃の先生曰く「俺はお前を信じてるけど、そう証言するやつがたくさんいるんだ」。

 多数決ってやつですね素晴らしい。

その後も先生はいろいろ言っていたけど、信じなくていいからいじめがなくなるよう動いてほしいと思ったことは言うまでもない。


 でもまあ、この先生はマシな方だった。転校も勧めてくれたし。家庭の事情で無理だったけど。

 ひどい先生に至っては、両親がいない僕ならいくらいじめても面倒事にならないと思って学年単位のいじめを仕掛けてきた。それでも我がクラスにイジメは存在しないそうだ。


 要するに弱い立場に立ったら殺されても文句は言えない。そして学校での立場の強さは声のでかさと親の収入で決まる。

 どれだけ声を張っても親がいない僕が強者になろうなんて無理だったのだ。うまくやれる人もいるのだろうが、うまくやる方法を学ぶ前から学年全体からいじめてられていた僕はどうすればよかったというのか。


 とどのつまり。僕の人生は詰んでいた。

 よその学校に行ったところでどこかしらから話が伝わって、いじめられていたことを理由にいじめが始まるのだ。


 だから僕はこの世界を捨てることにした。

 両親が死んだ後。遺産の整理をするために両親の実家を訪れたことがある。

 まだ小学生だった僕は相続がどうの、遺言がどうのは分からなかった。

 学費や生活費は別枠でとってあるので使い込まれていても大丈夫。


 話が逸れた。

 実家を訪れた僕は難しい話が退屈であちこち歩き回っていた。

 そこで見つけたのは古めかしい蔵だった。

 他にすることもなかった僕は蔵に入ってものを漁った。

 そして、見つけた。

 まったく分からない言語で書かれたぼろぼろの本と、その言語の書き込みがある本。それから光り輝く大きな石を。

 その本に、石に惹かれた僕はそれをもらって家に帰った。

 どちらも以前鑑定したことがあるけれど、何の価値もないものらしかった。


 今にして思えば、僕は本能的な部分でこの本や石の価値を理解していたのだと思う。

 その日から僕は本の解読を始めた。

 辞書なんてない。本にある日本語の書き込みや、日本語の本にある不可解な言語の書き込みから意味を推測していく日々。

 果てしない作業ではあったけれど、解読している間は惨めさや情けなさを感じなくて済んだ。僕はどんどん解読にのめり込んだ。


 全ての解読が終わったのがおよそ一年前。

 両親の実家にあった本は、僕の先祖の日記や、魔法について書かれたものだった。

 初めは妄想がちな先祖の書いたオリジナル言語かと思ってがっかりもしたが、一度書かれている通りに試してみると本当に魔法が発動したのだ。

 古い蔵に眠っていたのは本物の魔導書だった。

 一緒に置いてあった石はいわゆる魔石――魔法を使うエネルギー元になるようだった。

 コッテコテだ。ありふれているにも程がある、古典の趣すらある展開だ。家の蔵に魔法のアイテムが眠っているなんて。

 魔法が使えると分かった僕は魔法の研究に没頭した。

 先祖の日記にあった、とある魔法を使うために。


 研究に次ぐ研究。実験もそれなりに。

 魔石のエネルギーが無限だと思わない方がいい。ほとんど他の魔法について載っていなかったこともあって、普段の生活で魔法を使わなかった。

 相変わらずいじめは終わらなかったが、自分だけの特別があるおかげが以前ほど屈辱的な気持ちにはならなかった。医師の診断書をとって日記にされたことを詳細に記し、写真も撮っておいたけれど。


 そして一か月前。ついに研究が完成した。

 先祖の日記にあった魔法。それは異世界転移。

 僕の先祖は政変に敗れ、他の世界から日本に逃げてきたのだ。

 つまるところは異世界人。そりゃ本物の魔導書を持っていても不思議じゃない。


 僕はこの世界を捨てることにした。

 異世界に行くのだ。

 現代知識はスマートフォンに詰め込んだ。替えのバッテリーも持った。転移の衝撃で電子機器が壊れる可能性も考えてアナログな媒体――ノートやメモにも残してある。

 巨大なリュックに売れそうなものや衣類、食糧に水、現代知識を詰め込んで準備完了。

仮にノートを盗まれても全て日本語で書かれているので僕以外には読めないはず。

 僕は日本人だが異世界人の血も流れている。魔石があれば魔法を使えるのだから、異世界に行けば魔法を使えるはずだ。

 日本人が強いなんてのはテンプレだし、異世界に行けばすごい魔力を発揮できるかもしれない。

 さすがにそれは楽観が過ぎるにしても現代知識があれば俺SUGEEE! できるはず。

 少なくともイジメ殺される以外の選択肢がないこの世界にいるよりはマシだろう。


「魔法陣の設置オーケー。遺書の準備も万端。……よし、行こう!」


 何度か実験をしたがこの魔法陣で異世界への扉が開けることは間違いない。

 イジメの証拠と一緒に遺書を残してきた。異世界に行く僕が今後見つかることはありえない。失踪宣告がされて死んだことになるだろう。

僕をいじめた連中は痛手を負うはず。少なくとも担任たちは実名報道されるだろう。人を精神的に殺そうとしたんだから社会的に死に腐れ。

 保護者になってくれた親戚には感謝していないこともないけれど、両親の遺産を喰い潰したのも、早期の転校を許さなかったのもこいつらだ。監督不行き届きの罪の重さを思い知れ。


「それではみなさんさようなら。僕は違う世界に旅立ちます」


 これがこの世界での最後の言葉。僕は異世界で生まれ変わるのだ。

 研究を成就させる緊張感と、まだ見ぬ世界への好奇心。

 僕は胸を高鳴らせ、異世界転移の魔法を発動したのだった。


―――


 こうして少年は異世界に旅立った。

 しかし、すべてが違う世界に行くと言うのはそんなに簡単なことなのだろうか。

 彼のケースをいくつかのパラレルワールドを跨って観察してみたいと思う。



Case.1 無限のエネルギーってあるのかな?


 彼は異世界転移魔法の実験のために魔石を何度も使った。

 彼も察していたように魔石のエネルギーは無限ではない。

 そして、異世界転移に限らず、物を転移させる魔法は転移させる物体の質量に応じて必要なエネルギーが増えると考えるのが自然。

 もしも門を開くだけの魔力はあっても、異世界に辿りつくだけの魔力が残っていなかったら。


「……あれ? ここどこ?」


 転移魔法を使った時に生じた強い光に眩んで閉じた目を開くと、そこにはまっさらな世界があった。

 この上なくすっきりした世界だった。

 地面も、海も、空もない。

 ただ白いだけの世界。


「――、――――?」


 最初の呟きの後。何を言っても自分の耳に届かない。

 それどころか自分が立っているのか座っているのか。落ちているのか静止しているのかも分からない。

 視覚も聴覚も味覚も触覚も嗅覚もなくて、自分というものが希薄になっていく感覚。

 少年は何もない世界で自他の境界を失い、消えてなくなった。


                          Bad End


 まずもって魔法が成功するとは限らないということだね。

 他にも転移のために魔石から引き出された莫大な魔力を制御できずに爆発を引き起こしたり、爆発は起きないまでも魔石の魔力を流出させてしまって転移の魔力を失ったり。そんなバッドエンドがあるね。

 特に魔石がただの石になった場合の未来は悲惨だ。

 唯一の希望と思っていたものを失って抜け殻のようにただ生きるだけになる。

 集めた証拠を持って直接警察に行くなりすればいいのにねえ。

 では、召喚魔法そのものに成功したケースを見てみようか。



Case.2 転移した時の座標って?


「よし、成功だ……って!?」


 異世界にたどり着いた瞬間。体が沈んだ。


「なんだこれ、……しょっぱ! 海!?」


 少年が転移した場所は、海のど真ん中。

 彼の先祖は自分の世界に近い世界に転移した。

 それはつまり、少年が転移した世界も地球によく似た惑星ということだ。

 地球の表面における陸と海の比率は3:7。つまり海の面積は陸の倍以上。十回地球に異世界転移すれば七回は海に落ちる計算になる。

 同じような環境の惑星ということは陸と海の比率も似たようなもののはず。座標を特定せずに転移した場合、陸じゃなくて海に落ちる可能性が高い。


「ごばっ、ごぼっ、げほ……っ、このままじゃ……!」


 間違いなく死ぬね。

 海は危険がいっぱいだ。方位を見誤ればいつまでも陸に着かずにやがては溺死。そうでなくてもサメみたいな肉食魚に襲われる危険もある。

 ましてここは異世界。……あ、噂をすれば。


「ひッ!? サメ!?」


 じゃないね。どちらかというとシャチに近い。肉食海獣、ビッグイーターだ。

 普段は水深の深いところに生息している生き物だけれどたまたま息継ぎのタイミングだったらしいね。

 ここから先は描写を控えよう。

 いやさ、若者が生きながら捕食され、抵抗する力も奪うために振り回され溺れるシーンなんて、楽しくないだろう?


                       Bad End



 いやあ、転移に成功しても早々に死んだね。

 ちなみに座標の高さもきちんと設定しないと、陸地に転移したところで出た場所が高空で、転移直後に落下して死亡する危険もあるから要注意。


 その辺の問題をクリアしたとして、だ。

 ひとくちに陸地と言っても数千メートル級の山の山頂にでも飛んだら生き延びるのは難しいだろう。

 森の中でも同様だ。海に落ちた時よろしく獣に食べられるかもしれない。毒虫に刺されてしまうかもしれない。

 うまいこと平野に転移することができても、人里が近くになければチート技術なんて使えない可能性が高いね。

 いやまあ、異世界の方が科学が進んでいて現代知識が役に立たないことも考えられるんだけど。今回の場合は剣と魔法の世界に転移する話だから、そこは置いておこう。


 さて、それじゃあうまい具合に人里近くの平野に転移できた場合を見てみようか。



Case.3 まあ不審者だよね


「ここが……異世界!」


 少年は無事異世界へと降り立った。

 日本にいた頃には見たこともない広さの平原。遠くを見やるといやに大きい鳥が空を飛んでいた。

 ぐるりと周囲を見れば少し離れた場所に壁が見えた。


「明らかに人工だよな。あそこに行けばきっと人がいる!」


 少年は重い荷物を引きずりながら壁の方を目指した。



「○△■××○?」

「いや、だからわかんないって」


 壁にたどり着いた少年。案の定その中には街があるらしく、門番が警備していた。

 中に入れてもらおうと声をかけるも会話にならない。

 少年を拒んだのは、物理的壁以前に言語の壁だった。

 読み書きならともかく異世界言語の発音なんて分かるはずがなかった。

 仕方ないので筆談をしようとメモを取り出そうと鞄に手を入れる。

 すると門番の警戒がいっそう強まる。門番の彼から見れば少年は見たことない恰好をした謎言語を喋る不審人物である。

 そんな人物が荷をごそごそし始めたら警戒するのが人情というものだろう。


「はい」


 少年がボールペンでメモ帳に「言葉を話せません」と異世界語で書いてみせると、門番は首をひねった。

 この世界はそれほど識字率が高くない。門番は職業柄、読み書きができるが、街には名前程度しか読み書きできない人が珍しくない。そういった人たちにも分かるように店は看板を掲げるのだ。

言葉を話せないのに読み書きできるのは不自然。門番は少年への警戒心をさらに強める。

 門番は自分のペンを取り出し、少年のメモの裏面に「お前のような不審者を中に入れることはできない」と書いた。


「なんでだよ!? どこが怪しいっていうんだ!」


 どこがっていうかどこもです。

 そう指摘してくれる人はいない。

 急に声を荒げた少年に反応して門番は武器を構え、仲間を呼んだ。

 正体不明の不審者だ。どんな技を、武器を、魔法を使うか見当もつかない。少年から一瞬たりとも目を離さずに睨みつける。


「な、なんだよ……僕、何かしたか?」


 どうしてこんなことになったのか分からないけれど、武器を持った人が集まってきているのは分かる。

 このままでは捕まってしまう。

 そう考えた少年は逃げ出した。

 隙だらけの背中を門番は追わない。追った先に少年の仲間がいるかもしれないからだ。

 あれだけ分かりやすい不審者。スパイという可能性は高くない。上司に報告すればあとの対処はその判断に従うだけだ。


 一方。門番の視線から逃れたかった少年は浅い森に入った。


「はあっ、はあっ……いったい、何が悪かったんだ」


 着ているものと荷物と髪の色に顔のつくり。口がきけないわけでもないのに言葉がしゃべれず、けれど読み書きができるという不自然さ。

 ざっと挙げただけでもこれだけ悪い。


「……これからどうしようか」


 万が一に備えて水と食料はいくらか持ち込んでいる。

 食べれる植物を探すための図鑑も持っているが、すでに図鑑に載っていない植物が山ほど見当たる。図鑑はあてになりそうにない。

 少年が途方に暮れているとがさりと背後から物音がした。

 そこには見るからに粗暴な男が立っていた。

 がさがさという音は続けて鳴った。

 前にも横にも後ろにも、武器を持った身なりの悪い男たち。


「……あ、これ死んだ」


 どうしようもなくなった少年は、卑屈に笑った。


                 Bad End?



 うん、いきなり見たことない顔と恰好の人間がいたら不審者だと思うよね。

 まして個人が魔法という攻撃能力を持ちうる世界だ。警戒心は強い。

 ちなみに街中に転移してしまっていたら即座にひっとらえられて尋問だ。情報を絞れるだけ絞られて殺されるか、情報を吐き出す奴隷になるか。どのみちまともな人生は望めない。


 はてさて、彼の受難はまだまだこれから。始まったばかり。

生き残れる可能性ばかりを辿ってもこのザマだ。

 これから先にも免疫とか水とか問題は山積み。生きていられるだけで運がいいと言える状況が続く。

 現代知識は使う機会が訪れるのか。訪れたところで役に立つのかしれない。


 異世界転移はそんなに甘いことじゃない。

 もしも皆様が自宅で異世界転移の魔導書などを見つけても、安易にご利用なさいませんよう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いじめっ子を転移させれば・・・
[一言] たいやきさんらしい、リアリティー溢れる異世界ものだな(苦笑)
[一言] 教訓です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ