泡のような君
森に狩に出ていた少年が、その森のある湖で美しい少女に出会った。少年はその少女に一目惚れし、声をかけようとしたが、少女はそれに気付き、湖の中へと姿を消してしまった。
一週間後、少年はあの湖の少女が忘れられず再びその森へと向かった。
湖には無事に着くことはできたが、そこに少女の姿はなかった。
「湖の美しい人よ。私は貴方に惚れてしまった。どうか出てきてくれないだろうか」
少年は湖の近くでそう言い、その場で少女が出てくるのを待った。それから約1時間くらいが経った頃だろうか。湖から白い光を放ちながら、少女が現れた。純白でシルクのような髪。整った顔。水色の美しい瞳。少年は少女のその姿に心を奪われた。
「貴方はなんて美しいんだ。どうか私の恋人になってくれないだろうか」
少年は膝まずき、少女に片手を差し出す。
「もうしわけございません。私は貴方の気持ちに答えることができません。お分かりでしょうが、私は人間ではないのです」
「そんな些細な事、私は気にはしません。その位、貴方に惹かれているのです」
少女は悲しそうな顔をしながら言う
が、少年はそれを聞いても少女から目をひと時も離さず、真っ直ぐ見て言った。
「それに私はこの湖から離れてしまうと泡となって消えてしまうのです」
「ならば私は一日も欠かさず、この湖へ貴方に会いにきます。毎日違う花を持って」
少年はその約束を守り、毎日違う花を持って少女に会いに来た。湖から離れられない少女は、見慣れない花を見ると水色の瞳を輝かせ、少年に笑顔を見せた。そんな行為が、10年、20年、60年続いた。
少年は歳をとり、還暦を迎えた老人になっていた。しかし、湖の少女あの頃から、一つも変わる事なく美しいままだった。そして、70年が過ぎようとしていた時だった。
「私の命は、もう長くない。私は貴方に会えて本当に良かったと思っている。せめて一回だけでいい、貴方に触らせてはくれまいか」
老人は花を持ち、震える声で言った。
「えぇ、構いません。私もいつのまにか貴方に惹かれていたようです。どうぞ触ってください」
少女は老人に近づく。
「あぁ……、貴方の頬はこんなにも柔らかく今にでも崩れてしまいそうだったんですね」
老人のシワシワになった手が、少女の頬にふれる。
「ありがとう。私の人生は最高の物となった。貴方に出会ってからの70年間、とても幸せだった。本当にありがとう……」
老人は花を持ちながら、静かに息を引きとった。その姿を見ていた少女の目からは、涙が滝のように流れた。
「私は、貴方に伝えてなかった事があります。私も貴方に一目惚れをしていたのです。しかし、私は人間ではない。それに、貴方との間に子供をもうける事もできないし、湖を離れると泡になってしまう。それを負い目に感じておりました。でも、貴方はそれでもいいと言ってくれた。あの時、私がどれだけ嬉しかったことか……。感謝するのは、私の方です。ありがとう……、そして愛しています」
少女は、老人に向けての言葉を言い終わると湖から出て、老人に近づき隣に座った。足はもう半分近く泡になりかけている。
「ここでは叶いませんでしたが、いつか私たちの魂が再び出会った時、今度は私から貴方に告白しましょう。それが私にできる唯一のおんがえしです」
言い終わる頃には、少女の下半身の殆どが泡になっていた。少女は全てが泡になってしまう、その時まで老人に寄り添っていた。そして、夜が明ける頃には、全てが泡となり老人を包み込んでいた。