第4話~シュナ、あなたのウソなんて御見通しよ?~
ジュノサイド神聖帝国の北、つまり大陸北部は四季のうち冬が一番長い。それも厳しく長い冬である為、各国はその対策に追われる。
その中でどの国も一番頭を悩ませていること、それは水源の確保である。冬が一番厳しい頃になると、大きな湖でも凍りついてしまう為、大陸の各所にある大きな湖を主要な水源にしている国々は水不足に頭を悩ませることになる。
しかし水に対して苦労していない国もいくつかある。数少ないその国々が、大陸北方で大きな勢力を持っている国と言っても過言ではない。
そのうちのひとつに、ベルティオン北域将軍家も含まれていた。
北域将軍領の本拠地・ラス市。広大なヒラリー平原に築かれた巨大な城郭都市の外郭の堀と5重に築かれた内郭の堀に流れる水。中小の水路が都市内部の至る所に広がっているラス市は防衛拠点であると同時に、煉瓦で作られた家々も観光名所にもなっている。平時であれば、堀を小舟が渡り、家々や川沿いに植えられた四季折々の木々が観光客の目を楽しませている。
これらの水の源は、ラス市より北に20キロほど離れたディーネ山の中腹にある大陸最大の湖、フィアミール湖である。この湖は唯一神ミコーハウディの妻、フィアミールが何もない荒野だったヒラリー平原に緑をもたらし、人の住める環境を作るために魔法を以て作った湖と言われ、この湖から流れた水が、荒野を潤し、緑を生み、そして人が住める環境にまでにしたという伝説がある。
この湖は不思議な事に、どんなに寒い冬でも水が凍らず、どんなに長く日照りが続いても水が枯れる事がない。まさに魔法の湖であった。北域将軍家はこの湖の確保の為にバッティーノ連合王国の猛攻を退けてヒラリー平原を確保、そして危険を冒して当時の敵前線でのいちから本拠地の築城という無謀な事をしたものだが、それは実を結び、水源の確保、そして広大なヒラリー平原を使っての農地開拓を行って生産量を向上させた北域将軍家は今日の大陸北部での戦線を優位に進めている。
その湖は現在、湖の管理・防衛のために築かれたディーネ山砦に守られている。一般人はおいそれとは近づけない、そして訪れる事がないこの砦と守られた湖を一組の男女が訪問していた。
「案内感謝する。モートン大尉」
「いえいえ・・・それにしてもお久しゅうございますな、将軍閣下」
砦の守備隊長であるベン・モートン大尉は齢60を超えた枯れ木のような老人である。見た目に反して屈強な足腰をしているようで、湖に向かうために通らなければならない山道もひょいひょいと進んでいく。
「ナナ、しっかり掴まってて。馬の上はよく揺れる」
「う、うん」
本日、この砦を訪問したのは、ジュノサイド神聖帝国北域将軍であるシュナ・ベルティオンとそのお世話係の少女、ナナ・ポルック。シュナの愛馬である黒毛の馬に揺られながら、2人はモートン老人の案内で山道を進む。モートンの手にはバスケットが握られていた。ここまで来るのにナナが持っていたものだが『それを持ったままでは大変でしょう』と彼が預かってくれたのだ。
「それにしても・・・」
ナナの瞳に映るのは、山道の両脇に道しるべの様に並べて植えられた気に咲く花。それは、彼女の故郷において、春の風物詩であった花―――
「すごく綺麗な、桜・・・」
3人と1頭を出迎える様に、桜吹雪が風に舞う。彼女の呟きが聞こえたのか、手綱を操りながら、シュナが口を開いた。
「ナナの故郷にも、桜はあるのか?」
「うん。春になったらね、みんな家族連れでお花見に行ったりするんだよ。ここではどうなの?」
「・・・桜は騎士のあるべき散り様を示す花だ。『桜の如く、勇ましく咲き誇り、美しく散るべし』と、初等教育で教わるそうだ」
不吉な花だ、とシュナは呟く。その辺の考え方は、ナナの故郷の昔の武官の考え方とよく似ているらしい。
「・・・だけど」
「余にとっては、亡き父上様に遊んで頂いた楽しい記憶を彩ってくれる花だ」
シュナの父・ティアヘイム・ベルティオンは病弱な将軍であり、文武官の前で政務を執る時間よりも、床に伏している時間の方が多かった。息子であるシュナとも会う時間は多くはなかった。
「その父上様とただ一度だけ私的に外出したことがあったのだ」
「それが、このディーネ山砦のフィアミール湖の桜林なのでございます」
モートンはその時から砦の守備隊長であり、ベルティオン親子が訪問した際にもこうして馬の轡を取ったと語る。
「もうすぐフィアミール湖にございます」
「すっごい・・・」
ディーネ山砦に守られた巨大なフィアミール湖。それを囲む桜林はまさに壮観。
「・・・伝記によれば」
ナナに手を貸して、馬から降ろしたシュナが語りだす。
「ミコーハウディの妻フィアミールは魔法でこの泉を作り、ヒラリー平原を潤した。それに感謝した当時の人たちが、フィアミールが好きだったという桜を植えたそうだ」
「この砦が建てられるまで、熱心な信者が何か慶事があるたびにこの山まで来て桜の苗木を植えた。それが成長していき、この数になったらしい」
モートンがシートの用意を行い、ナナは隣に立つシュナの説明を聞きながら、桜林と湖が織りなす芸術的な景色にただただ見入っていた。
「用意が終わりました。では、私はこれで」
「大儀であった」
モートンが退出し、シュナとナナだけが残った。
「シュナ、ご飯食べようか」
「うむ」
2人でシートに腰を下ろし、ナナが持参してきた弁当に舌鼓を打つ。
「ねぇ、シュナ」
用意した弁当に箸を伸ばしながら、ナナはふとした疑問をシュナにぶつけた。
「ここって、ティアヘイム様と一緒に来た大切な場所なんでしょ?どうして私だけ連れてきてくれたの?」
ラスから近いとはいえ、今回の外出は護衛もつけずに2人だけのものであった。普通、シュナくらいの要人になると、片道数キロの距離でも護衛が就くものである。たとえ本人が武芸の達人だとしても。今回の外出ではシュナが護衛を断ったのだと聞いた。
「・・・・・別に、大した理由はない」
シュナはそっけなく彼女に答えた。その彼にナナはニコリと微笑むと、右手を伸ばし―――
「嘘は、付いちゃダメでしょ?」
ぐにー
「・・・いふぁいいふぁい(いたいいたい)!ほっへはをひっはふな(ほっぺたをひっぱるな)~!」
「ほーら、お姉さんに本当のことを話して御覧?あなたが嘘付くときのクセはもう分かってるのよー。早く本当の事を吐きなさーい?」
ぐにぐに
「ほはほーふんらろ(余は将軍だぞ)!ほのふれいほのへ(この無礼者め)~」
「ほらほら、早く言わないから左のほっぺたもビヨーン!シュナって本当におもちみたいなほっぺたしてるよね。柔らかーい」
「ふれいほの(無礼者)~!」
ナナはあらゆる手を使ってシュナから本当の事を聞き出そうとしたが、結局彼は口を開くことはなかった。雪のような白い頬を弄ばれたシュナは、幼い時に父と交わした約束を思い出していた。
『ここは私が君の母上にプロポーズをした思い出の場所なんだ』
我が子を膝の上に乗せた、北域将軍ティアヘイム・ベルティオンは、母に似た息子の銀髪を撫でながら、思い出を懐かしむように語りかけた。
『聡い君はもう分かっているかもしれないけど、私はもう長くない。君に色々な事を教えてあげたかったけど、それは、父上―――おじい様にお願いするとしよう』
『でも、ここだけは私は直接君に教えてあげたかった。君は母上の事を知らないから』
シュナは自分の母親の事を知らない。しかしシュナが生まれてすぐに死んだという母の良い噂をあまり聞くことがなかった。理由は知らない。身分が低かったとか、いろいろ陰口を叩く輩がいることは知っている。それを耳にした普段は穏やかなティアヘイムが、激昂することも。どんな女性だろうが、父が彼女を愛していたのであろうことは疑いようもなかった。
『父上。僕は決めました』
『もし僕に心に決めた女性が現れた時は、ここに連れてくることにします。そして、父上に報告をいたします』
息子のそんな言葉を聞いたティアヘイムは、驚いたように目を丸くした後、またシュナに微笑んだ。
『そう。その時が来るまで、父は長生きをしなければならないね』
―――しかし、ティアヘイムはこの1ヶ月後に倒れ、後事を父・ガイアに託して息を引き取った。
(父上、ご覧になられておりますか。シュナは約束を果たしました)
(まだまだ余は子供ですが、ナナを守り、いつか振り向いてもらえるよう努力していく所存です)
「ほーら!まだ言わないか!」
「いいふぁふぇんにふぃろ(いい加減にしろ)~!!」
ナナに弄ばれたシュナの悲鳴がフィアミール湖に響いた。
ナナの日記
フィアミール湖の桜は本当にすごかった!アリサはすっごい羨ましがってたし、本当に凄い所だったんだなぁ。
でも、シュナはなんで私をあそこに連れて行ってくれたんだろう。