第2話~残った叔父、逃げた叔父、そしてその処遇~
「只今より朝議を始める」
バーボンスの重厚な声による宣言の後、居並ぶ数10名の文武官の幹部たちが玉座に腰かけたシュナに首を垂れる。
「頭を上げよ」
感情の読めないシュナの声に従い、一同が顔をあげる。人形のように感情のない表情で、気だるげにシュナが一同の視線を受け止める。
「それでは、文官衆より報告を。まずは財務部―――」
文官衆筆頭のウィットより指名を受けた財務部長の文官が現在の財務状況などの報告を行う。それが終わるとウィットより指示が下り、指名を受けた部の部長が報告を行う。
この朝議は神聖帝国皇帝の座す首都コリンピオをはじめ、規模は違えどどこでも行っているものである。流れとしては報告を行った者に対して主君が質問をしたりするのだが、シュナは基本的に文官に対しては質問を行わない。彼はまだ幼く、内政についてはまだまだ勉強中であるため、指示はウィットから行われる。
常であるならばそうだ。しかし、最後の外交担当部長の報告とウィットの指示が終わって次は武官―――という空気の中を凍りつかせる声が響いた。
「外交部長」
「は、はっ!?」
声の主は玉座、人形のように座しているシュナであった。氷のような瞳に射抜かれた罪なき哀れな外交部長はピシリと凍りつき、膝が震えだす。
「ニルテール王国はモロットについては何と言っている?」
4年前、シュナに反旗を翻した親族たちの中に、4人の『おじ』がいた。ガーディアス・ベルティオン、トーニ・ベルティオン、ニーブルス・ベルティオン、そしてモロット・ベルティオンである。シュナの父・ティアヘイムの異母兄弟たちであった。
彼らは手を組んでシュナに戦いを挑み、そして返り討ちにあった。ガーディアスとトーニは戦死し、ニーブルスは2人の戦死後に降伏したものの許されずに処刑された。そして最後のひとり、モロットは身一つで反帝国を掲げるニルテール王国に逃れ、その身を保護されている。
シュナが恐れられるようになったのは、降伏したニーブルスと逃亡したモロットの家族の処遇である。ニーブルスには妻と3人の愛妾、そして娘が3人と生まれたばかりの息子がいた。縄打たれ、この大広間に連行されてきた彼女らに対し、シュナは冷たく告げた。
―――貴様らの夫であり、父であるニーブルス・ベルティオンは、将軍である余に刃向ったばかりか、名誉あるベルティオンの家名を汚す無様な様で命乞いなどしおった。彼の者はもはや武人に非ず。
―――よって沙汰を下す。息子は死罪とする。妻、妾、娘は―――
反乱を起こした者の親族の女性の処遇は、一般的な場合は功のあった家臣に下げ渡されたり、自身の妾にすることが多い。生活に困らないほどの所領を与えられ、唯一神ミコーハウディに懺悔しながらつつましい生活を送るというものがある。
しかし、シュナが下した沙汰は、そのどれとも違うものであった。
―――奴隷商に、売り渡すものとする。
貴人の女性を奴隷に落とすなど、前代未聞の沙汰であった。泣き叫び、嘆願するニーブルスの妻妾たちと娘たち。群臣達もあまりに酷い沙汰に、シュナに再考を嘆願した。しかし彼は冷酷に告げた。
―――彼が虜囚となっても武人らしい振る舞いをしていれば、余は彼を武人として扱い、名誉ある死をくれてやった。遺族にしても、故人が憂いなくミコーハウディの御許に向かえるよう、扱うつもりだった。
実際にシュナは戦死したガーディアスとトーニの遺族に対しては、男子は今後の憂いを無くすため死刑に処したが、妻や妾、娘たちは希望を聞き、それぞれ生活に困らない程度の猫額ほどの領地を与えるか、実家に帰すなどする処置を取った。降伏した軍事貴族に対しても、自らの非を認めて謝罪した者は領地削減、人質提出などを命じ、忠誠を誓わせるだけで許した。
ニーブルスはシュナの父であるティアヘイムの同母弟であり、シュナにとっては幼い頃によく遊んでもらった叔父でもあった。しかし、兵を挙げて敗れ、虜囚となった彼は、その時の恩を持ち出してシュナに命乞いをしたのだ。その態度がシュナの逆鱗に触れたのである。
―――しかし、彼の者は旧来の恩を持ち出して余に媚び諂う無様な真似をここに要る群臣達に晒した。これはベルティオンの家名に泥を塗る大罪なり。彼の者はもはや武人に非ず、罪人なり。罪人と、その家族に名誉などなし。
モロットの家族にも同様の命が下され、妻や娘、妾たちは娼婦として奴隷商人に売られる事となった。
これには名誉を重んじる帝国騎士や衛士たちは戦慄した。自らも彼に逆らえばかくのごとくなる。幼い新将軍がただの飾りではないことを悟った彼らがとった道は2つ。
―――恭順か、再度の反乱か。
「今のニルテール王は気骨のある男。奴が生きている限りはモロットを引き渡すようなマネはすまい」
引き続き外交圧力をかけるよう命じ、外交部長を下がらせる。
「では、次に武官衆の報告を行います。よろしいですか、閣下」
シュナがうなずくのを確認し、バーボンスが武官衆の報告をはじめさせた。
シュナが朝議に出席している間にも、ナナの仕事は続く。
彼女は基本的にシュナ専属のメイドの為、普通のメイドとは仕事内容が違う。シュナの炊事洗濯等の世話はもちろんあるが、その他にもシュナへの来客の対応やスケジュールの確認といった一般のメイドとは違った仕事もこなす。そのせいか、彼女は他のメイドよりも顔が広くなった。
そして、今日も・・・
「わしとしてはな、唯一自分に味方した親族なのだから、もう少しわしを敬ってもよいのではないかと思うのだ。ナナ君、君もそう思わんかね」
「はぁ」
「それなのにシュナの奴ときたら、わしを『叔父上は小役人としては有能ですね』などと言いおって!叔父であるわしをなんだと心得ておるのか!ナナ君、君もそう思うだろう!?」
「そうですねぇ」
ナナが笑顔の仮面を張りつかせて相槌を打つ相手は、40才手前の細身の中年男性。軍服姿は恐ろしいほどにあっておらず、団栗みたいな丸い目とチョビ髭が、ナナの故郷で『喜劇王』と呼ばれていた男を連想させた。
彼の名はターモア・ベルティオン。シュナの叔父にして、幼少のシュナの後見人である。
本来なら当主の叔父という事で朝議にも出席できる身分であるはずなのだが、シュナから『居てもしょうがないから』という理由で出席が免除されているのである。実際、彼の領地はターモアよりはるかに有能な彼の妻によって順調に運営されており、ターモアはかなりの暇人なのであった。彼の主な仕事は、年に1回の皇帝への軍事成果の報告を行う際の使者や、将軍が本来出席しなければならない帝都でのパーティーへの出席などのみ。暇を持て余し、時々こうしてまともに話を聞いてくれるナナのもとを訪問し、愚痴を言ったりしている。
そんな取り柄なし人間のようなターモアが唯一他人より優れていると言われている点がある。
「む・・・」
長々と愚痴をこぼしていたターモアは、その口を閉じると急に立ち上がって帰り支度を始めた。
「すまんな、ナナ君。わしはそろそろ帰る」
「え?」
「土産のケーキはここに置いておくからね。シュナと一緒に食べてくれたまえ。我が妻の自信作なのだ・・・それでは失敬」
「は・・・はぁ」
ナナがポカンとしている間に、ターモアはサッサと部屋を後にしてしまった。残されたナナは、溜息をひとつついてターモアの為に用意していた茶器セットを片付け始めた。
ターモアの『他人より優れている点』。それは『危険回避能力』もしくは『生存能力』といわれる類のものだ。
先の内乱でも、彼の異母兄弟たちが揃って甥に反旗を翻したのにも拘らず、ターモアはシュナに味方した。この時の決断も、彼の持つ『生存能力』が発揮されたためのものであった。結果、彼は生き残った。
そしてこんな時に、ターモアの『危険回避能力』が発揮されたとなると―――
(シュナ、機嫌悪いんだろうなぁ)