第15話~哀しき忠臣~
ニルテール王国内で盗賊のように暴れまわるベルティオン軍に対し、首都ブラウンヒル城に籠るニルテール貴族たちは軍部の最高責任者であるトライゴス将軍に対し、幾度も援軍の出撃を要請していた。しかし、敵軍の目論みを知る将軍は出撃要請を黙殺し、ひたすら籠城策の継続と、周辺諸国への援軍要請を続けていた。
「わしとて、領内が荒らされて心穏やかではないわ」
トライゴス将軍は今日も今日とて首都に詰めている貴族たちからの救援要請を退けて、自邸に戻る。軍服を従僕に放って預け、自室のソファに深く腰掛ける。
援軍を送りたいのは山々。しかし、義勇兵によるゲリラ攻撃の拠点も一通り潰され、敵の数は圧倒的だ。平原にでも引きずり出されれば、精強で鳴るベルティオン軍に一蹴されてしまうだろう。
敵軍の侵攻ルートを考えると、もうそろそろトライゴス家の領地に攻め込んでくるだろう。城代に任じた家臣に領地の防衛指揮を託してあるが、兵数も少なく、守りきることは不可能だろう。城代もそれは心得ており、すでに領民を山奥に逃がし、城兵一同死を覚悟で籠城していることだろう。
代々の当主が手塩にかけて育ててきた城下町が、敵軍により無慈悲に荒らされてしまうのは腸が煮えくり返る思い。しかし、これも国を守るため。自分は最善の決断をしているのだ。
そう自分に言い聞かせ、トライゴスは目を閉じた。
トライゴス家が代々治めてきた城では、迫りくるベルティオン軍への迎撃準備を整えていた。兵は1000に満たないほどだが、防衛指揮を執る城代以下、全員が死を覚悟していた。
「敵軍の動きはどうか!」
防衛指揮を執る城代は、トライゴス家に3代仕えた老将である。実戦経験も多く、トライゴス家臣団の中で一番信頼のおける人物である。
彼の予想では明日か明後日にでも敵軍の先陣が到着し、この城を包囲すると読んでいた。しかし―――偵察に出していた兵の報告は、彼の予想を裏切るものだった。
「・・・なに?敵軍はこの城を避け、別方向から王都を目指していると申すか!?」
さらに詳しい情報が入る。この城に対しては数百の兵で構成された少数の部隊を監視に残して放置しているらしく、他の一部の城にも同様の方法で放置しているという。
「どういう事じゃ・・・?放置された城と、攻撃された城・・・何か共通していることがあるのか?」
敵軍が放置している街を思い浮かべてみる。ひとつひとつ、その町と治めている者の名前を思い浮かべ、彼はあるひとつの結論に行きつく。
「・・・まさか!」
運命の日を迎えた。
その日、トライゴス将軍は王城に登り、侵攻してきたベルティオン軍への対策会議に出席していたが、王からの使者が会議室に現れ、彼に謁見の間に参上するよう命が下ったと伝えたのだ。いきなりの呼び出しに首を傾げながらも、トライゴス将軍はすぐに参上する旨を伝えた。
謁見の間に続く大きな扉が開けられ、すぐに彼は違和感を覚えた。
(なんだ?何かがいつもと違う・・・)
正面の玉座に座る国王と居並ぶ群臣、いつも通りの風景のはずだが、何かが違う。その違和感に内心首を傾げながら、彼は国王の前に膝を付いて頭を垂れた。
「陛下。ディオール・トライゴス、お召しにより参上いたしました」
「・・・・・」
広い謁見の間に彼の声が響く。ただ、それだけ。
「陛下・・・?」
「ディオール・トライゴス。貴様が余に聊かの異心無くば、ただちに国軍を率いて敵軍を討ち果たしに参るが良い」
思わぬ命令に思わず主君を仰ぎ見る。彼の主はまるで自分を虫けらを見るかのように冷たく見下ろしていた。
「陛下!それはなりませぬ!それこそ敵軍のまさに思う壺!」
各地を荒らしまわるベルティオン軍の狙いをトライゴス将軍は察していた。これは敵による挑発行為なのだ。今も王城には各地から救援を求める使者が矢継ぎ早に飛び込んできている。その応援要請に応えて国軍が出動したところを野戦で一気に叩く・・・これがベルティオン軍の狙いである。
彼はそれがわかっていたから、あえて援軍要請を無視し続けていた。本心から言えば、すぐにでも彼が愛する故国を荒らす無法者たちを討ち平らげたい。だが、それこそ敵軍の狙い目。祖国を愛すればこそ、彼は援軍要請を黙殺してきたのだ。
しかし、トライゴス将軍の思いは主君には通じていなかったようだ。
「陛下。御身の領地が賊軍どもに荒らされているというのに、将軍閣下はまだこのような事を言っておりますぞ」
さらにその想いを踏み躙るが如き発言をしたのは、国王の傍に控える鷲鼻の痩身の男―――トライゴス将軍とと対立しているニルテール王国宰相ドビー・カラサルである。そこで気が付いた。謁見の間に入った時の違和感を。
(こやつ・・・自派の貴族や文武官を動かして陛下を唆したな!)
居並ぶ面子を見渡してみると、全員ベルティオン軍の侵攻を受け、彼に援軍要請をしてきた者たちであった。さらにカラサル宰相は、信じがたい言葉を口にした。
「ところで将軍。どうやら敵軍は、貴殿や貴殿に近い貴族や領主の領地は攻撃を加えず、監視するにとどめているとか・・・もしや」
ニヤリと嫌らしく口を歪めたカラサルは、決定的な言葉を吐いた。
「シュナ・ベルティオンと内通しておられるのか?」
もはやトライゴス将軍の思惑は崩れた。まさか内側から崩されるとは思わなかったが、疑われてしまっては最早これまでである。彼が見る限り、この国に自分以上の実力を持つ軍人はいない。自分が更迭されては、数少ない勝利の可能性を限りなくゼロに近づけてしまう。それよりなにより、自らと先祖代々が謀反人として疑われていることが我慢ならなかった。
「国軍に出陣の命令を出せ!わし自ら軍を率いて参る」
ついに下された号令に、国軍兵士と将校たちが次々と彼のもとに集った。その中には、トライゴス将軍の盟友となっていたモロット・ベルティオンの姿もあった。
「みな、よくぞ集まってくれた。国王陛下に成り代わり、感謝いたす」
深々と頭を下げた将軍に、一同が騒然となる。
「兵力の差は歴然としておる。だが、古来より寡兵が大軍を討ち破った例はいくらでもある!」
「我が軍は一丸となり、敵軍に攻めかかる!狙うは北域将軍シュナ・ベルティオンの首ただひとつ!」
将軍の激に応える様に、兵士たちが喚声をあげる。戦いに向けた、兵士たちの士気が向上していくのを肌で感じる。
「山野を駆けに駆け、敵本陣を奇襲する――――全軍、出陣!」
兵士たちは、各々の武器を掲げて叫んだ。自らの雄姿を天に刻まんとするように