第13話~ベルティオン軍、進撃~
ニルテール王国軍は常設軍に加えて領内からも兵を募り、ベルティオン軍の迎撃準備を整えた。その数は3万。ディオール・トライゴス将軍はベルティオン軍より劣る兵を分散させる愚を犯さず、本城のブラウンヒルに主力を温存し、敵軍の侵攻に対して築かせてあった砦を破却して兵力を極力集中させる策を採った。
つまり、城を守る領主は援軍もない籠城戦を行わなければならないのである。しかし、ニルテール軍は策を持っていた。原住民によるゲリラ戦術である。
ゲリラ戦術で兵站を断ち、敵の戦意を挫き一撃を与える・・・これがニルテール軍の常道である。
「馬鹿め、我らが何度も苦戦したその作戦に対抗策を用いぬとでも思ったか」
燃え上がる敵ゲリラ部隊の基地を見つめるのはベルティオン軍第二陣の司令官ショーン・ベッツ男爵大尉。卵のような丸い体にスキンヘッドのこの40男が総司令たるシュナ・ベルティオン大将から彼が受けた指令は『敵の主戦力であるゲリラどもの基地を潰せ』というものであった。
基地と言っても山の中の空き地にテントを立てただけの簡素な物だったが、撤収が容易な移動式の基地でその所在地が判明されにくいという利点があった。
しかし、リッチモンドの調略によってゲリラ部隊に詳しい軍高官を内通させることに成功。その所在地、移動パターンはすべて筒抜けであった。
「大尉殿。敵軍の殲滅を確認致しました!」
「うむ、よろしい。それでは次の拠点攻略に向かうぞ!」
領内奥深くに誘い込みつつ、ゲリラ部隊で兵站を断つ。そして堅牢なブラウンヒル城やその周囲を守る最終防衛線に籠って同盟諸国の援軍を待つ。ニルテール軍は、ひたすら『忍』の一字のもと国を守ってきたのである。
―――そう。ときには領民の悲鳴すら無視して。
燃え盛る街。空を焦がすのは煙だけではない。領民の悲鳴も空というキャンバスを彩る絵具となっていた。
「はーっはっはっは!金目の物の略奪、女子供の誘拐、殺戮・・・すべて己らの思いのままぞ!」
ベルティオン軍第一陣司令官ウィリー・ジョーンズ大尉は、愉快そうに高らかに笑いながら兵たちを鼓舞する。南部にルーツを持つという黒々とした立派な顎鬚が特徴の黒人男は、普段は陽気で兵の信頼厚い好漢だが、いざ戦場となると勇猛果敢、情け容赦なき強き獣の如き振舞いで『黒豹』と恐れられており、シュナの信頼も厚く多くの戦で先鋒を賜ってきた。
「遠慮はするな!どうせこの街はニルテール王国の終わりとともに無くなる事が決まっておるのだ!野獣どもよ、積年の恨みを晴らすがよい!!」
獣の如き咆哮とともに、黒き鎧を纏う人の形をした獣たちは逃げ惑う住民や兵士たちに襲い掛かった。
「ふふふ、上出来ではないか。しかしまったく弱いのう・・・」
彼がシュナから与えられたのは『交戦を決めた街での徹底的な破壊と殺戮。そして非道な振舞いを他の街に伝えさせる事』。この地獄絵図を伝えるのはこの逃げ惑う街の人間たちだ。だからベルティオン軍は街を全方位せず、進行方向の城門だけ開けてある。運のいい者は、そこから脱出することが出来るだろう。
「申し上げます!敵城主が降伏を申し出て参りました!」
「阿呆め、意地など張らずにとっとと降伏すれば我らとてこのような真似はせずとも好かったものを・・・城主一族と投降した兵士、侍女どもは残らず捕縛して閣下が御待ちの後方基地レディウスアース城まで連行せよ!そこで奴隷の競売にかける!」
「泥船には乗りたくない、といったところだろうか」
マール共和国の旗が靡く、全く動こうとしない川向こうの敵軍を眺めたベルティオン軍第三陣司令官シグルド・ウラゴリオス少佐はポツリと呟いた。
父譲りの赤毛と立派な体格が特徴の若者で、ベルティオン将軍家の筆頭武官たるバーボンス・ウラゴリオス少将の三男である。激しやすい父とは異なり、冷静沈着な性格で、将来有望な武官たちのひとりであり、今回『最大の同盟国であるマール王国の援軍を阻むこと』という指令と2万もの軍勢をシュナから預けられたことからも、その期待が窺えた。
「全く援軍を出さないのも体裁が悪いから・・・という事なのでしょう」
副官の言葉に首肯しながら、敵軍の様子を観察する。敵軍の兵士たちは思い思いに食事をしたり、暇潰しなのだろう、博打をしたり、カードゲームに興じたりして思い思いに過ごしていた。
「我らとしても2万の兵士たちを遊ばせておくわけにもいかぬが、悪戯に兵士を消耗するのも面白くない。さて、如何したものか・・・」
敵援軍の監視というのも立派な武功だが、それだけでは妻に怒られてしまう。
「大陸でも五指に入る剣士を妻に持つと大変ですな、少佐殿」
「・・・」
同情が籠った部下の言葉に、シグルドは黙ってコクリと肯いた。
大陸北部は冬の間、極寒の幕に覆われる。振り続ける雪は街道を閉ざし、人間たちの往来を封じる。戦火の絶えない大陸を彩る四季の中で、唯一北域地方が平和になる季節がこの冬であった。冬の間は人の交流が全く絶える―――のが当たり前だった。
ベルティオン軍の本陣が置かれているレディウスアース城の玉座に腰かけたシュナは、忙しく動き回る幕僚達の声をBGMにしながら、各方面軍から送られた報告書に目を通していた。
「・・・普通なら、この季節に兵を送るのは愚の愚。下策も下策・・・」
しかしシュナは出兵を強行した。彼は勝算のない戦いはしない男である。
長年に渡るニルテール王国内部への調略が代替わりを機に成功した事、それによって手を焼いていたゲリラの拠点を潰すことに成功、さらにニルテール王国との同盟を結んでいる諸国がいくつかベルティオン家の圧力に屈して降伏を申し出てきた事。冬によって協力的な国も出兵には及び腰であること。そして、これが一番の理由―――
(今年が200年に一度の暖冬である、というのがほぼ占めているがな)
冬が厳しい北域地方であるが、いままでも何度か雪があまり降らず例年よりも暖かい冬が来る時があった。それは200年周期に必ず訪れ、それが今年だと知ったシュナは、ニルテール王国の切り崩しに力を注ぎ、今回の敵国崩壊につながらせた。
(この戦いは時間との勝負よ。春まで敵に粘られれば、援軍がやってくる。ヘタをすれば周囲を囲まれて余は壊滅的な被害を受ける)
王城ブラウンヒルとその最終防衛線たる城塞郡は攻め落とすのには少々時間がかかる。ベルティオン軍にとっての最良の状況はニルテール軍に出てきてもらう事だ。野戦に持ち込み、決戦を仕掛けて一気に壊滅させる。そうなれば、どんな堅牢な城でも護る兵がいなければ意味をなさなくなる。
しかし、ニルテール軍もそれがわかっているから徹底して城に籠るであろうことは予想できた。
「さて。敵主力を引きずり出すための手を打たねばな・・・」
シュナは目を閉じ、頭脳を巡らせた。自軍の完全なる勝利を手にするため・・・