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将軍閣下の育成日記  作者: 三好八人衆
~シュナ12才の春の章~
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第10話~重臣の憂鬱~

ある日の夜・・・ラス城、とある会議室。ここにベルティオン将軍府を運営する重鎮たちが一堂に会していた。

武官衆筆頭バーボンス・ウラゴリオス少将に文官衆筆頭ウィット・マグビス少佐。参謀長のリッチモンド・ビュワーズ伯爵少佐をはじめ、武官なら佐官級、もしくは伯爵以上の爵位を持ち、財務・礼式などの部長級の職に就いている者10名ほどが出席していた。

「各々、忙しい中よくぞ集まってくれた」

バーボンスが会議の出席者に頭を下げる。

「会議の内容については、皆に通知してあった通りだ。マグビス文官少佐、あれを」

「はっ」

ウィットが手を2度叩くと、外に待機していた小姓がなにやら分厚いファイルを携えてやってきた。ウィットがそれを受け取り、小姓を下がらせる。

「本日の議題は―――」

今回の会議に主君であるシュナはいない。これはシュナに関する議題なのだが、彼を交えても話が進まないので重臣一同、主君を除いての会議となった。

そう、今回の会議はとても重要なのである。実際に『今回の会議の結果』が実行されるのは3年後、シュナが元服してからであるが、気の早い者は早くも『応募』してきているのである。数があまりにも増えてきたので、重臣たちは対応を協議しようと集まったのである。

「ずばり、将軍閣下の正室候補についてです」






ベルティオン家は代々公爵位と北域将軍職を世襲してきた一族である。初代当主はジュノサイド神聖帝国初代皇帝の庶子であり、その血筋を今に伝えている。言わば古くからの名門中の名門の家柄である。その名門家と縁戚になりたいと、外戚として広大な北域将軍府の権力を握りたいと考える者は多い。そんな者達にとって、口うるさい母方の外戚も、婚約者もまだいないシュナはまさに狙い目なのである。

「ふぅむ・・・わしとしてはナナ嬢が正室でもかまわんと思うがなぁ。そうはいかぬのが、2人の立場・・・フェッフェッフェ・・・・」

「閣下が北域将軍でなければあの娘でもよいのだろうが。ティアヘイム公、そして当代と2代続けて市井の者が正室では、貴族共が納得しまい」

先代将軍でシュナの父・ティアヘイムには政略結婚をした貴族出身の正室がいた。しかし、彼女は子を産む前に病死してしまった。その後、ティアヘイムは正室・側室を含めて女性と関係を持ちたがらなかったが、ある時であった女性を継室に迎え、彼女との間にシュナを儲けた。

「先々代のように大勢の子を儲けて後継ぎ争いをされるのも困るが、先代のように子が1人だけというのも万が一を考えると困る。奥をしっかりと取り仕切る事のできる者であればよいのだが」

一同はマグビスが持ってこさせた辞書―――正室候補の女性たちのプロフィールに目を通す。

「売れ残りが何人かいますな」

「我らが将軍閣下は何才だと心得ておるのだ・・・」

「おや、可愛らしい・・・果たしてこの赤子は今いくつなのかな?」

お見合い写真を選別していく重臣一同。中には親子ほど年の違う淑女やとても笑顔が可愛らしい生後1年未満の者もいたが、家柄や性格、周囲の評判などを調べ上げた結果―――

「・・・1枚も残らなんだか」

「まぁ、公爵大将と釣り合う家柄の者などそうはいまいて。閣下はまだ12才、気長に待てばよい」

没ボックスに入れられた写真の山に、一同は苦笑する。候補は30人ほど、上は30歳後半から下は生後数ヶ月まで幅広く居たが、全員が没となってしまった。

「閣下もあと3年で成人におなりになり、コリンピオに上り、陛下より正式に爵位を授かる。その時にさらに何かあるかもしれぬな」

「少将殿、『何か』とは?」

ウィットの問いかけに、バーボンスは渋面を作りながら答えた。

「分からん。しかし帝都は今、陛下に代わって政務を統括・執行する宰相と皇帝側近たる侍従長との間で政争が繰り広げられていると聞く。しかも、侍従長の背後には西域将軍府の影があるともっぱらの噂・・・」

彼は会議室の南側の窓を眺めた。その遥か数100キロ先に、帝都コリンピオがある。

「本当に、何もなければよいのだが・・・」






大陸のほぼ中央にジュノサイド神聖帝国首都・コリンピオはある。中心にこの巨大な帝国を動かす帝国議事堂を兼ねた皇帝とその家族が住む王宮があり、王宮を中心に蜘蛛の巣状に王都の街並みが広がり、その規模は大陸最大で、かつ最も大陸で栄えている都市でもあった。

そんな帝都の中心街に建てられた永代中央貴族筆頭のリーバス侯爵家の邸では、宰相であるロン・リーバス文官侯爵少将が自室の執務机で渋面を浮かべていた。

ロン・リーバス文官侯爵少将は当年60才。先代皇帝より仕えてきた重臣であり、先代皇帝の崩御時には帝室の行く末を託され、当代皇帝の擁立に貢献した実力者である。また、彼の娘のひとりは側室として現皇帝の後宮に入っており、第五皇女と第七皇子を生んでいる。

大陸南部にルーツを持つ一族である証の黒い肌に緑色の瞳、厳めしい顔つきとそれを助ける口髭、肥満体で体が大きく、頭は丸刈りに剃られている。容姿は簡単に言えば、黒い達磨と言ったところだろうか。

「あの女狐め・・・」

巨大な帝国を実質差配するこの大男が頭を悩ませているのは、自分と親子ほど年の差が離れた小娘の存在である。

ベリーナ・ルトマン文官中尉。26才の若さで皇帝側近の筆頭たる侍従長を拝命している人物である。庶民出身でありながら、史上最年少の侍従長に上り詰めた才媛として民衆や下級の近衛騎士団員、反リーバス派の中央貴族から人気がある。実際に皇帝側近の文官の

腕前は有能で、リーバスもそこは認めるところである。

しかし、有能なだけでは侍従長になる事は出来ない。彼女は皇帝の側室となっている姉アンヌの口利きで異例の出世を遂げて皇帝の傍に侍り、本来ならば侍従職の範囲外であるはずの政治にまで皇帝を通じて口出ししてきている。それを可能としているのは、彼女の妹の嫁ぎ先である西域将軍家の軍事力である。

本来なら、シュナのベルティオン家をはじめ、各将軍家は中央による内政不干渉権などの特権を得る代わりに、中央への干渉を禁じられている。各将軍家の一族の者が帝室の者と婚姻を結ぶことをはじめとした様々な事での干渉は出来ない。

しかし現在の西域将軍は現皇帝の甥である事と、叔父である皇帝と義姉であるアンヌとベリーナの警護を理由に軍を帝都に入れている。将軍自身は西域将軍府にいるが、彼とベリーナの指示、そして自分たち先代より仕える重臣たちを疎み始めている皇帝の命令ひとつでロンの首は挙がる。

(女狐の目的は知れておる。陛下を女漬けにして腑抜けにさせ、政務への関心を完全に失わせる事・・・すでにそれはある程度成功している)

西域将軍による警護がその一例である。歴代皇帝が決して許さなかった将軍家による帝都干渉を囁いたのはベリーナであった。

(女狐が企んでおるのは『改革』だ。建国から今までの長い間、実権を握ってきた我ら永代中央貴族を西域将軍家の力でクーデターを起こして除き、自らが実権を握らんと目論んでいる・・・とは思うのだが、どうも決定打に欠ける)

昔から何度か永代中央貴族家による政権独裁に庶民出身の政治家が不満を持ち、改革をしようとしたことはある。しかし、そのいずれも老練な永代中央貴族たちによる妨害によって失敗して失脚し、哀れな末路を辿って行った。

(腹立たしいがあの女は優秀だ。それだけでなく、寝台で陛下を誑かす色香も兼ね備えている才色兼備の政治家だ。かつて将軍府の力を使って改革をしようとした者もいたが、奴が同じような轍を踏むだろうか)

何にしろ、手は打たなけばならない。永代中央貴族家筆頭の名に賭けて、帝国と皇帝陛下は守って見せる。


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