第9話~私とシュナの、これからの在り方~
―――どうしてお姉ちゃんみたいになれないの?
どんなに頑張っても、
―――こんな問題もわからないのか。お姉ちゃんはこれぐらいの問題、いつも満点だったぞ。
どんなに頑張っても、両親の1番は常に姉。スポーツ万能成績優秀。さらに何度もモデルにスカウトされた容姿の持ち主で、性格も面倒見がよく、非の打ちどころがない完璧超人。それが私の姉だ。
それだけじゃない。みんなが注目するのはいつも姉。姉の知り合いで初めて会う人も、姉の妹である私に過剰な期待をし、そして勝手に失望する。
―――なんだ、あいつの妹なのにこんな事もできないのか?
―――お前、何が出来るんだ?
常に姉と比べられて落ち込む私に止めを刺すように、姉は太陽のような、穢れを知らぬ童女のような笑顔で私に話しかけてくるのだ。
―――奈々、どうしたの?お姉ちゃんに話してみてよ。
今考えてみると、姉は純粋に落ち込んでいる私を心配して話しかけてきたのであろうが、その頃の私は能天気に話しかけてくる姉が憎たらしかった。生まれたのが1年違うだけでどうしてこんなにも差がつくのかと。
姉が在学する高校の入学式を明日に控えたあの夜。私は自室のベッドに横になり、溜息をついた。またあの完璧超人な姉と比べられる日々が続くのかと。
ウトウトと睡魔がやって来て、私の瞼を下ろしにかかった。意識が完全に落ち切る前に、ボンヤリとこんなことを思い浮かんだ。
―――明日目が覚めたら、私を『お姉ちゃんの妹』じゃなくて『山城奈々(やましろなな)』として見てくれるところで目が覚めたらいいのになぁ・・・なんて、異世界トリップじゃないんだから・・・―――
バシャアッ!!
「とっとと起きな!このねぼすけナナ!!」
ナナ・ポルックに快適な朝の目覚めを提供したのは、顔に掛けられた冷たい井戸水とこの2年で聞きなれた老婆の罵倒の声だった。
「もう!養母さん!!服がビショビショなんだけど!しかも冷たっ!」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃないよ!とっとと起きて朝ご飯の支度をする!姉さんに頼んであんたを呼び戻したのはノンビリ寝坊させるためじゃないんだよ!」
プリプリ怒りながらナナの部屋を後にする老婆。バタンと扉が閉められて部屋で1人になったところで、今の自分の状況を思い出す。
「夢・・・か」
ここはナナの故国、そして姉と比較されるだけでしかなかったあの家ではない。ここはジュノサイド神聖帝国北方、ベルティオン北域将軍領首都ラス市の片隅にある『ポルック孤児院』。
山城奈々―――いや、『ナナ・ポルック』の生まれ故郷である。
ポルック孤児院―――ラス市の外郭のさらに外側、『庶民街』と呼ばれる街並みの一角にその建物はある。築ウン十年という古い、廃棄された教会を再利用しており、現在は20名ほどの下は2才、上は15才までの子供たちが生活している。子供たちの世話をする為、ナナの朝は早い。
厨房に降りて朝食の用意を始める。
朝食に出すスープを煮込んでいると、ナナに水をぶっかけた老婆―――ポルック孤児院長エリーゼ・ポルックが杖を突きながらやってきた。
「相変わらず手際がいいね。味は・・・ふん、悪くないね」
無愛想な言い方だが、これが養母なりの最大級の賛辞であるとナナは知っている。久しぶりに作ったが、養母の合格点が貰えたことにナナの顔に笑みが浮かぶ。
「ほれほれ、メシが出来たらとっととガキどもを起こしてきな!あんたも分かってるとは思うけど、うちの朝飯は戦場だよ!」
「は~い!」
パタパタと厨房を出て子供たちの寝室に向かって行くナナ。駆けながら、昨日の朝の事を思い出していた。
シュナの朝食の配膳を終え、朝議に出席する彼の姿を見送った後、ナナは上司、テレーゼ・ポルック女官長に呼び出された。
「ごめんなさいねぇ・・・あなたもお仕事があるのに」
「いえ、女官長。私は大抵暇ですし」
このテレーゼこそ、ナナを将軍付の女官に採用した人物で、ナナの養母であるエリーゼの姉である。温和で愛想が良く、妹とは正反対の性格である。
「実は、エリーゼの事なんだけど」
「養母さんがどうかしたんですか?」
テレーゼによると、昨晩彼女の下にエリーゼからの手紙が届いたという。内容は『腰を痛めたのでしばらく休みたい。1日だけナナを貸してほしい』という事だった。
「明後日には自分の娘が来るから、明日1日だけで言いそうなんだけど・・・閣下には私から話しておくから、行ってあげてくれないかしら。今晩馬車を用意するから、それで行って頂戴」
「いいですよ。じゃあ仕事が終わったら荷物を用意しておきます」
それが昨日の朝の事。食事の用意を終えたナナは、子供たちを起こしに行く。この孤児院には12才までの子供たちは『男子大部屋』『女子大部屋』で寝起きする。それ以上の子供たちは個室、もしくは2人部屋が与えられている。15才以上になると、孤児院を出て国営の『軍務学校』の寮に入る。これが孤児院の子供たちの流れである。
「ん~・・・?あっ、おはようナナ姉ちゃん!」
「わぁ~ナナお姉ちゃんだぁ!」
「おはよ~!」
ナナが起こしに行くまでもなく、子供たちはちゃんと起きていた。まだ寝ている子も、ナナが起こすまでもなく起きている子が起こす。院長の教育の賜物である。
「みんな、起きたね~。朝ご飯食べに行くよ!」
『は~い!』
嵐のような朝食が終わり、子供たちは一斉に建物内の掃除に向かった。食事後の食器などを洗うナナのもとにも年長組の少女たちが数人残った。そこで話題になるのは、やはり一般人は知ることの出来ない将軍府内の事。
建物内の事、巷で人気の将官たちの普段の姿など、いろいろな話題がキッチンに上がったが、一番少女たちが気になっているのがやはり―――
「お姉ちゃん、シュナ様直属のメイドさんなんでしょ?」
「将軍閣下って、お姉ちゃんとどんなお話してるの?」
1ヶ月に2~3回、シュナは護衛とともに城下町にやって来ては自ら視察を行う。その為、ラス市民がシュナの姿を見かける事は珍しくない。
「うーん、そうだね・・・」
孤児院で暮らす子供たちのみならず、北域将軍領に住む臣民にとって、北域将軍シュナ・ベルティオンとは雲の上のような存在である。自分たちの最大の庇護者であり、近寄りがたい支配者。
そんな彼を一番近くで見続けているナナから語られるのは、少女たちが想像していたシュナとは全く違う、シュナの姿であった。
「そうなんだ~」
「将軍閣下って、ホントはとっても優しい人なんだ」
ナナは普段のシュナを出来るだけ語ってみたが、シュナの名誉や立場もあるため、『ニンジンが苦手』だの『膝枕が好き』などの将軍としての面目が潰れてしまうような事は伏せていたが。
「ねぇ、ナナお姉ちゃん」
ナナの話を聞いていた少女のひとりが、ポツリと口を開いた。
「ナナお姉ちゃんは、将軍様の事をどう思ってるの?」
(シュナの事をどう思っているか・・・か)
帰りの馬車の中。ナナは朝に自分に投げかけられた問いを改めて考えていた。
シュナは現在12才。後3年もすれば成人し、成人すれば継承できる爵位も受け継ぐことになり、名実ともにベルティオン公爵家を継承することになる。そして然るべき家柄の姫を正室に迎えることになるだろう。
(どうなんだろう・・・シュナの隣に、知らない女の子がいる・・・)
3年も経てばさらにシュナは美しく、凛々しく成長するだろう。そんな彼の隣に立つのが全く知らない姫君。
(なんか・・・嫌だ)
何故かはわからない。だが、胸の奥がモヤモヤするのだ。
そのもやもやの正体がわからぬまま、彼女を乗せた馬車はラス城内郭に滑り込んでいくのだった。