表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
将軍閣下の育成日記  作者: 三好八人衆
~シュナ12才の春の章~
10/37

第8話~3匹の狂犬~

何代も続く歴史ある家にもなると、先祖が遺した膨大な問題が歴代の当主にのしかかる。

それはジュノサイド神聖帝国の主たる皇帝陛下にも、はたまた領地を持たず、国から授与された爵位に合った給金を貰って生活する零細貴族にも存在する。

ジュノサイド神聖帝国北域将軍府の長たるシュナ・ベルティオン将軍閣下にも、先祖が遺した問題が立ちはだかっていた。

「・・・またあの連中か」

シュナが目を通しているのは、北域将軍領内に領地を持つブラックスラー男爵からの訴状である。彼からの訴状によれば、ブラックスラー男爵家の隣に位置する『問題児』がまたしてもブラックスラー男爵家と揉め事を起こしたらしい。

ブラックスラー男爵家は小規模の領地を持つ軍事貴族。小身なれど、神聖帝国皇帝から正式に爵位を賜っている貴族に対してケンカを売るというのは、男爵の主君である神聖帝国皇帝に対してケンカを売っているのも同じことである。本来ならば。

しかし、ブラックスラー男爵家の領地があるのは神聖帝国皇帝より治外法権を認められている北域将軍領。さらに、現在の皇帝は政務を宰相をはじめとする家臣団に丸投げしており、たとえブラックスラー男爵が伝手を利用して皇帝に訴えてもその訴状は帝都官僚のメモ紙にでも使われてしまうのがオチであろう。

男爵もそれを理解しているため、訴状を主君である皇帝にではなく、領主であるシュナに送ったのであろうが―――

「『無頼三人衆』でございますか」

「奴らめ、武功を笠に着ての横柄な振る舞いが多すぎる!陛下や閣下の権威を軽く見過ぎだぞ!」

シュナが発した『あの連中』という言葉を即座に理解した文官筆頭のウィット・マグビスと武官筆頭のバーボンス・ウラゴリオスは、苦々しい表情を浮かべた。

ウィットの口から出た『無頼三人衆』とは、シュナの祖父・ガイアの代に帰順した『ドーソン』『セヴィッチ』『アーピー』の3つの家で、元々は領内の治安を乱す山賊らの頭であった。それがガイアの代に帰順し、数々の戦で勇戦して多くの武功を挙げた。しかしその武功を笠に驕り高ぶる事が多く、3家の周辺の領主と度々トラブルを起こしている。ガイアの時代は主君に対して従順であったが、彼の没後、後を継いだシュナに対しては後継者争いでも彼に味方して多くの武勲を挙げたこともあり、度々命令を蔑にすることも少なくなかった。シュナは何度か討伐を検討したこともあったが、彼らの武勇を惜しむ武官衆から赦免を求める声が上がり、3家も謝罪をしたこともあり、討伐を取り下げてきた。

「・・・バーボンスよ」

シュナが静かに口を開いた。






将軍就任以来、シュナは自身の擁立にも協力した無頼三人衆の問題に対して特に何の明言もしてこなかった。それが三人衆をつけあがらせる結果となってしまったのだが。

「なんでございましょうか、閣下」

「3家の当主は、それぞれ何歳になる?」

「・・・?確か、ドーソン家は70才、セヴィッチ家が30才、アーピー家が27才ですな。セヴィッチ家とアーピー家は3年前に前当主が亡くなり、息子が後を継いでおります。ドーソン家の次期当主も2家の当主と同年代でございます。最近はドーソン家の当主は病気がちであるとか」

意図の読めないシュナの質問に、バーボンスは訝しく思いながらも記憶の糸を手繰って答える。バーボンスから答えを受け取ったシュナは「ふむ」と肯き、口を開いた。

「古来より、家が滅びる遠因は『女』『戦での大敗』『一族内の争い』などある。余はこのうち『一族内の争い』に勝って今の地位にある」

「閣下?」

マグビスの声掛けには答えず、シュナは淡々と言葉を紡ぐ。

「有能な一族の者は御すことが出来れば当主の力となるが、御することが出来ぬなら、それは争いのもととなる」

「そして、その者が主君に対して忠実であったなら、その家は強くなる。だが、その者が反抗的であったなら・・・?」

シュナは小さく嗤った。目に見えぬ哀れな者をあざ笑うように。

「のぅ2人とも。人間の業とは深いものよの」






無頼三人衆のひとつ、ドーソン家の当主デビット・ドーソンは若い頃から勇猛果敢な武人として、3代の将軍に仕えてきた。しかしそんな彼も晩年に入り、跡継ぎの事を考えるようになっていた。

神聖帝国の法では、後継者については当主、当主が何らかの事情で決められない場合は重臣たちの会議で決め、その家の直属の盟主(四方将軍など)がも承認するものと定められているが、特に男性でなければならない、女性でなければならないという事はない。しかし大抵の場合、年長の男子が継ぐことになる。

しかし、当主に男子がおらず、女子しかいない場合には当主は2つの選択肢を取る。娘を当主にし、他家の男子を婿に向かえるか。もしくは当主の兄弟の子、つまり甥の中から有望な人物を養子に迎えるか。その際、娘は甥、つまり従兄弟の妻になるか、他家の男子の妻に出される。大抵は後者が選ばれるが、前者と後者の違いは女性が権力を握れるか否かである。前者の場合、女性がその家の政務・軍事決定権などの権限を握り、後者の場合は前当主の養子になった男性に当主の権限が移る。ほとんどの女性は、後者の決定に従うが、一部にはその決定を不服に思う者もいる。

「・・・ハンナ殿ですか」

「デビット殿の長女か。確かドーソン家の子分の家の当主に嫁いだと聞いているが・・・」

ハンナ・ドーソンと言えば、北域将軍府内では知らぬ者のいない猛女である。父デビットの武才を受け継いだ人物で『この娘が男であったなら、大陸史に名を残す名将になっただろうに』とデビットが溜息を吐き、それに対して彼女が『何を仰いますか、父上。この身は女なれど、男などに負けぬところをご覧にいれましょう』と軍務学校卒業後、領主の子としては異例の一兵卒として盟主であるベルティオン家の軍務に従軍し、初陣にて敵将3人を一騎打ちで討ち果たすという大功を挙げて時の将軍であるガイア・ベルティオンに激賞されたというのは有名な話である。

「そのハンナだ。最近、夫と離れてラス城のドーソン家屋敷に居座っているのは知っているな?」

夫と離婚したという事ではなさそうだが、彼女の夫はラス城に屋敷を構えるほどの力は無い為、実家の屋敷にいるらしい。ここ最近、頻繁にシュナのもとを訪れては何かを話し込んでいるというのは2人とも知っていた。話の内容はこれまで語られていなかったが。

「話の内容は簡単よ。実父の後を継ぐあのお騒がせ男・・・自分の従兄弟の讒言よ」

デビットの後継者であるケビン・ドーソンこそ、将軍府重臣を苛立たせているお騒がせ男である。

「勇猛果敢なれど、凶暴な性格の男だと聞いております。養父のデビット殿は勇猛な点を気に入って後継に指名したようですが・・・」

「あのような狂犬の飼い主に、余はなってやるつもりはない。良い火種がやってきたことだしせいぜい3匹の狂犬どもが共食いをするようにしてやろう」

3家の当主・当主後継は似た者同士である。それを『狂犬』に例え、『共食い』させ、そして『良い火種』とは―――?

それ以上口を開かず、黙りこくってしまった主君の真意を読み取ることが出来ない将軍府を支える2人の重臣は、ただただ顔を見合わせて困惑の表情を浮かべるだけであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ