大魔術師の願い。
ここは、王都セリアス。
現在大陸屈指の旺盛をみせる。シルドール王国の首都である。
賑やかな喧騒がが聞こえる大通り。
その道に沿う様に屋台が並ぶ。
ある人は朝に採れたのであろう、瑞々しい野菜を売るために声を張る。
その向かいでは、ホロイン鳥の串焼きだろうか?その鳥と牛の間のような味をした肉の串焼きを焼きながら、この串焼きが如何に美味しいのかを周りの行き交う人々に大きな声で伝えようとしている。
また、広場の前では大道芸人が鍛え上げた数々の曲芸を披露し、拍手を浴びながら投げられる鉄貨や銅貨、たまに飛んでくる銀貨を大きなボールに乗りながら器用にキャッチをしていく。
近くの酒場では、まだ昼前だというのに鎧を着た人達が笑い合いながら酒を飲み交わしている。
魔物の革をベースにした鎧からして冒険者であろう。
「あぁ、ワシにもあのような時があった。」
と、そちらを見ながらアウェル・ローウェンは呟いた。
それは、若さへの羨望であろうか?
それとも、仲間と騒いだあの時代への懐古の念であろうか?
それも有ったのは間違いはない。しかし、アウェルの胸にあったのは誇らしさである。
「さて、準備も整ったしのぅ。ぼちぼち行こうかのぅ。」
そう言って、席を立つ。
「もう、行っちゃうのかい?アウェルさん。」
老人より15.6歳ぐらい若い店主が寂しそうにそう尋ねる。
「あぁ、もうワシのする事はなにも無いしのぅ。お前さんも先代の味をよく守っておるの。美味かったぞ。」
銅貨を5枚、先代から変わらぬ値段と味。
それを守り続けている店主。
あんなに五月蝿く冒険者になる。と騒いでいた店主も、もう娘が居る歳であるのかと少し思う。
「…………ありがとうごさいました。」
店主は、引き止めようとして右手を伸ばしかけたが、それを左手で抑え代わりに深々と頭を下げる。
昔から、先代のメシをよく食べにきてくれており、来る度に、まだ小さい店主の頭を撫でながら先代に美味しかったぞ、また来るわ。と声をかけてくれた。
悪徳商人に騙され、権利書をなかば無理矢理奪われそうになったときも助けてくれた恩人。
先代が死んだとき、黙って泣いてくれた先代の友人。
店主は知っている。もう、あの老人がここへ来ることは無い。
店主は老人が見えなくなっても、そのまま暫く頭を下げ続けた。
喧騒を背に城門に向かって歩く、1人の老人、その出で立ちは、昔は黒かったであろうと匂わす、少し心許なくなってきた白髪と澄んだ綺麗な青い瞳。
動きやすそうな茶色の革のズボンと使い込まれたボロいブーツ、上半身は白いシャツ、その上から黒いローブを羽織り腰には貧相な杖を一本あとは片方の肩で背よえる小さめの布の袋である。
あとはその胸ポケットに小さな布袋のお守り。
決して裕福には見えない。
しかし、未だ一向に曲がる気配の無い背筋のせいか、それとも老人の胸にある誇らしさのためか、実際の身長より少し大きくみえるその姿は、何処か気品が漂う。
この日、王都から『竜殺し』、『救国の英雄』、『万知を手に入れし大賢者』様々な2つ名を持つ希代の英雄、大魔術師アウェル・ローウェンが姿を消した。
アウェルはある小国の田舎の小さな村の農民の家の出身である。
産まれたときから膨大な魔力をその身に宿し、他の村人からは怖れられ疎まれた。
しかし、アウェルの後、子宝に恵まれなかったこともあるだろうが、両親はアウェルに大きな愛を注いでくれた。
貧しくはあったものの、アウェルは幸せだった。
8歳の時、村に飢饉が襲った。
裕福でなかったアウェルの家はたちまち明日食うものにも困る様になった。
そんな時、家に1人の老人が訪ねてきた。
老人は魔術師だと名乗った。そして、大金を差し出しアウェルを養子にもらいたいとも。
それは、両親にとって喉から手が出るほど欲しいものだったはずだ。
まだ、貨幣の価値もしっかり分からないアウェルにだって、庶民が一生見ることのない額であることが分かるほどに。
しかし、両親はそれを拒絶した。
アウェルは嬉しかった。
子どもを売るのが珍しくない世界でこんなにも自分を愛してくれる両親がいることが嬉しかったのだ。
だからこそ、アウェルは進んで魔術師に着いて行こうとした。
両親に飢えるようなことにはなって欲しく無かったから。
両親も始めは納得しなかったものの、アウェルの必死の説得に負け、魔術師になれば将来も困らないだろうと渋々ながらアウェルを見送った。
別れのときに辛くなったらいつでも戻ってきなさいと囁きながら。
アウェルは魔術師の家まで連れて行かれた。
そこは、鬱蒼と木が茂る森の拓けた場所で、小さな泉と家があるだけのとても神秘的な所であった。
魔術師は改めて名乗った。
名をクリフ・ローウェンだと、お前は今日からアウェル・ローウェンだとも。
自分は世を捨て隠遁した魔術師で、今迄培った全ての技術、知識を伝えるためにアウェルを貰ったのだと、その全てを使いこなし、覚えるまでは、この森を出ることを禁ずると説明した。
アウェルは頷いた。つまり早く覚えれば両親の元に帰れるのだと。
次の日から修行は始まった。
クリフは厳しかった。
決して子供だからと手を緩めることはしなかった。
想像を絶する苦痛をともなう修行。
精神が崩壊しそうな苦行。
一歩間違えれば死に直結するような鍛錬。
などを当たり前のように強要した。
アウェルは泣きながら、血反吐をはきながらもそれらの訓練をこなした。
合間にはクリフの知識の全てを詰めこもうと努力した。
クリフはとても厳しかった。だが、同時に大きな愛情も注いでくれた。
まるで本当の息子のように。
食事の世話などは全てしてくれたし、毎晩アウェルに驚く程、傷に効く薬を塗ってくれた。
一度アウェルが高熱をだした時も一晩中、甲斐甲斐しく世話を妬いてくれた。
10年が経過した。
アウェルはついにクリフの全てを受け継いだ。
クリフは喜んだ。
始めは、例え、アウェルの才能を持ってしても20年の歳月は必要だと思っていた。
それを、たった10年でやり遂げてしまった自分の想像をこえるアウェルの才能に、努力に。
全ての荷が降りた。と笑ってくれた。同時に少し寂しそうでもあった。
クリフは最後の試練だと言い一匹の魔人と戦わせた。
その魔人は強かった。魔法を自在に操り高い攻撃力と機動力も持っていた。
一晩は戦い続けたであろか?
アウェルは傷だらけになりながらも魔人に打ち勝った。
それは、修行の終了と同時にクリフとの別れを示していた。
クリフが目の前で死んでいたのだ。
クリフの様々な魔道具でブーストした幻術は、クリフの全てを受け継いだアウェルにも見破れなかった。
アウェルは初めて人を殺した。尊敬する師であり、自分を息子同然だと言ってくれた人を。
アウェルは泣いた。
どうしてだ?とクリフを罵った。
結局、今になってもどうしてだったのか、わからない。
寿命を悟り、このまま無為に死ぬよりはと思ったのか。
はたまた、この魔術は一子相伝であったのか。
だけど、この歳になって少し思う。クリフは全てをやり遂げたのだと。
そして、最後は最愛の者の手で死にたかったのだろうかと。
最愛の者の為に死にたかったのだろうと。
事実、アウェルはクリフが健在であればあの場所を離れようとはしなかっただろう。
また、クリフもそれを止められなかっただろう。
もちろん、一度帰郷して両親は連れて来ただろうが。
どれくらい泣いたのかはわからない。
どれくらい罵ったのかもわからない。
アウェルは気付けばクリフの家の前まで戻ってきていた。
10年を過ごした場所だ。自然と足が向いたのだろう。
家の中に入れば、冷めた食事と片方の肩にかけれる程度の小さい布の袋、何時もの傷薬、それと一つの手紙が置かれていた。
布の袋は空間魔法を付与した見た目以上にものが入る魔道具だ。
今やアウェルにも作れるが、クリフからの大切な送りものだろう。
手紙には、この家と場所は好きにしろ。ということと、たった4行の短い文が書かれていた。
ありがとう。最愛の息子よ。
この10年は本当に幸せだった。
願わくば、どうか前を見て進んでおくれ。
ありがとう。
アウェルは泣きながら食事を貪った。
あれだけ泣いたのにまだ涙がでるとは、何処か感心しながら。
そして、傷薬を身体に塗りたくり泥のように寝た。
次の日、アウェルは、クリフの遺体をベットに寝かせ、旅の支度を整え、この10年間お世話になった場所を離れた。
今でこそわかるが、あの場所は強力な結界が張ってある。
恐らく竜種であろうと見つけることはできまい。
アウェルにはあの場所をどうするつもりもなかった。
あの場所はクリフの場所だと思ったからだ。
アウェルはゆっくりと歩きだした。
何処か、清々しい顔で。
クリフの望み通り前を見て。
アウェルは故郷に戻ってきた。
しかし、そこに自分の居場所は無かった。
両親はすでに他界していたのだ。
村の人に聞いたところ、流行り病でのことだったらしい。
最後までアウェルのことをきにしながら。
アウェルは泣きはしなかった。
両親との記憶が薄れたからではない。
悲しみの感情が麻痺していたからでもない。
前に進むことを決めたからであろう。
代わりに村の人が作ってくれた両親の墓の前で手を合わし祈った。
深い感謝と旅立つことへの報告のために。
アウェルは村の人に両親の墓を作ってくれたことを感謝して、村を出た。
まずは、世界を見てまわろうと考えた。
自分のやりたいこと、前に進めるための居場所を見つけるために。
一年をかけてさまざまな場所を放浪した。
まず、1番始めの街では、料理の美味しさを知った。
クリフの料理も美味かったが、また違う趣きがあり新鮮な衝撃であった。
そして、冒険者となった。
金は十二分にもっては居たが、1つの街に最低でも何日か逗留はするし、路銀を稼ぐ術は必要だとかんじたからだ。
4つ目の街では、人の汚さを知った。
知らない街の案内をかってくれた親切な男に騙され攫われかけた。
もちろん、返り討ちにはしたのだが。
6つ目の街では、無力さを知った。
街中でスリに会い。捕まえたものの犯人はスラムに住む小さな子どもだった。
なんとかしてやりたいと思った。しかし、お金を渡してもそれは一時のためにしか成らない。
かといってこの子は魔力もたいして持たない普通の子である。自分に着いて来るのも無理だろう。
それに、スラムの子どもはこの子1人ではない。全てを面倒みるのは無理だ。
結局金貨を何枚か渡し、その場を後にした。
後日、その子は死んでいた。強盗に合い暴行にあったのだろう。
スラムの子が金貨など持っていたのだ。当たり前だ。
アウェルは自分に憤慨した。
自分への慰めのようなものでその子を殺してしまったのだと。
9つ目の街では人の逞しさに触れた。
ひょんな事で孤児院でお世話になったのだが、そこでは皆が逞しかった。
歳下の子供を一生懸命お守りする女の子。
孤児院の為にちょっとでもお金を稼ごうとする男の子。
子供たちの為に懸命に走りまわる院長。
アウェルも連日のように動物や魔物の肉を持ってきた。
また、素質のある子達に武術と薬学を教えた。
今度は与え過ぎないように。
結局、孤児院には4ヶ月ほど滞在した。教えることも有ったし、何より楽しかった。
出て行くときに、院長にお金を渡した。
結構な大金ではあったが、ここならば子ども達の為に自分より上手に使ってくれるだろうと判断したからだ。
死なせてしまった。あの子への罪滅ぼしの気持ちも有ったのかもしれない。
この頃にはアウェルはB級の冒険者になっていた。
依頼を受けた回数が少ないゆえに、B級で止まっているのだけなのだが。
アウェルは強かった。
それは、異常な程に。実践の経験ほど大量にあるわけでは無かったものの、その実力は人の枠を飛び越えていた。
旅に出て一年半もたった頃だろう。
街から街への商隊護衛依頼で獣人族の女冒険者と一緒になった。
名をソフィーナという。
金の髪に茶色の瞳。
鼻筋が綺麗に通った娘だ。
ソフィーナも世界を旅してまわってるのだといった。
話の馬があった。
今まで見てきたこと、感じたこと、考えさせられたことなどをお互い話あった。
途中、盗賊の襲撃もあったが、ソフィーナも十分な強さを持っているのがわかった。
彼女も、アウェルの強さに驚いたようだ。
商隊護衛依頼の後、2人は共に行動する様になった。
ソフィーナは剣士であったので、アウェルとの相性もよかったのもあるだろう。
何よりも気が合った。
2人は依頼を受けながら、色々な場所へ旅をした。
楽しい思い出の場所も出来た。
悲しい思いをした所もあった。
それでも、2人はお互いを支えあい、尊敬し合った。
また、2人は良く話した。
どちらも寡黙な性格でもない。
ある時。2人組の冒険者と出逢う。
1人は大きな身体に傷の入った顔を持つ大柄の戦士。マルクと名乗った。
もう1人は、どこか気品のある青年。
弓を持っているところからアーチャーであろうと推測できる。名前をリアルドと紹介された。
アウェルの見るところ回復系の神聖魔術も使えそうだ。
共にBランクであるらしい。
その時、アウェルは、20歳を超え体力的には、まさに絶頂を迎え始める時期に成っていた。
ソフィーナもこの一年でアウェルに影響されたのか、その腕を大きく伸ばしていた。
冒険者ランクはA級。特別な功績が必要なS級の特別ランク除く最高ランクだ。
冒険者としては、超一流の証でもある。
2人には、それぞれ少し気恥ずかしい二つ名もつけられていた。
戦士が言った、共に旅をしようと。
アウェルとソフィーナは、急な提案には驚いたが何度か共に依頼を受け、よく話をした結果、共に旅ををすることに了承した。
それからの冒険の旅は今でもアウェルにとっては最高の思い出だ。
4人は旅をした。
時には、凶悪な魔獣を討伐し多くの報酬を受け取る。
時には、魔獣の襲撃から街や村を守った。
またある時は、小さな女の子の遠くに住む母に会いたい。と言う願いを叶えるため無償で護衛を引き受けた。
ヒーローを気取り悪徳領主の悪事を暴いたこともある。
マルクとリカルドのA級昇格で一晩中飲み明かしたこともある。
少し調子に乗り、古代竜に追いかけられ足留めに足留めを重ね逃げ切ったのは苦い思い出だろうか。
4人は最高の仲間だった。最高の家族であった。
互いに支え、教えあった。
アウェルは魔術を。
ソフィーナは剣術とまだ見ぬ獣人の里の風景を。
マルクはその豪快な生き様を。
リカルドは足りない常識を。
アウェルが25歳のとき、4人が滞在していた国に古代竜が迫ってきていた。
国王が欲から古代竜にちょっかいを掛けたのだ。
4人は討伐に出た。もちろん、4人といえども勝てる保証など何処にもない。
前回は命がけで逃げたのだ。
かと言って他の人を連れて行くと足手まといなのだ。
護らなければいけない人が増える上に、動きが制限される。
相手は世界最強種の竜種。ましてやその頂点古代竜だ。
並の兵士など古代竜の前では立つことすらできまい。
その攻撃は、かするだけでも人を殺す。
そのブレスは万の兵を焼く。
闘いは熾烈を極めた。
その竜は炎の古代竜であった。
ソフィーナが注意を惹き、撹乱する。
マルクが竜の比較的鱗の少ない急所を力任せに切り裂く。
リカルドは、回復と弓での援護。
アウェルが大技を叩き込む。
戦いは十数時間にも及んだ。
古代竜も皆も既にまともに動ける状態では無い。
ソフィーナが足を取られる。
限界だった。
走り回り、飛び回る。極限の緊張の中で十時間以上もできたこと自体が異常なのだ。
古代竜の行動は速かった。
勝機を逃すものかと、ソフィーナに対し渾身のブレスを吐く。その炎は無常に全てを燃やし尽くす炎だ。
ソフィーナの顔が絶望に歪む。
アウェルは気付けはソフィーナの前に飛び出していた。もう何かを失うのは嫌だった。
気付けば、マルクに背負われていた。
ソフィーナもその横を心配そうにアウェルを心配そうに見つめ歩いている。
アウェルは尋ねた。何故俺は生きている?古代竜との闘いは夢だったのかと。
皆はアウェルを落ち着かせながら、ゆっくりと話してくれた。
ソフィーナの前に立ったアウェルは見たこともない魔法をブレスに叩きつけたのだと、その魔法は古代竜のブレスを押し切りそのまま古代竜にとどめを差したのだと。
人が竜のブレスに打ち勝ったことなどない。高名な魔術師が魔道具でブーストをかけても結界で己が身を守ることやブレスの方向を逸らすので精一杯だ。
ましてや古代竜のブレスなどそれすら不可能だ。
それに押し勝ち、古代竜にとどめまで刺した。さながらそれは神話のようであったと。
この日4人は英雄になった。
華やかな祝宴会はアウェルにとっては居心地の悪かったものの、近くに仲間が居てくれると思うと心強く、乗り越えることができた。
国に仕えることは4人とも断った。
4人は共にS級となった。
その夜、アウェルはソフィーナに告白をした。いや、プロポーズであったのか。
ソフィーナは驚いていたものの二つ返事で了承してくれた。
しかし、4人の旅はここまでだった。
マルクとリカルドが国にかえらなければならないと言ってきたからだ。
リカルドはある小国の皇太子、マルクはそこの騎士団の副団長をしていた。
話しを聞くと、アウェルの故郷の国だった。
何故そんな身分の人が冒険者などやっているのかは、わからない。リカルド達にも理由があったのだろう。
あまり踏み込んで聞かなかったのは、友への敬意か事実が飲み込めなかったのか。
こうして2人は去った。
アウェルとソフィーナは話し合った結果、ここで旅を一度終えることにした。
そして、アウェルとソフィーナは結婚し、報告のためにソフィーナの故郷を訪れた。
始め、ソフィーナの父は怒りアウェルを殴ったが、最後には認めてくれた。
泣かせるなと泣きながらいわれた。
それから2人はアウェルの故郷で静かに暮らし始めた。
静かではあったが満ち足りた時間だった。
子供たちに、アウェルは魔法と薬学を教え、ソフィーナは剣を教えた。
他愛もないことで笑い、泣いた。
アウェルの鈍感さゆえに、怒られしばらく口を聞いてくれなかったこともある。
偶然見つけた花が綺麗だったので持って返って渡すと、とても喜んでくれたこともあった。
プレゼントのお返しとブーツをくれた。
人族と獣人族の間に子は成せない。
それでも、アウェルは幸せだったし、ソフィーナ以外は考えれなかった。
ソフィーナもまた、貴方がいればそれでいいと微笑んでくれた。
アウェルは満足だった。クリフに言われた通りに前に進めたのかは分からないが、護りたい人と生活を手に入れることが出来た。
ゆるやかに幸せな時間は過ぎてゆく。
アウェルが35歳になる歳、1人の男が家を訪ねてきた。
マルクだった。
当時の粗野な印象はなく、面影を残しつつも精錬された騎士の出で立ちをしている。
2人は喜んでマルクを迎え入れ、思い出話に花を咲かせた。
マルクも嬉しそうだったが、その顔には少し影が差していた。
マルクは急に黙ると、おもむろにリカルドからの手紙を差し出した。
そこには、戦争への招集の紙と巻き込んでしまう事への自分への不甲斐なさ、そして、平和な生活を壊してしまうであろう事への謝罪の手紙が入っていた。
マルクは、隣国の大国が戦争をしかけてきた事を説明した。目的はこの国の植民地化だという。
戦力差は歴然だ。
このままでは、戦にもならない。
蹂躙されて終わるだろうと。
少しでも力がいる。恥を忍んで頼みにきた。と頭を下げた。
アウェルは悩んだ。
非常に不利な闘いになるであろう。
自分も10年前の様には動けないだろう。
自分達だけならどうとでも逃げきれる。
しかし、アウェルは参加を決断した。
故郷のため、国のため、何より家族に等しい友人達のために。
ソフィーナには故郷に帰るように伝えた。
しかし、ソフィーナは
「私は常に貴方の側に。それにここはもう私の故郷です。」
と言いきった。その瞳に強い意志を持ち。
アウェルは妻の愛を感じ、絶対に君は護るといった。
ソフィーナは嬉しそうに微笑み、護るのは私の方ですよと言った。
戦争が始まった。
アウェルは獅子奮迅の活躍をみせる。
戦いに出れば確実に敵の大将倒し、捕まえ持ち帰り。
救援に駆けつければ、その戦線を瞬く間に押し上げ。
防衛に出れば城壁の上から万の敵を焼く。
また、薬学の力で高い力の回復薬を作り、広めた。
その傍らには常にソフィーナが控えアウェルを守る。
多くの人を殺めながら、それでも、ひたすら魔術を使う。
自分の大切なもののため。
アウェルは戦争に大きく貢献した。
それでも、敵は大国、数は圧倒的に有利である。戦争は5年にも及んだ。
地位もそれに応じて大きくなった。
当然、敵はアウェルを意識する。
ある時、砦に10人もの敵が忍び込みアウェルとソフィーナの寝込みを決死の覚悟で襲いかかってきた。
手練れだ。冒険者であれば1人1人がA級は間違いない。
どうやってアウェルの結界をくぐり抜けて来たのかは未だ謎である。
アウェルの疲れか、それとも、老いのせいか。
あるいは、その両方か。
それでも、アウェルとソフィーナは懸命に戦い勝利した。
最後の1人が倒れる。
ホッと息を抜いた瞬間、死体の中から一つの剣がアウェルに向かって飛び出してくる。
完全に不意を疲れた。
アウェルは体捌きも優秀である。A級と遜色ないくらいは。
しかし、それは人の域を出ない。
死んだなとおもった。しかし、次の瞬間ソフィーナがアウェルを庇い剣をその胸で受け止める。
寝込みを襲われたのだ。当然鎧などつけてはいない。
ソフィーナが膝から崩れ落ちる。
ピクリとも動かない。
アウェルは敵に止めを刺し、直ぐに治療師を呼び薬で延命を図ろうとした。
そう、アウェルは回復魔法を知らない。
回復魔法は神聖魔法の領域だ。
神に祈り、その祝福を受ける。
アウェルは神に祈らない。
傷を見たとき、これは駄目だというのがすぐに分かった。
心の臓がやられてる。
心の臓がやられては、回復魔法であっても、どんなに高い治癒力を持つ薬でも駄目だ。
それでも、懸命に延命しようとする。
ソフィーナが弱々しく目を開けた。
奇跡であろう。心の臓を貫かれたのだ。
ソフィーナは、必死で延命しようとしている夫の手を握り、
「よかった。あなた。」
と、一言だけ呟き、その生を手放した。
アウェルは手の中で冷たくなる妻を抱きながら、神を恨む。
私を死なせてくれれば良かったと。
また、貴方は私の大切な人を奪うのかと。
両親、師匠のみならず、最愛の人まで。
アウェルは狂いそうになった。
鎮めるために敵を殺した。
殺しに殺し、単身で敵の城まで攻め入った。
勿論、いくらアウェルでも単身で大国を落とすことは不可能だ。
魔術は人の域を飛び越えようともその魔術を行使するのは人の身体。
ただ、アウェルは死んでも良かった。
これは、自殺みたいなものだ。
しかし、アウェルは傷だらけになりながらも国を落としてしまった。
敵国も限界だったのだ。恐らく、あの10人が最後の最高戦力だったのだろう。
王の前まで辿りついてしまったアウェルは、ただ死ねなかったと感じただけだった。
アウェルは王の手足を折り、リカルドの前までひこずって行った。
その後は速かった。
リカルドはすぐに戦争の勝利の報をだし大国を飲み込み、内政に走り回った。
アウェルは救国の英雄となり、多くの領地を褒美として与えられたが、子も居ないし後妻を貰うつもりもないとそれを断った。
リカルドはそれでは面目が保てぬ。と言ったが、アウェルはそれがワシの我儘じゃと言って笑った。
結局、アウェルは王の相談役として大層な肩書きを賜った。
アウェルとしても、ソフィーナの居ないこの世に未練はないが、後を追うことをソフィーナは許してくれないだろう。
ソフィーナに守られたこの命、2人な友人の為に使おうと思い受け入れた。
ソフィーナの葬儀は3人で執り行った。
神聖魔法を使えるリカルドが神父をしてくれた。
遺灰の一部は丈夫な布で作られた小さな袋に入れた。
お守りとして、いつもアウェルの胸ポケットに仕舞われている。
戦後、リカルドは内政に励み国を経済的に豊にした。
マルクは荒れた治安を安定させ、民に安心を与えた。
アウェルは魔術と薬学を教え、国を強くした。また、戦後直後に国を狙う隣国には大きな牽制となった。
それから、30数年、もういいだろう。とアウェルは考える。
この国は充分に富んだ。
自分のする事はもうない。
マルクも老衰で亡くなった。
リカルドも息子に後を譲り、王位から退いた。
魔術についてもあとは弟子達がやる。
よく出来た弟子たちだ。
アウェルの全てを受け入れる器はなかったが、魔術師としては充分に一流だ。
自分の魔力も随分と衰えた。あと、2年もせずにこの世を離れるだろう。
ふと、アウェルは過去を振り返り、思う。
あぁ、確かにアウェル・ローウェンは英雄だ。若き日に古代竜を屠り、戦争では万の敵を焼き、敵国の城を落とす。戦後には魔術と薬学を伝えた。
確かにそれは誇れることだ。故郷を守り、友を支えた。
しかし、皮肉なものだ。愛する人を誰1人守れなかった。最愛の人さえも。いや、守られてばかりだったと。
あとは、何をしよう。
するべきことは全て終えた。
アウェルは閃く。
そうだ、旅に出よう。
旅は全てを与えてくれた。
最愛の人を友を。
最後まで前に進もう。
旅の中で死のう。
最愛の妻と共に。
クリフに貰った布袋、ソフィーナから貰ったブーツを身につけアウェルは旅立つ。
胸のお守りを撫でながら。
10年後、南の地方の獣人族の国で人族の正妻を持つ獣人の王が即位した。
その国では人と獣人が手を取り合って営みを築いていた。
王妃は元々、ある人族の国の貴族の娘だ。
王との熱愛の果て駆け落ちをした。という壮大なロマンスを持つ。
王はこの話をするとき、必ず旅の途中で最大の危機に会ったときに助けてくれたボロいブーツと小さな袋をせよった老魔術師の話をする。
末代まで伝えるとかってに誓ったのだと。
その国の街中で、家を隣同士に持つ2組みの仲の良い夫婦があった。
片方は獣人の夫婦、もう1組は人の夫婦だ。
今日お互いの家で、子供が生まれた。
獣人の家では、金色の髪に茶色の瞳、鼻筋が通った女の子。
人の家では、黒い髪に澄んだ青い目の男の子。
2組の夫婦は喜んだ。
きっと、仲良く元気に育ってくれると。
本作をお読み頂きありがとうございます。
この短編は、作者が文を書く練習をするために書いた作品です。
不快になられた方は申し訳ありません。
始めは、老人アウェルが旅立ってからがメインの物語だったのに何故かこうなりました。ほんと、何故だろ?




