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過去話、知恵の実騒動

知恵の実騒動。別名林檎ショック又は裁縫反乱etc


エターナルエデンで起きたある事件の名前である。この事件は生産職には新たな可能性を示し、それ以外の職には生産の大切さを示したエターナルエデンの一つの転機でもあった。


騒動の切っ掛けは一つのアイテムから始まった。そのアイテムの名前は『知恵の果実~林檎~』。序盤から習得可能である特殊な方法で採れるそのアイテムには他のアイテムにはない特殊な効果があった。


一回の戦闘が終了するまでの間ステータス能力値DEXを+1させたのである。


何があったかを語る前にこのDEXについて少しだけ話をしよう。


MMOにおいてステータス能力はHPは体力、MPは魔力、STRは攻撃力、VITは防御力、AGIは素早さ、INTは知識に例えることができる。そしてこの中でも一番の曲者はDEXだった。


DEXに割り振られた能力は一言で表すのなら器用さ。戦闘面においては命中率やクリティカル補正がはいり易くなるものであった。


ここまで聞けば別にどれだけDEXに補正が入っても生産職には関係ないように聞こえる。だがそれは間違っていたのだ。


エターナルエデンはただのMMOでは無くてVRMMOであった。それはつまり無闇矢鱈に攻撃したらクリティカルが出たり、ボタンをクリックし乱数の結果攻撃の判定があったりするのではなく、プレイヤーが自身で行動し発生させねばならなかった。だからDEXの価値は戦闘職にはあまりよくなかった。時間制限で攻撃力に補正が入る料理が存在していて、しかも知恵の果実で補正がかかるのは一回の戦闘終了までの間だけ…手に入れるのはそこまで難しくないがそこまでの価値を見いだされなかった。


だがあるプレイヤーはこれを集め、使用する事である偉業を達成する。


その偉業とは個人による初めてのフロアボス最速単独撃破。


当時のエターナルエデンは新フィールド『風の迷宮』が実装され、初めてのワイバーン等の下位の龍種、それの上に君臨する韻龍テンペストにプレイヤー達は苦戦していた。韻龍テンペストは厚い鱗に護られ、その口から放たれるブレスは僅かに当たるだけで当時合金の二つ名を持って居たプレイヤーですら大きくHPを削られたのだ。タンク役ですら半分以上HPを削られるのに火力特化のプレイヤー達は一撃で即死するのは当たり前であった。


そんな廃人達ですらお手上げだった韻龍テンペストはたった一人のプレイヤーによって討伐されたとワールドボイスで発表された時、エターナルエデンに激震が走った。チーターが倒したやトップギルドのトップが秘密兵器を用いて討伐したのだと様々な憶測が飛び交う中で運営に一つの動画があげられる。


『韻龍テンペスト討伐動画』


第三者視点から撮影されたその動画を見てプレイヤー達は信じられないモノを見る。


韻龍テンペストのブレスを漆黒のコートで全身を隠したプレイヤーが撃ち返したのだ。


たった一本の金槌によって。


動画は一方的な試合展開であった。テンペストがブレスや羽による暴風、風魔法を放てば漆黒のプレイヤーは撃ち返してテンペストを地に叩き落とした。

接近戦を仕掛けようとしたら金槌一本で空を飛び交い距離を取る。


一時間もしない内に韻龍テンペストはプレイヤーに傷を一つつける事なく倒されてしまう。


そしてその後の行動が後の林檎ショックとも呼ばれる現象を起こした。


シャリ…


テンペストの死体に乗って漆黒のプレイヤーがアイテムボックスから取り出した黄金の林檎を食べたのだ。そう、それはクズと呼ばれていた知恵の果実だった。


動画はそこで終わり掲示板は荒れに荒れた。公式が発表した時点で一切のチート使用が認められなかったのは誰もが理解していた。ブレスを跳ね返したあの金槌は何なのか、何故金槌を叩きつけただけで一部の職の特権であった空中飛行をあそこまで自由自在に操れたのか。ライトユーザーからヘビーユーザーまで等しくそう思った。


そして最後に食べていたあの林檎には何の意味があったのか。


その答えは解析組の報告で詳細がわかった。


まず簡潔に結果だけ言うと知恵の果実はチート級のアイテムだった。DEXが1000を越えたプレイヤーが作るアイテムには素材本来の力を10全に引き出し、最良のアイテムが作成可能だったのである。これは後に実装される神界大戦の為に仕込まれていた仕様であった。運営側は能力の試験とBOSSクラスのエネミーの上限能力値を上げる為に実装しており、プレイヤーがこれを利用するのはあと一年は掛かると予測されていた。


だがプレイヤー達は気がついてしまった。気付いてしまったが故に林檎を求めてしまった。


その結果が知恵の果実騒動。序盤のエリアに大勢のプレイヤーが押しかけて林檎を求めた。500オーブで買えた林檎の価値はその100倍の一個五万で売買される事になる。その当時のトップ生産者達の平均DEXは105。武具職人は戦闘をある程度でき、魔法武器作成の為にINTや金属をより強く叩きあげる為にSTRに極振りまでとは言わないが中心にあげていた為にDEXがあげられていなかった。だがここで台頭したのは日の目を浴びていなかった裁縫職人達であった。


彼等が扱う魔法糸は魔法特化の魔法使い達が素材の調達をしてくれる為、無駄にINTに振られる事はなく、弓や短剣などを持ち後衛をこなしていた彼等はSTRを上げる事もしなかった。なら何を上げていたのか…彼等は罠筈しや索敵、本業の裁縫に関して補正の入るDEXを上げていたのである。最高450でトップを走る数人達は400以上あったのだ。ある意味で盗賊や狩人等の支援職よりも彼等はDEXに関して特化していた。だが彼等は今回の林檎ショックで争いを起こさなかった。彼等は知っていたのだ。争っていても意味がないと、ここで大事なのは結束する事なのだと。そして彼等は他の職が知らない真実を知っていた。


そう彼等は漆黒のプレイヤーが誰かを知っていたのだ。


だから彼等は解析組が解析をする前にできるだけの情報を漆黒のプレイヤーからある条件を交わして聞き出し林檎の意味を理解し、勘付いたプレイヤー達よりも先に市場から買い叩いたのである。その数合計で65万個を越えていた。しかも彼等は一斉にそれだけの数を買い占めた。それでも市場には三分の二の林檎が流通していたが彼等は必要最低限の林檎だけで留めておいたのだ。林檎よりも価値がでる情報を先に入手し自分達に常に報いてくれていた魔法職に最大の恩恵を与え、寄生虫と呼び蔑んできた一部の生産者や廃人達に一泡を吹かせる事で彼等はまとまっていたのである。


そして彼等はどの生産職よりもはやくどの素材が必要になるのかを知り、それを集めたのだ。希少性の割りに素材が使えないとされていたラクススライムや特定部位破壊のみでしか入手できない素材を持つエルフェレス等の素材を解析組が情報を出す前に買い叩いた。結果、裁縫職人のギルドは軒並莫大な利益をあげる。


裁縫職人の廃人達は漆黒のプレイヤーとの契約によりその莫大な利益をフルに活用しある物の発明に成功する。


自動殺人人形(オートメイトキリングドール)。後にこれを使った最強の一角を担うプレイヤー、『殲滅の亡霊人形』を筆頭に数々のプレイヤーに愛される武器であり友であった。


彼等が作り上げた当時の最強の人形達のシリーズ名は『殲滅人形』であった。これは殺人人形達のお披露目が三ヶ月に一回あるプレイヤー達によるPVPの特別ルール、バトルロワイヤルでのお披露目した時からそう呼ばれるようになった。


殲滅人形の制作に関わった廃人は9人。各々が10体の人形を己の欲望のままに素材をふんだんに使用して作り上げた。そして産まれたのが90体の末端の人形達。さらにそれらを纏め、動きの最適化等を処理させ自身も一撃必殺の火力を搭載させた中間の人形が9体。それらを操るのは9人の合作の1体の人形であった。


合計100体の人形は全て漆黒のプレイヤーに渡され、漆黒のプレイヤーは自身と一番遊んでくれている魔法使いに武装化した人形を譲ったのだ。武装化と言っても裁縫職人達が用意した武器を打ち直し補強したのだけであったがそれでもその武器達は一般に出回っている武器よりも上であった。


そして人形100体は一世一代の晴れ舞台で脚光を浴びる。上位ランカーや目覚ましい戦績を上げた者達によるバトルロイヤルで人形達は最強にして最狂の戦いを演じきったのだ。まさに数の暴力であった。廃人レベルにいかなくても末端の人形の武装はライトユーザーを越えている。中間の9体は各々が必殺とも呼べる武装又は大魔法をその身に宿し、もしもの時は武装や大魔法を暴走させ盛大に自爆するようになっていた。他のプレイヤーが末端の人形を撃破しようとすると他の人形がカバーに入り致命的な傷を負わす事ができず、プレイヤーのHPを確実に削る。


そしてトドメは人形達を操るプレイヤーによる広範囲殲滅呪文であった。広範囲殲滅呪文について簡単に説明すると詠唱破棄や短縮ができない超過力呪文の事である。人形達に気を取られていたプレイヤー達を丸ごと飲み込み魔法使いはその強さを見せつけた。


魔法使いの勝利のインタビューはエターナルエデン史上もっとも狂っているインタビューと呼ばれるがその話は割愛する。


バトルロワイアルの結果、運営は次回のメンテナンスで新たに魔法使いの派生で人形使いの職業を追加した。それに伴い正式な人形のレシピが実装されたが『殲滅人形』達には特に意味がなかった。なぜならあまりにも能力が飛び抜けていたからである。そして修正に知恵の実にも修正が入る。DEX補正の上限が100になってしまったのである。1000を越えていたプレイヤーには能力修正を行い特別な補填を行った。産み出された防具には修正を入れ、一部武器を除いて武器には修正が入れられなかった。


後に知恵の実騒動と呼ばれるこの出来事はこれで終わった。だがレアドロップだけが全てではなく生産職にも可能性がある事を示し、新たに人形使いのジョブを手に入れたプレイヤー達はより一層エターナルエデンにのめり込んでいく。終焉の鐘が鳴り響いたあの瞬間まで彼等はエターナルエデンで別の世界を謳歌していた。


そして今、エターナルエデンの後継とされるロストエデンでも新たな騒動が起きようとしていた。


黒龍カラミットの撃退により解放されたロストエデンから引き継がれた召喚獣達がかつての主人を探し、新たな主人を求めて新エリアでその力を蓄えていた。そこには世界を去った主人に悲しみを抱く者や新たな主人に思いを馳せる者など色々な思いが渦巻いていた。


エターナルエデン最初の大型イベント『失われた記憶』の実装まであともう少しだった。






余談だが本来なら半年は先になる筈のイベントを前倒しにし、運営陣はあまりの激務に栄養ドリンクが恋人の状態になっていた。それでも誰一人悪態をつく事はなかった。彼等は彼等で嬉しかったのである。かつてエターナルエデンが終わるその時に涙を流したプレイヤー達がまたロストエデンに帰ってきてくれた事が。仕事が恋人なのではない栄養ドリンクが恋人。仕事は愛人なのだ。そして妻はロストエデン。それが今の運営陣の座右の銘であった。




次回から物語をすすめていきます。

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