寿命換金ATM
ATMの液晶画面には、少年の残り寿命が表示されていた。
『残り:00年00か月00日00時間03分17秒』
「やめなよ」
少女が少年の腕を掴んだ。
「三分しかないじゃない。そんな体でこれ以上引き出したら……」
「妹がいるんだ。家で待ってる。昨日から何も食べてないんだ」
少年は痩せこけた顔を歪め、震える指を暗証番号へ向けた。
寿命がお金に換わる世界。
かつては「働けば命が延びる」希望の制度だった。健康なら寿命は伸びる。自分の寿命を自分に投資して、換金する。
しかし今や貧しい者は寿命を売り尽くし、飢えて死ぬ悪循環が街を覆っていた。少女の寿命も、疾風怒濤の貧困と母の病で底をつきかけていた。
「お願いだ。俺の時間、全部売るから……妹に飯を食わせてやりたい」
少年の絞り出すような声に、少女の中で何かがほどけた。
「待って。私がやる」
「え……?」
「私、明日が来るのを待つの、もうやめる。あなたの妹さん、おなかがすいてるんでしょ?」
少女は少年の手を押し退け、傷だらけのカードを差した。
『換金可能寿命:0日』
「お願い」少女は静かに目を閉じた。「この子の妹を、助けて」
その瞬間、機械が異音を立て、画面が白く発光した。
『未登録の価値を検出しました』
『照合中:他者への支援行動——8年4か月』
エラー音が鳴り響き、ゼロだったはずの数値が跳ね上がる。取り出し口から、見たこともない大量の紙幣が溢れ出した。
この機械が照合していたのは「残された寿命」だけではなかった。
人間が誰かのために捧げた「他者へ与えた時間」そのものだったのだ。
「これなら……食べられるでしょ」
「死ぬなよ……! 頼むから……!」
「あなたは……明日も、生きてね」
少女は安らかな笑みを残し、静かに目を閉じた。
◇
二ヶ月後。
少年は生き延びた妹とともに、あの廃墟の通りにいた。
少女が遺した金で妹を救った少年は、その後、路上で倒れる人々へスープを配り、屋根を直し、寄り添い続けていた。
ひさしぶりに差したカードの画面を見て、少年は息をのむ。
『換金対象:他者への支援行動——2か月』
『換金額:更新』
寿命を売るのではない。見返りを求めず、誰かのために時間を使うこと。それが、この世界で忘れ去られていた「本当の価値」だったのだ。少年が誰かを救うたび、その時間もまた、確かに記録されていた。
「お兄ちゃん、今日はパン買える?」
「ああ、買えるよ」
少年は妹の手を強く握り直した。
少女の名前も、彼女の墓の場所すら知らない。けれど、彼女が遺した小さな優しさの連鎖は、確実にこの冷え切った世界を温め始めている。
少年の背後で、ATMは今日も静かに稼働を続けていた。
誰かが、誰かのために生きようとするたびに。世界はほんの少しずつ、息を吹き返していく。
X投稿の中で、夕日ゆうや@K4OoDv9AgYArkSMさんとのやり取りで生まれたネタです…




