絶対に真似してほしくない私の就活戦記
小説家以外に、社会に出て取り組んでみたい仕事がなかった。
ずっと建前ばかりで本心を隠してきたせいで、小説家以外の職業を想像しても志望動機が後づけになってしまう。
奨学金の返済をコツコツ行える仕事って何だろうと考え、安直だが事務職に行き着いた。加えて、民間企業と公務員で悩み、特別な理由も思いもなかったので後者に進路を結びつけた。
言わずもがなだが、大学生まで生きてきた中で、公務員として働きたいと感じたことは一度たりともない。
大学内で開講される有料の外部講座にバイト代を17万ほどつぎ込んで受講し、週4回の夜間授業と自宅での復習・自習をこなす日々が始まった。
学力は平均並みだが、勉強は嫌いではなかったのでカリキュラムに沿って自習を進めるのも苦ではなかった。
また、公務員試験の筆記試験も創作活動のネタになると考えながら取り組んでいた。文理科目は高校レベルまで細分化されている。生物や地学、世界史、思想といった分野の勉強は一般知識として学習して損はないと解釈して勉強した。一部のテキストは今も保管しているし、情報収集するときの基礎資料になっている。
勉強漬けの日々が始まる一方、執筆活動を少しでも継続したい欲もあった。だが、公募用の長編を書く時間的余裕はない。就職活動のための試験勉強を疎かにせず、創作意欲を消化できるツールを探し、偶然見つけた。
複数人の参加者で1つの短編を完成させるツールがあって、私はそれに参加した。
他のユーザーが繋げてきたストーリーを読んで展開を想像し、次のユーザーにバトンを渡しやすい展開で繋げる。
ちょっとした隙間時間で知識の入出力を行い、書き手と読み手を意識しながら書く作業はまさに創作タイムアタックだ。無論、想像しきれずに諦める物語の欠片もある。
ただ、自分以外の書き手と密に交流したのが初めてで、新鮮かつ面白かった。この人の発想は自分の嗜好に近いなとか、あの人の一文が好きだなとか、ツールの先にいる誰かを尊敬し、共同で楽しめる空間に感謝した。
やはり書くのは楽しい。勉強は多少なりともストレスなので、欲求不満を創作にぶつけるのは好循環だった。
季節は流れ、大学4年になると就職活動が本格化していった。自治体や公的団体の1次試験を連日受験し、合否が五月雨式に下されていく。最初こそ合否に一喜一憂したが、やがて感覚が途中から麻痺してくる。面接やディベートに進んだら受験先を研究して志望動機を構築し、脳みそに敷き詰めて挑んでいった。
ただ、いかんせん採用に至らなかった。笑顔がキモかったとか鼻毛が出ていたとか妙に早口だとか質問に対する回答がチグハグだとか、そういう要素もあるかもしれない。一方で、きっと目の肥えた面接官や人事の方には透けていたのだろう。私の付け焼き刃スタンスが。
本当に関心が高まって、働いてみたくなった受験先もあった。実地を歩いたり、施設見学に単身応募したりして、公開資料だけでは届かない視点を作ってみた。だが、結果に繋がらない。
良くいえば『ご縁がない』だけだったし、悪くいえば『後づけの志望動機』を本気で作っていただけだった。どうあがいても本心と違うから、もう1人の自分を演じている気分だった。もしかすると、私の前世はカメレオンなのかもしれない。
あと、影響していたかどうかは分からないが、履歴書に『高校退学』が入っているのも合否の要素になっていた気はする。
というのも、面接まで漕ぎつけた志望先で「差し支えなければ中退の理由を……」と度々聞かれたのだ。もちろん、私は笑顔で嘘を吐く。ポジティブな判断で自主退学したと言いきる。だが、面接官だって馬鹿じゃないから、それを鵜呑みにするとも思えない。私が面接官だったら「嘘だろ」と突っ込む。
けれど履歴書に退学の旨を書かない選択肢はなかった。就職後、何がきっかけで発覚するか分からないからだ。そして何より、私は嘘を吐き続けることの大変さを、身をもって体験している。
さて、どうしたものか。ニートの小説家希望は本気で笑えないぞ。進路あってこその小説執筆だと言い聞かせ、都内の各所に足を運び、私という人間を売り込んだ。
そうして年が明けた大学4年の1月初旬。卒業まで残り2ヵ月を切ったところで就職先が確定した。




