有象無象の垂れ流し
1次審査通過作品リストを目で追うときは周囲の音も消え、結果と向き合うだけの時間になる。
自分の作品があるかないか。ない。
ない。ない。ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないばぁないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない。
ない。
最後まで確認して、追加でリストを2回確かめてみたが、やはり私の作品は見つからなかった。
1次審査落選。築き上げた自信は波に流され、砂上の楼閣だったことを思い知る。
2作の長編を出版社の新人賞に応募し、どちらとも1次審査落選という結果で帰還した。いや、爆散した。
元々、難易度は高めのレーベルだった。当時は5千作品弱の応募に対し、900作品弱の1次審査通過が例年の傾向だった。1次審査通過の倍率は受験の比較にならないが、いくら需要の高い新人賞とはいえ、1次審査は越えられるだろうと高を括っていた。まさに洗礼である。
とても悔しかったし、落ち込んだ。その日はコンビニに行ってアイス2つ買ってソロお疲れ様会をしたのを憶えている。あと蓮実クレアで抜いた。
初挑戦だから仕方ないか、と開き直るのも難しかった。作品は自分の子供に近しく、生み出した結果が否定されたのも同然だからだ。
1次審査に通ると、審査員からの評価が後日郵送で送られる。当然、1次審査落選なので何も届かない。それも痛かった。第三者の試し読み依頼を行わずに応募したのは、1次審査の評価コメントをいただく前提だったからである。根拠のない自信、再び。
何にせよ、落ちたことに変わりはない。次に進まねば。今回書いた作品を書き直して再投稿するか、新作を書くか。私は後者を選んで2回目の挑戦に進んだ。
大学2年時に書いた長編作品は3作で、同じ新人賞に応募した。他の新人賞は検討もしなかった。やはり、自分の好きなレーベルから作品を出したい気持ちが強かった。
前回落選した原因を自分なりに考えて、次の執筆活動に挑んだ。3作のうち、特に1作は特に面白く仕上がったのではないかと満足して印刷し、郵送した。
2回目の結果を受け止めるとき、私はもう大学3年だった。4年になれば就職活動に入る。人によっては大学2年から準備を始めているだろう。家族には執筆活動を話していなかったので、就職活動をしないという選択肢もなかった。
昨年の1次審査落選を思い出しながら、今度こそいけると意気込んで1次審査通過リストを確かめていく。
中盤くらいから「こりゃダメだ」と携帯を放り投げそうになりつつ、最後までスクロールする。
結果、2回目の挑戦も全落ちだった。まさか印刷した原稿の綴じ方が間違っていて、審査で弾かれているのか?そんな他責思考に陥りながら、去年同様にアイスを買いに行った。
『小説家デビュー計画』の頓挫が脳裏にちらつく中、私は考えをまとめた。小説家デビューを延期し、まずは就職活動に専念する。戦略的撤退と称して自分を納得させる方向に傾いていた。
大学はJASSOの奨学金で通っていたので、働かないと返済できない。総額260万。まごうことなき借金である。仮に小説家として働くにしても専業作家は厳しいので、元々就職活動は行うつもりだった。無論、小説家デビューが困難な壁であると肌を持って理解したので、あらゆる側面から検討しても就職活動は必要不可欠だった。
仕事を始めても小説は書ける。書かないのは時間や仕事の忙しさを理由にしているだけだ。私は未来の自分を挑発した。今挑戦しないんだから、次はちゃんと書き続けろよ、と。
新人賞で結果を残すことはできなかった。創作に対する技量と熱量と覚悟と、ほんの少しの運が足りなかった。けれどチャンスはある。私が諦めない限り、いつだって挑戦できると信じて。




