令和2年卒、一般人枠採用ですけども。
見た目や抑揚の少ない落ち着いた態度から「真面目だよね」と言われることが多い。そういうときは「見た目に騙されるなよ」と心中で突っ込みながら愛想笑いでごまかす。
『真面目』という評価に喉がつかえるような心地になったのは、大学生くらいの頃だったろうか。本当に真面目で、他者に対する敬意を持ち、努力している人に対して失礼な気がした。何より、創作活動をしている身として、『人としてつまらないよね』と揶揄されている心地になった。
私だって、高校時代の授業中にお腹が空きすぎて手持ちのお菓子を食べたり、池袋サンシャインのラノベイベントに行きたくて部活を仮病で休んだり、飲み会終わりに実家の近所で立ちションしたりしたことはある。職場にいる綺麗系の先輩が夏場少しはだけていて、谷間を覗き込むチャンスを狙っていた日々もあった。あれ、絶対バレてたよなあ。
気胸の再発は今のところ起きていない。食生活を改善し、睡眠時間も増やした。仕事に対する向き合い方も変わった。多少なりとも年数を積み重ねた成果なのか、『いったん止まり、考えてみる』という選択肢を覚えてから、気持ちに余裕が生まれた。
3年前、気胸を患う直前に書いた小説は、翌年1次審査落選という結果で返ってきた。その後、何度かプロットまで作ったものの、初稿になると手が進まなくなるので今は新人賞応募をしていない。
作曲家を目指す友人は、専門学校に通いながら作曲を続けている。僅かながら作曲で収入も得ているとのことだった。夢を叶えた友人を、心底尊敬する。本人にも何かしらの苦悩はあるだろうが、それを含めて正直者の逞しさに私は圧倒される。
妻とは結婚した。創作活動を生活の中心から後退させたことで、私自身もようやく彼女と先々の話ができるようになった。
小説家という職業の不安定さから、専業でなくともその道に一度区切りをつけるまで、2人の今後を話すのは無責任に思えた。夢を諦めるのではなく、いったん地に足をつけた状態で、大事な人と向き合いたかった。
中学時代、大学ノートに書いた『小説家デビュー計画』は順延している。大学を卒業するとき、私は小説家ではなくて令和2年卒の一般人採用枠だった。
今日も会社に行って1日の大半を費やし、帰ったら夜ご飯を作ったり洗濯物を畳んだりして、寝る前に妻とアイスを食べながら他愛のない話で笑い合う。これを幸せと呼ばずに、何と表現するのか。
今、小説は書いていない。短編も書かなくなった。ただ、物語のネタはときどき向こうから『やってくる』。日々の生活で、キーワードや情景がふっと降りてくるのだ。それをスマホのメモに書き溜める。
ネタたちが今後使われるかどうかは、私次第だから分からない。ただ、無理やり絞り出すネタよりは面白そうだった。
『書く』作業も、このエッセイが久しぶりで、集中力と文章を出力する思考の衰えを感じた。それでも、書ける自分に再会できて嬉しかった。
エッセイは終わる。ただ、日々は今後も続く。
目の前の現実に対して考え、悩み、選び取り、流動し続ける社会に自分を刻み込んでいくのだ。そうやって蓄積される自分の内側から、誰かの日常に楽しみを添えるような物語が創出されるのを待っている。
願っている。
信じている。
だからこそ、動き続ける。
もし最終話まで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、私はお伝えしなければなりません。
暇 人 か 。
すいません。嘘です。ごめんなさい。
ご覧くださり、本当にありがとうございます。
今も元気に一般人やってます。
拙作を通して「こいつアホだな」と少しでも笑っていただければ幸いです。




