噓つき小物野郎の顛末
社会人4年目のテーマは『楽しんでみる』に決めた。
今までの日々が楽しくなかったわけではない。ただ、自分に課したタスクをいったん背中から下ろしてみることにした。
私にとって、小説を書くことはいつか職業になる取組であり、楽しいけれど遊びではなかった。故に、結果が出ない限り本気で満足できなかった。
学生から社会人になったとき、創作活動のプライオリティが揺らいだ。でも、私はその気配を無理やり消し去った。仕事しようが何をしようが、私にとっての主目的は変わらないのだと再確認してきた。あるいは、それは再確認ではなく、妥協しかける自分への再定義だった。
ただ、身体を壊したとき、私は自分の中の優先順位を変えざるを得ないと観念した。同じ轍を踏むわけにはいかない。そこで、まずは一度、目の前の仕事と休息にちゃんと向き合おうと考えたのだ。
実際、試みは成功した。恥ずかしい話、創作活動を休憩した結果、『肩の荷が下りた』のだ。
休日に小説を書くか仕事の勉強をするか、迷わなくて良い。妻と過ごす時間は今までと変わらないが、彼女との将来をより具体的に考えられるようになった。
心にゆとりが生まれた。何にも追われていない自分を認識したとき、私は心の底から安心に浸ることができた。
一方で、厳しい現実を受け入れなくてはならなくなった。
理想を追いつつ、現実を生きる。そんな二足の草鞋を履くよりも、一点集中で物事に打ち込む方が、成し遂げたい何かのためには効果的な戦法だ。リスクを背負った分だけ危機感も生まれるし、限界以上の力が絞り出せるかもしれない。作曲家を目指す友人は、まさにリスクを背負ってでも、自分の夢に立ち向かっていったのだ。
だからこそ思い知る。私は、労働社会における『私』のステータスを投げうってまで、小説家を目指しているわけではないのだと。
小説を書く能力はある。でも、新人賞の選考に通るだけの技量はない。そんなとき、正規雇用に囚われずに小説を書き続けていられるか。親の視線や友人のキャリアアップを気にせず、自分の思いに向き合えるか。
やはり、私には勇気が足りなかった。嘘の選択を重ねてきた結果、10年後の私は何者でもなかった。そして、何者でもない私自身を受け入れていた。
夢を追い続けた今、得たものもある。しばらくしてから、再び小説が書きたくなったのだ。
長編を書く気力は戻らないが、短編は細々と書いた。気まぐれでインターネットの投稿サイトに上げて、感想を貰えたときは嬉しかった。誰かの目に触れて、「面白い」と言ってもらえることの感動は、何歳になっても変わらない。創作活動は私にとって負の遺産ではなかった。
もちろん、小説を書かない時間も焦らなくなった。今までの使命感はなく、小説のネタを無理やり捻り出す行為もしなくなった。本当に書きたいときは、ちゃんと考えるから大丈夫だと、自分を信じることにした。
今、職業『小説家』にはなれていないが、ときどき小説を書いている。書くのが楽しいから。好きだから。顔も名前も知らない誰かの日常を少しでも楽しいものにしたいから。最初はそれだけだったのに、いつしか忘れていた。
良かったな。自分に声をかけてやる。自分にも他人にも偽りばかりで愚かな選択の連続だったかもしれないけれど、目に見えた結果は残せていないけれど、書くのを本気で止めずにいられて。
創作活動を嫌いにならなくて。




