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診療報酬「J019 持続的胸腔ドレナージ」

 ドグン、と。


 私の右胸で、小宇宙が爆ぜた。鈍くも明確に、ゼロ距離で。


 気のせいだと思いたかったが、直後から明らかに呼吸が辛かった。いつもと同じように仕事をして、アパートに戻ってから早々に寝た。


 仰向けになって呼吸を浅めにすると徐々に落ち着いてきて、明日には治っているんじゃないかという希望的観測に縋った。


 だが、翌日部屋の掃除を始めたとき、やはり右胸が痛くて今度こそ降参した。これはダメなやつだ、と身支度をして近所のクリニックに行った。


 胸部レントゲンを撮り、エアロバイクを漕いで肺の負荷を確認してもらう。副院長が軽快なトーンで診断した。


 「気胸だね。ここ、肺の大きさが左右違うでしょ。肺から空気が外に漏れてるんよ」


 副院長はレントゲン写真の一点を指差す。確かに、右側の肺が少し小さい。外側に漏れた空気に押されて肺が萎み、呼吸苦になっているそうだ。


 気胸。知識としては知っている。綾辻幸人の『Another』に出てくる少年が気胸を患っていた。長身で痩せ型の方が罹りやすいと聞いたことがある。必ずしもそうとは限らないので構わないのだが、私は短足だし痩せ型ではなかった。


 いや、体格なんてどうでも良い。私は副院長に恐る恐る尋ねた。


 「入院しなきゃダメですか?」


 「入院だねえ。ただ、うちじゃ正確な検査はできんけん、紹介状書くよ」


 「自然治癒は難しいんですか?」


 「肺に開いた穴の大きさによって自然治癒で塞がるし、手術が必要かもしれん。でも、どのみち外に漏れた空気を取り除かないと肺が膨らまないから、ドレナージで空気を排出しなきゃならん。それは入院よ」


 クリニックを出ると、秋晴れで心地良い風が首を撫でた。


 診断を聞いたときほどの動揺はなく、ただただ『やらかしたなあ』という心境だった。


 自分はタフだし大丈夫だ、という根拠のない自信と慢心が生んだ現実を前に、ぐうの音も出なかった。


 加えて、入院によって職場に迷惑をかけることを実感して溜め息を漏らす。次の瞬間、盛大に噎せた。溜め息すら許されないのかと右胸を睨みつけ、自業自得だし当たり前かと納得する。


 職場の先輩と所属長に入院する旨と謝罪を伝えて、身支度を進める。タクシーで病院に行き、救急外来入口で受付を済ませる。診察室で改めて気胸と診断され、着替えてから救急外来のベッドに寝転がった。


 コロナ検査で、研修医の先生に耳かきみたいな棒を鼻の奥の奥まで突っ込まれて盛大に噎せる。噂に聞いていたが、本当に限界の一歩先まで突っ込まれた。先生が緊張した面持ちマニュアル通りに「1、2、3」と丁寧にカウントする様子を好ましく思いつつ、心中で「長い長い長い!」と叫んだ。


 当直の外科医が「右胸に穴を開けてドレナージの管を入れますねー」と平坦な声で説明しながら局所麻酔をかける。麻酔が効くまで少し時間を置いて、先生がメスを手にした。


 美容院の洗髪みたいに顔の前に布をかけてくれるわけではなく、視界はオールクリアだった。身体に穴が開くのをゼロ距離で見るかどうか迷った末に、好奇心に負けた私は見学することにした。


 右胸の一点をメスで切ると、当たり前のように血が滲んだ。先生がドレナージの管を入れる準備を右胸の上で始める。続けて管を入れていくのだが、これが難航した。


 先生は汗をかきながら、右胸に管をググっと押し込む。私の右半身が勢いのあまり沈んだ。それはまさしく工事だった。


 額の汗を拭った先生に「筋トレしてるか、過去にやってました?」と聞かれる。


 「高校と大学の頃は通ってましたけど、今は何もしてないです」


 「あー、やっぱり。予想以上に胸筋が発達してて、管が通らないんですよね。もうちょっと太い管にします」


 「分かりました」


 先生は看護師に別口径の管を指示する。やがて看護師が調達してきた管を見て息を呑んだ。思わず先生に聞いてしまう。


 「……なんか太くないですか?」


 「うん、これならいけます」


 さっきよりも断然太い。本当に入るの?だが、先生に私の全てを委ねている以上、全幅の信頼をもって治療の完了を待つしかない。


 先生は右胸の穴を少し拡張して、挿管を試す。再び突貫工事が始まり、何度かのトライを経て成功した。病棟個室に移動し、ひと段落したときには午後9時を回っていた。


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