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とにもかくにも私のターン!

 3年ぶりの1次審査落選から数日後、新たな作品の概要を書き出した。


 肌がひりひり痛いくらいに照りつける陽射しの中、駅から20分歩いて図書館に行き、題材に必要な知識をノートに書き込む。


 ひたすら机に向かっているといつの間にか夕暮れで、朝に部屋を飛び出してから家事や洗濯を何もしていなかったことに気づく。何となく部屋に戻るのが億劫になって、吉野家の特盛牛丼を勢いよく食らう。


 傍から見れば生産性のない休日かもしれないが、私にとっては小さくも確実な一歩だった。全ては作品執筆のために必要なことで、何も無駄なことなんかない。


 社会人になってから初めて挑んだ新人賞の選考結果を前に、私は自分に甘かったと反省した。社会人で仕事しながら小説を書いている人はいくらでもいる。条件は公平だ。その中で1次審査すら通らないのは、言い訳の余地もなく実力不足だからだ。


 であれば、最初の糸口を掴むための挑戦を続けていけば良い。新人賞で受賞するのはあくまできっかけで、プロとしての継続こそ本当の戦いなのだ。だから今挫けても変わらない。そう考えたら、落ち込む時間も無駄に思えて、早々にネタ出しを再開できた。


 一方、仕事も繁忙期に入っていた。ちょうど仕事の研修や大きな行事が重なっていて、人手不足も相まって残業も増した。


 社会人3年目にもなると、直属の先輩の後ろをくっついて歩くわけにもいかず、多少の自己判断と工夫が求められる。


 平日の残業だけでなく、当時は土日出勤も繰り返して、フル稼働で資料作成や業務効率化を進めた。


 もちろん、残業はなるべくしたくないし、むしろ『私は残業しないと仕事を片づけられないのだ』という自省で落ち込んだ。それでも仕事の質を雑にしたくなかったのは、勉強こそ成長する上で効果的な道なのだと社会人生活の3年間で痛感したからだ。


 なすべきことをなす。私の座右の銘だ。


 自分の居場所は自分で構築し、理想に近づく。生活のために働いて金を稼ぎ、余暇を自分の目標に充てる。それがなせる自分を、幸せ者だと感じた。だから、なすべきことをなして達成しようと固く誓った。


 睡眠時間を意図的に削った。食事も活動重視で簡単に摂取できる内容になった。それが良くないことと分かっていながら、自己暗示で活動し続けた。


 書け。働け。書け。働け。書け。働け。


 初稿を書き殴る。やはり、この表現が一番しっくりくる。キーボードを叩く音が、アパートの5畳半に響き渡る。『てにをは』が多少汚くても構わない。今は出力した文章の全てを受け入れて、後から修正すれば良い。


 書け。働け。書け。働け。書け。働け。


 私ならまだいける。まだ若いし、体力も有り余っている。むしろ今は多少の無理をしてでも動いた方が良い。高校時代とは違う。今はやりたいことをやっているんだ。自分に出し惜しみなんかするな。ゆとりをもって挑戦できるほどの実力なんてないのだ。


 書け。働け。書け。働け。書け。働け。


 仕事は冬に向けて一層忙しくなるので、小説もしばらく書けなくなる。ただ、書きたい題材がすぐに浮かび、ネタ探しをせずにいられなかった。


 書け。働け。書け。働け。書け。働け。


 作曲家を目指す友人は、フリーターとして働く傍ら、本格的な音楽活動を始めていた。オリジナル曲の投稿やSNSを使った同業者との交流、楽曲提供と自己プロデュースで活動範囲を増やしていった。友人から送られてきたURLを、親指でそっとタッチする。耳元から、友人の音楽が流れてきて、重たい吐息が漏れた。良い曲作りやがって。


 書け。働け。書け。働け。書け。働け。


 体力的にしんどかったが、精神的には充実していた。人間、目的を持つだけで現実への向き合い方が変わる。それは中学3年生の秋に友人と夢を語り合ったときから変わらないが、このときほど身に染みた時期はない。


 書け。働け。書け。働け。書け。働け。


 遠距離に住んでいた妻とは、少なくとも週1回のペースで会って、外食に行ったりドライブに出かけたりした。それは大事なひとときだったし、良い休息になっていた。


 故に幸せ者よ、今はひたすら動け。


 キンモクセイが街に香り始めた頃、小説が完成した。新人賞の特設サイトにデータをアップロードし、その日はとっとと寝たのを憶えている。日記にも当時のことが書かれていた。


 『電撃大賞用の長編を1本投稿した。8月末に初稿を始め、2週間前に終えて推敲を続けていた。今日までに3稿修正し、ギリギリまで直し続けた。スタート地点の作家デビューに立つためには、使える時間を出し惜しみせず進んで行く必要がある。次作では、SFを書く。今月と来月で資料を集め、プロットまで作りたい。執筆は12月から2月だろうか。3月には出せるようにする』


 まだ何の準備もしていない作品の完成まで見据えている自分は、毅然とした態度でチャレンジャーに徹していた。このときはまだ本当の意味で理解していなかった。自分の甘さも、愚かさも。


 数日後の日記に、状況報告が淡々と書かれていた。


 『午後から突然右胸辺りが痛い。呼吸すると背中も痛いときがある。最初は歩いたときも息苦しかった。今は深く息を吸うとまだ痛い。何なのかは分からないが、ひどいようなら考えた方が良いかもしれない』


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