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初めて「しゃぶ葉」に行った話

 今さらだが、「しゃぶ葉」がマイブームである。


 バイキングチェーン店の「しゃぶ葉」は、お肉のコースを選択し、制限時間内に野菜や寿司、スイーツを食べられる。


 たらふく食べるのが好きなので、バイキングは非常にありがたい。どれだけ食べても追加料金と満腹感を天秤にかけず、ひたすら食べられるなんて最高すぎる。


 人生で初めて「しゃぶ葉」に行った日のことである。


 前もって12時半の予約をとり、当日お腹を空かせた状態で妻とお店に駆け込む。豚肉と鶏肉のコースを選び、いざ具材集めへ。


 妻も私も目当ては野菜である。毎日もやしと豆腐ばかり食べている私たちは、ここぞとばかりに野菜を鍋に投下した。


 「白菜!レタス!タケノコ!」


 「長ネギ美味しい……」


 お店に行くと、だいたい同じリアクションの応酬になる。いかんせん貧乏性なので、妻も私も普段高くて買わない野菜を食べて感動してしまった。


 食事中、雑談はほとんどなかった。大皿に野菜を盛り込んで、鍋に追加していく。黙々と野菜を食べ続ける私たちの横で、女性2人組がお肉の空皿を山積みにしていた。


 妻がタブレットを手に取り、お肉の追加ボタンを押す。やがて猫を模した自動運搬ロボットが豚肉と鶏肉を運んできてくれた。


 肉を鍋に入れて火を通す。食べ頃になって妻が鶏肉を食べる中、私はレタスを貪っていた。妻が苦笑いする。


 「お肉食べないの?」


 「今は野菜一筋の気分」


 日頃、鶏むね肉は茹でたものを作り置きしているから、惹かれるものを感じなかった。むしろ野菜。とにかく野菜。ひたすら無造作に、野菜。


 制限時間が10分を切った。私は再びバイキングフロアに行って大皿に野菜を盛りつける。立ち上がってからお腹の調子を把握したものの、あえてスルーして野菜に徹する。


 だが、席に戻ると、妻がトドメの一言を発した。


 「野菜だけじゃ、お腹にいっぱいにならなくない?」


 最初から分かっていた。先ほど立ち上がったときも自覚していた。それでもなお、米よりも肉よりもカレーよりもうどんよりも野菜を食べたかった。この空間にいる間だけは野菜で満たされていたかった。


 妻の指摘を境に、私のお腹は物足りなさを明確に訴え始めた。ドラクエの「ガンガンいこうぜ!」が脳裏を掠める。


 勝手に定めた定義に固執して、己の欲求すら抑圧してしまう様に、我ながら呆れる。子供の頃から、振り幅を0か1しか持ち合わせていないところは変わらない。1に向かう勇気がなくて、0で立ち止まる。私は臆病だった。


 ふう、と息を吐いて妻に宣言する。


 「大皿の野菜食べ終わったら炭水化物食べる」


 私は『野菜一徹宣言』をあっさり放棄し、次のフェイズに移行した。肉を食おう。肉が食いたい。そういえば肉を食いにきたのだった。誰だ、野菜しか食わないなんて頑固な設定つけた奴は。私だよ。


 まずは大皿の野菜から。私の残菜ゼロスタンスは小学生の給食から変わらず、たくましく生きている。


 幸い、大皿に乗せたのはもやしと玉ねぎと白菜、椎茸だった。今までと変わらないペースで野菜を美味しくいただいた。


 鍋の具材がなくなったところで、ようやく本題に入る。私が妻に「タブレット借りて良い?」と手を差し出すと、彼女は気の毒そうにタブレットの画面を見せた。


 制限時間が終わっていた。画面には、あと10分で精算及び退店を済ませよと表示されている。妻がバイキングフロアを指差した。


 「ご飯ならまだ食べられるんじゃない?」


 妻の優しさに感謝しつつ、私は手ぶらで立ち上がる。90分の制限時間で野菜しか食べていないから、お茶碗もなかった。


 お茶碗を手にとり、いざ炊飯器をパカッと開ける。


 お米がない。空っぽだった。隣の炊飯器も開けてみる。ノーライス、ノーライフ。お昼のピーク時だし、確かにお客さんは多い。しかしタイミングが悪すぎる。うどんもあいにく残っていなかった。


 一度逃したチャンスは戻ってこない。自分の選択こそ全てなのだ。すっからかんになった炊飯器の内釜を見つめる。


 中学時代に夢を抱きながらも意志を正直に発信せず、結果として理想から遠ざかった自分が、黒光りする内釜の奥でふっと笑った気がした。


 手ぶらで妻の元へ戻るには早計だった。残り10分なのに、妻は無様で腹ペコな私を送り出してくれたのだ。であれば、せめてもの成果を彼女に示すのが誠意ではないか。


 私はバイキングフロアを見渡し、決断を下す。


 席に戻った私を、妻はお水を飲みながらのんびり待っていた。そんな彼女に、私は成果を見せる。


 カレーのルーと福神漬けでいっぱいになったお茶碗を。


 思い描いた結果が、必ずしも実現するわけではない。白米がなくても、お腹が空いているなら別の選択肢を考えれば良い。何も白米ルートが全てではないのだと、私は胸を張った。


 惨敗を期した初挑戦の「しゃぶ葉」だが、結果的に大満足だったので不定期に利用している。その際、まずはお米を調達するようになった。満腹にお米は欠かせない。


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