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【短編小説】NOスモーキング巌流島

掲載日:2025/12/16

 前にいたところでゲボってなんて言ったっけ?パイパン?その前にいたところではナカダシだっけ?

 とにかくおれは吐き散らかしていた。

 何回か転生してようやく現代日本に戻ってきたものの全ての事柄に違和感があり、かつて自分がいた時代に戻るにはどうしたら良いのか考えていたが、船酔いで撒き餌をした後の頭では何も分からなかった。

 おれが吐き散らかすのを見ていた船長と言うか船頭は、ボートを島に近づけると無言でエンジンを切った。

 えぇとこう言う役職の人はたしかアナルとか、いや、波を切り開くものと言う意味の言葉でィヌポヌポズッポシだったかな。

 もう覚えていない。

 元いた世界を離れて初めて思い出すような知識になんの価値がある?

 おれの撒き餌に気を使ったのか、それともここで降りろと言う事なのだろうか。

 おれは小舟のヘリから身を乗り出して水面に手を伸ばし、手に掬った海水で口をゆすぎながら黙って待っていたが、船長はパイプに刻み煙草を詰めると流れるような動作でそれに火をつけた。



 これ以上は何も無さそうだ。



 荷物を持って立ち上がるとボートが小さく揺れる。

 ボートを叩く小さな波の音が聞こえた。

 降りると膝まで海につかった。

 素足になっておくべきだったな、と思いながら足に絡まる重たい波を蹴る。

 砂は固く、足はあまり沈まなかった。

 たっぷりと水を吸ったズボンを引きずって砂浜に上がり、倒木に腰かけて煙草を咥えた。

 振り向くと乗ってきたボートは既にゆっくりと離れ始めていた。

 帰りのボートを打ち合わせていない気もするが、ここで待っていたらそのうち来るのだろう。

 来なかったらその時はまた考える。

 たぶん泳いで帰ろうとすると死ぬが、死んだら死んだでまた転生するのだろうか。


 おれは死ねるんだろうか。



 ポケットから手紙を取り出して確認する。

【あなたのことが好きです。

 ずっと見ていました。

 防具をつけたまま学校の外周を走っている姿も、休みの日にゲームセンターで煙草を吸いながら遊んでいる姿も、どれも好きです。

 12月17日に巌流島でお待ちしております。

 来てくれなくても、待っています】


 恋文なのか果たし状なのか、または脅迫状なのか。

 少なとも雑な男のものではない、柔らかな字の手紙を再び畳んでポケットに押し込む。

 少し暑くなった気がして学ランのボタンを外す。

 まだ5月だと言うのに、まるで真夏のような顔をしている太陽が鬱陶しい。

 この世界の日本には四季が無いらしいけれど、自分がいた世界ではどうだったろうか。


 これは何の時間ですか?

 ク ンカンカマン コクッサークナ ィカラスキ

 馬鹿馬鹿しい。

 その前の世界ではどう言ってた?

 覚えてない。忘れなきゃ順応していけない。



 煙草を砂浜に押し込んで立ち上がる。

 島の中心に向かって歩こう。

 天然の防砂林を抜けると草原に出た。

 その草原の端に倒木を削ったのか切り出したのかベンチがあり、そこにひとりの老人が座っていた。


 

 老人が着ているフィッシャーマンズジャケットのポケットは全てがパンパンに膨らんでおり、そのポケットのひとつから片耳に伸ばした有線イヤホンで何かを聞いていた。

 ボートか、馬か、自転車か。

 土曜日なので日経平均とか為替レート情報と言う事はないだろう、この世界にそれがあるのかまだ知らないけれど。

 老人は何か不明瞭な言葉を口から漏らしながら、タレでべとべとになった焼き鳥をカップ酒で飲み込んでいた。

 たぶんそれは焼き鳥とカップ酒だ。

 インモゥアゲアゲと、たしかアーナルデシメツケネッガー。いや、グンテノィボトロシアォンナだったか。


 他には誰もいない。

 老人に話しかける以外の選択肢はない。

「あの、すみません。僕以外に誰か見ませんでしたか」

 話しかけてみたが老人は何の反応もしなかった。

 もしかしたら色の濃いサングラスの奥でこちらを一瞥したかも知れないがおれには見えなかった。

 とりあえず隣に座って、再び煙草に火をつけた。

 あの手紙を出した人間はいまもこの姿を見ているのだろうか。

 煙が巌流島の平原を昇っていく。

 上空では巨大な怪鳥たちが旋回している。

 名前を知らない鳥だ。

 



「いたずらだったんですかね」

 老人に話しかけるでもなく、大きめの独り言として呟くと老人は予想していたより高い声でこう言った。

「差し馬だってな、馬群に飲まれたら抜け出せないんだよ」

 そうかも知れない。

 彼女はいま船に乗って向かっていて、ダイオウイカとかメガロドンの群れに囲まれているのだろう。

 おれも待つよ、と思った。

 煙草は箱にあと十本は残っている。

 もしかしたら手紙の読み方を間違えたのかも知れない。

 この世界は知らないことばかりだ。

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