第四章:風災編 第39話 揺らぐ ― 風を否定した理由
人は、理由なく何かを憎まない。
ましてや、
世界そのものを否定するほどの憎しみには、
必ず、奪われた記憶がある。
風を拒む王。
その背に積もった過去が、
いま、
静かにほどけ始めていた。
無風の丘。
カイロスは、
集落から離れた岩の上に立っていた。
風はない。
それが、
彼にとっての常だった。
だが、
胸の奥に、
微かな違和感が残っている。
カイロス
(……なぜ……
人は……
救われていた……。)
背後で、
歯車の音が鳴る。
側近
「王よ。
撤収命令は完了しました。」
カイロス
「……あの女は……
風を使わなかったな。」
側近
「はい。」
カイロス
「だが……
結果は……
風を使った時と……
同じだった。」
沈黙。
側近は、
言葉を選びながら、
口を開いた。
側近
「陛下が……
風を憎む理由を……
思い出されたのでは……。」
カイロスの指が、
わずかに震える。
***
それは、
まだ王になる前。
北の寒村。
吹き荒れる風の中、
村は崩れていた。
屋根が飛び、
柱が折れ、
人々が叫ぶ。
幼いカイロスは、
母の手を握っていた。
母
「離れないで……!」
次の瞬間。
突風。
視界が白く弾け、
手の温もりが、
消えた。
カイロス(幼)
「……母さん……?」
返事は、
風にかき消された。
瓦礫の下から、
声は戻らなかった。
それが、
最初だった。
風は、
誰も選ばず、
誰も守らなかった。
***
現在。
カイロスは、
目を閉じた。
カイロス
「……風は……
公平だった。」
カイロス
「だからこそ……
憎かった。」
側近
「陛下……。」
カイロス
「守られない力など……
不要だ。」
その言葉は、
これまで、
彼を支えてきた。
だが――
集落で見た光景が、
それを揺らす。
カイロス
(……彼女は……
風を……
守る対象に……
していた……。)
側近
「王よ。
次の段階へ……
移りますか。」
カイロス
「……いや。」
側近
「……?」
カイロス
「もう一度……
確かめる。」
側近
「何を……?」
カイロス
「彼女が……
風を……
使わずに……
どこまで……
世界を……
変えられるのか。」
歯車が、
低く鳴る。
それは、
攻撃ではない。
“観察”の音だった。
一方。
集落の夜。
アリアは、
焚き火のそばで、
子どもと並んで座っていた。
子ども
「……ねえ……
おねえちゃん……。」
アリア
「……なあに。」
子ども
「……風……
こないの……?」
アリアは、
少し考え、
答えた。
アリア
「……今日は……
こない。」
子ども
「……でも……
あったかい……。」
アリアは、
微笑んだ。
アリア
「……それは……
人が……
いるから。」
遠く。
カイロスは、
その光景を、
静かに見ていた。
風を憎んだ王の心に、
初めて、
“風以外の温度”が、
触れた夜だった。
・カイロスが風を否定する原点となった過去。
・「公平な災害」としての風への恐怖と憎しみ。
・アリアの行動が、その価値観を揺さぶる。
・対立が憎悪から“問い直し”へ移行する兆し。
が描かれました。




