第四章:風災編 第18話 旅立ち ― 帝国への道と乱れる風
旅立ちの風は、
本来ならば軽く柔らかく、
新しい世界への期待を運ぶものだ。
だがアリアの風は違っていた。
嬉しさも、
期待も、
確かにあった。
けれど――
そこに混ざるのは、
ただひとつの“不穏なざわめき”。
それは風が告げる危険。
王風が触れた“敵意”。
帝国へ向かう道は、
決して一本道ではない。
新たな敵がすでに、
風の中で牙を研いでいた。
翌朝。
トーレン村の空は晴れ、風は穏やかに吹いていた。
アリア一行は旅の準備を整え、
帝国使節の青年――
帝国正使リードの案内で出立した。
リード
「では、風王アリア様。
一行は帝国東門へ向けて進みます。
護衛は我々が担当しますので――」
アリア
「ありがとう、リードさん。
でも“守られるだけ”じゃないよ。
私もこの風で、みんなを守る。」
エリオンはアリアの隣に立ち、
心配と誇りの混じった視線を向けた。
エリオン
「アリア……本当に強くなったんだな。」
ロウガ
「まあ、何かあったらぶっ飛ばすだけだがな!
……でも気をつけろよ、嬢ちゃん。」
アルフレッド
「帝国までの道は比較的安全ですが……
風脈が乱れているという噂もあります。」
ゼフィールが空を見た。
「乱れは確かにある。
王風の誕生と、昨日の襲撃……
そして帝国の動き。
風が“矛盾”を抱えている。」
アリア
「矛盾……?」
ゼフィール
「王を求める風と、
王を憎む風が同時に吹いている。」
アリアは胸の奥にざわりとした痛みを覚えた。
(……王を憎む風……
それは何?
誰の風?)
アリア
「……風が、怯えてる。」
リード
「怯えている……?
風が、ですか?」
アリア
「うん。
すごく冷たくて、刺すような風……
“私を止めようとする風”が混ざってる。」
リードと兵士たちは顔を見合わせた。
リード
「帝国の風ではありませんね。
あそこまで敵意を帯びた風は……
軍には存在しません。」
ゼフィール
「帝国とは別の勢力……ということだ。」
ロウガ
「また刺客か!?
今度はどこの連中だよ!」
アルフレッド
「黒風の狩人とは違う気配です……
もっと原始的というか……
“風そのものを憎む者たち”のような……」
リードが険しい顔で言う。
「まさか、
“反風主義派”……?」
ゼフィール
「……反風主義……!」
アリア
「反風主義……?」
リード
「ええ。
風そのものを災害と断じ、
風使いも、風脈も、
すべて否定する宗派です。」
エリオン
「そんな奴らが、アリアを……?」
リード
「王風の誕生は彼らにとって“最大の敵”。
動いていても不思議ではありません。」
アリア
(……王を憎む風……
それは……“風を否定する心”から生まれた風……)
風がピリ、と震えた。
風のざわめき
『……アリア……
気をつけて……
“憎む風”が……近い……』
アリア
「来る……!」
その瞬間だった。
――ザッ……!
森の中から、
複数の影が飛び出した。
頭巾と仮面で顔を隠し、
身体には黒布。
武器は風避けの符で覆われた短剣。
そして、
彼らの周囲の空気には――
“風が一切存在しない”。
アリア
(……風が……死んでる……!)
反風主義派
「風哭の王……!
偽りの風よ……ここでその命――絶たせてもらう!!」
エリオン
「来た!!
アリア、後ろに!」
ロウガ
「てめぇら!!
今度は絶対に逃がさねぇ!!」
アリアは一歩前に出た。
アリア
「あなたたち……
風を……嫌ってる……?」
反風主義の男
「当たり前だ!
風は災だ!
風が王を生み、
王が戦を呼ぶ!!
お前の存在そのものが罪なんだ!!」
アリアの胸に冷たい痛みが走る。
(……風を……嫌う……
風は泣いてる……
“嫌われる痛み”で……)
アリア
「……あなたたち。
風が……聞こえないの?」
男
「黙れ!!
我らは風を捨てた!!
風の声など――不要!!」
その刹那、
反風主義の暗殺者が一斉に跳ぶ。
リード
「守れ!!」
帝国兵たちが前に立つが、
反風主義の者たちは“風の死域”をまとい、
魔法も風術も通じない。
エリオン
「ッ、剣が吸われた……!?
魔力が……消えた!?」
ゼフィール
「風脈吸収結界……っ!
あれでは術が使えない!!」
反風主義の男
「風王よ……!
風を捨て、ただの少女へ戻れ!!」
アリアは拳を握る。
(風術が使えない……
でも……)
胸の奥から、
風哭の王風が震える。
“泣く風”ではなく――
“怒りの風”。
アリア
「私は……
風を捨てない。」
男
「なら――死ね!!」
短剣が振り下ろされる瞬間、
アリアはその刃を素手で止めた。
反風主義たち
「……な……に……!?」
アリア
「風は……
“私を守ろうと泣いてる”。
その涙が……力になる!!」
ドン――!!
風の死域が砕け、
王風がアリアの身体から噴き上がった。
反風主義の者たちは吹き飛ばされ、
木々に叩きつけられる。
ロウガ
「嬢ちゃん……
素手で……あの刃を……!」
アルフレッド
「アリア様の王風は……
術じゃなくて“存在そのもの”。
封じられるはずが……ない……!」
反風の男が震える声で言う。
「な、なぜだ……
風を……憎む我らの結界が……
なぜ……破られる……!!」
アリアは涙を拭きもせず言った。
「風は……
嫌われた痛みで泣いてるんだよ……
でもね……
泣きながらでも、あなたたちを傷つけたくない……
それが風なの……!」
反風主義者は震え、
やがて森へ退散していく。
アリアは力が抜けるように膝をついた。
エリオンが支える。
「アリア……!」
アリア
「……今の風は……
泣きながら、怒ってた……
“自分を嫌わないで”って……
“誰かを傷つけるために生まれたわけじゃない”って……」
エリオン
「アリア……お前……
本当に……風と一緒に生きてるんだな……」
アリア
「うん……
私は風と一緒に戦う。
風が泣くなら、その涙を止めるために。
風が怒るなら、その怒りを抱きしめるために。」
リードはアリアを見つめ、
深く頭を下げた。
「……アリア様。
あなたは――本物の王です。」
アリア
「まだだよ。
私はまだ……
“泣いてる風”と一緒に歩かなきゃいけないんだ。」
風が静かに吹いた。
泣き声のような、
しかしどこか微笑むような風だった。
アリア一行が帝国へ向け正式に旅立つ
帝国ではない“反風主義派”が接近
風を否定する者たちが王風を狙う
風術封じの「風死域」でアリアを追い詰める
しかしアリアは“存在としての風”でそれを突破
風が泣き、怒り、アリアに力を与える
という、
戦記における第三勢力の登場と、
アリアの風の本質がさらに深まる重要回でした。
次回は――
帝国との境界に近づく中で、
セレスタが再び現れ、
帝国側の内部事情と新たな決断が語られます。




