第四章:風災編 第10話 第三段階:風王の心臓 ― 真核への道
風は姿を持たない。
だが風の王たちは、
“風に姿を与えようとしてきた”。
時代によって、
王は嵐の形をとり、
優風の形をとり、
あるいは悲しみのために泣く風ともなった。
だがこれまで、
風そのものの“心臓”に届いた者はいない。
アリアは今、その最奥へ向かっている。
そこで待つのは、
過去の王でも、未来の王でもない。
“風という存在そのものが映し出す、自分自身”。
光のような風に包まれ、
アリアはゆっくりと降り立った。
そこは、世界のどこにも存在しない場所だった。
空はなく、地もなく、
ただ透明な風が静かに回っている。
ひとつの光球が浮かび、
それは呼吸するように脈動していた。
アリア
(これが……“風王の心臓”……
世界の風脈を生む、真核……)
その時、
光球の前にひとつの影が降り立った。
人の形をしている。
柔らかな風の衣をまとい、
長い髪が風そのもののように流れている。
そして――
その顔は、
アリアと同じだった。
アリア
「……私……?」
影の王は微笑んだ。
「私は“王の残影”。
かつて風王であった者が、
自分自身の魂をこの場所に刻んだ影。
そして……」
影の王
「私は、かつて――お前だった。」
アリアの胸が強く打った。
「私……?
未来の……私なの?」
影の王は首を振った。
「いいえ。
“なり得たかもしれない未来”。
風に飲まれ、風に溺れ、
世界を呑み込むほどの風を抱えた結果の“私”。」
アリア
「……災害になった、未来の私……?」
影の王
「そうとも言えるし……
そうではないとも言える。」
アリアは拳を握った。
「どうして……
そんな残影が、ここに?」
影の王はゆっくりと歩み寄る。
アリアは一歩も引かずに見返した。
「風王の真核は、
“王の願い”を最も強く反映する。
多くの王はその願いに潰され、
“影”としてここに残った。」
アリア
「願いに、潰される……?」
影の王
「大いなる願いは祝福だが、
同じだけ呪いにもなる。
世界を救いたいと強く願えば、
世界を壊すほどの力を得てしまう。」
アリアは息を呑む。
影の王
「そして……
私は世界を救いたすぎて、
“世界より大きな風”になってしまった。」
アリアは胸の奥が締め付けられる。
影の王
「アリア。
お前は三重の風を宿した。
この力は、王の中でも異端。
扱いを誤れば、
お前も“私”になる。」
アリア
「そんな未来、選ばない。」
即答だった。
影の王が少し驚いたように目を細める。
「どうしてそう言い切れるの?」
アリア
「私には……
守りたい人がいるから。」
影の王は静かに微笑む。
「では見せてあげる。
“守りたい願いが、世界を壊す”ということを。」
アリアの視界が揺れる。
影の王が手をかざした瞬間、
世界が反転した。
***
そこは炎と風が荒れ狂う世界だった。
空は裂け、
大地は吹き飛ばされ、
海は空へ逆流していた。
アリア
「なに……これ……?」
影の王の声が風に混じって響く。
『これは私が生んだ“未来”。
人々を守りたくて、
争いを止めたくて、
すべてを救いたくて……
全ての風を私の手で導こうとした。』
アリア
「その結果が……これ……?」
『あらゆる風を束ねた瞬間、
世界の均衡は壊れた。
風は一つになることを許されない。
“王の願いが強すぎる”というだけで、
世界はこうして崩れる。』
アリアの胸が痛んだ。
影の王
「だからお前にも問う。
本当にその力を“抱く覚悟”があるのか。」
アリア
「覚悟は……ある。」
影の王
「答えが早すぎる。」
アリアは影の王に近づき、
その手を取った。
「覚悟は、痛みと一緒に歩くものだよ。
私は母の痛みも、影界の痛みも受け取った。
だから……最後まで背負う覚悟もできてる。」
影の王の目が驚きに見開かれた。
アリア
「私は……一人で抱えるんじゃない。
仲間がいる。
だから私は――あなたにはならない。」
影の王はその言葉に、
長い沈黙の後、わずかに笑った。
「……そうか。
お前は……“私とは違う”んだね。」
風が静かに揺れる。
影の王
「ならば――進め。
真核はお前を選ぶだろう。
その風は祝福にも、呪いにもなる。
すべては、お前がどう使うか次第。」
光が差し込み、
影の王の姿がほどけて消えてゆく。
消える寸前、
影の王がアリアに最後の言葉を残した。
「アリア。
“風は二度泣き、一度笑う”。
その意味をわかる時……
お前は本当の王になる。」
影が霧散し、
アリアは真核の前へと歩いた。
風の心臓はゆっくりと脈打ち、
彼女を待っていた。
アリアが風の真核と向き合う直前、
“なり得た未来の自分=影の王”と対話する回でした。
風王の真核とは世界の風脈の心臓
影の王=アリアが風に飲まれた未来
「守りたい願い」が呪いになる危険
アリアは“仲間と共にある”ことで未来を変えられると宣言
影の王は彼女の進む道を承認
ついに“真核”と対峙するアリアへ
次回、第11話では
真核がアリアに何を問うのか
そして
三重の風が最終的にどんな“形”を得るのか
が描かれます。




