第四章:風災編 第3話 風核の記憶 ― 母が抱えた罪
風は時に、記憶を運ぶ。
そして同じだけ、記憶を奪ってゆく。
母セレンが抱える“風核”は、
本来なら王族の守護として静かに息をしているはずだった。
しかし今は暴走し、
記憶という記憶をかき消し、
アリアさえ認識できない。
だが、記憶が消えたということは、
その奥底に“触れてはいけない真実”が眠っている証でもある。
母は何を恐れ、
何を封じ、
何を背負ってアリアを手放したのか。
アリアは、それを知る覚悟を決める。
暴風と叫びが交錯し、地面が震えている。
母セレンの風核は、苦痛に身をよじるように明滅し、
彼女の意識を何度も飲み込んでは吐き出していた。
「……やめて……記憶が……混ざる……!」
セレンの声は、悲鳴というより祈りに近かった。
アリアは震える手で母へ近づく。
それは戦いのためではない。
抱き締めたいという願いのためでもない。
ただ――
“知りたい”という思いが彼女を動かしていた。
ゼフィールが警告するように低く声を発した。
「アリア、風核は精神を削るぞ。
触れれば、お前の記憶も巻き込まれる。」
アリアは振り返らない。
エリオンの止める声も、ロウガの叫びも、
今はただ遠くに聞こえるだけ。
「大丈夫……」
アリアは、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「私はもう……
“風の王”としての覚悟がある。」
矛盾していた。
“娘”として向き合うと言いながら、
アリアは風の王としての覚悟を盾にしていた。
だが、それでよかった。
王としての覚悟がなければ、
娘として触れることさえできない痛みが、この先にあると感じた。
アリアはそっと手を伸ばし、
母の胸にある“風核”へ指先を触れさせた。
瞬間――
世界が反転した。
光が、風が、記憶が、
すべてが流れ込んでくる。
視界が白に染まり、
足元に大地の感触が消えた。
***
気付くとそこは、
幼い日のトーレン村だった。
穏やかな風。
陽の光を弾く草原。
小さなアリアが走り回っている。
その後ろを、優しい銀髪の女性――セレンが追っていた。
アリアは息を呑んだ。
これは、母との記憶。
“どうして……こんな場所が……?”
ゼフィールの声が遠く響く。
(風核は、持ち主の“奥底の記憶”を映す……
見る覚悟を決めろ、アリア。)
アリアはゆっくりと母に近づいた。
目の前のセレンはまだ若く、
幸福の色を纏っている。
小さなアリアが転ぶと、
セレンはすぐ駆け寄り、抱き上げた。
「痛かったね……
でも大丈夫。ほら、風にふーってして……
痛い痛い、飛んでいけ。」
その風はやさしく、
アリアの胸にあった古い痛みさえ癒やすようだった。
だが、記憶はそこで途切れない。
景色が歪み、音が沈む。
次の瞬間――
帝国近衛らしき兵士たちが現れ、
セレンを取り囲んだ。
「王家の“核保持者”セレン・ヴァルステッド。
あなたには、娘を引き渡してもらう。」
アリアの胸が冷たくなる。
“引き渡す……?
私を……?”
セレンは娘を抱き締め、全身で庇うように叫んだ。
「この子は絶対に渡さない……!!
アリアは“王ではない未来”を生きられる……
だから……!」
兵士
「風の資質は目覚めつつある。
放置すれば国を揺るがす。
規定どおり、王家管理下に置く。」
セレン
「あなたたちはわかっていない……
この子の風核は……
“異常に強い”の……!」
その瞬間、アリアの胸が痛む。
母は最初から知っていたのだ。
自分が誰より強い風を宿す運命であることを。
セレンは震える声で続けた。
「アリアを守る唯一の方法は……
私が彼女から離れること……
私の風核が近くにある限り……
アリアの核は暴走する……」
アリア
「……そんな……
そんな理由で……?」
記憶の中のセレンは、
泣きながら幼いアリアの額にキスをした。
「ごめんね……
アリア……
愛してる……
でも……一緒にはいられない……
あなたを守るためには……
これしか……」
アリアの視界がぼやけた。
涙が溢れ、息が詰まりそうだった。
“お母さんは私を……
捨てたんじゃない……
守るために……
自分から離したんだ……”
ゼフィールの声が響く。
(これが——
セレンが抱えていた罪。
そして君が知らなかった“風の王家の宿命”だ。)
アリアは母へ手を伸ばした。
だが記憶世界は激しく震え始める。
“戻れ”と告げるように。
アリアは叫んだ。
「お母さん……!!
私は今、生きてるよ!!
ここにいるよ!!
見て……!!
もう……怖くないよ……!!」
光が弾け、記憶は霧散する。
アリアは現実へ引き戻された。
***
暴風の中心で、アリアは母を抱きしめていた。
セレンの瞼は震え、
風核は弱まっている。
アリアは母の肩に顔を埋め、静かに言った。
「お母さん……
あなたの罪なんて……
何もないよ……
私は……あなたに、守られて……
生きてこられたんだよ……」
セレンの唇が微かに動いた。
「……ア……アリア……?」
かすかな声。
わずかな光。
母の記憶が、
確かによみがえりつつあった。
アリアが母セレンの記憶へ踏み込み、
“母が娘を手放した理由”が明らかになりました。
風核の暴走で記憶を失ったセレン
帝国近衛に迫られた母子の危機
アリアの風核が“異常に強く”生まれたこと
その暴走を抑えるため、母が自ら離れたという事実
つまりセレンはアリアを守るために“罪を背負った”
アリアの心は深く傷つきながらも、
同時に母の愛を知ったことで一歩前へ進みました。
次回はついに――
母の風核を癒やすため、アリアが“決断”を下す回。




