↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰冠(はいかん)の大陸アルメリア  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/316

第一章:灰と星の少女 第2話 紅の志願兵

焚刑の夜を越え、少女は軍の蹄音と鉄の匂いの中に落ちた。

名を隠し、血を封じたまま、弱き軍団の門を叩く。

夜明け前の空は、紫と灰の中間の色だった。

遠くの雲に陽光が滲み、帝国第七軍団の砦がその輪郭を浮かび上がらせていく。

高い城壁ではない。石積みは粗雑で、ところどころ苔が生えている。塔もひしゃげ、旗の布はほつれていた。


(弱い軍だ――噂は本当)


アリアは馬から降り、震える脚を押さえた。疲労が骨に染みているはずなのに、胸だけが熱い。怒りがまだ燃えている。灰にならず、燻っている。


騎兵隊長――名をまだ名乗らぬ青年将校――が扉を叩くと、門兵が眠そうな顔を出した。


「夜明け前に何の大声ですか。酒場は街の――」


「粛正官の追跡を撃退した。報告の準備を」


眠気は消えたようだ。門はきしみながら開き、アリアとミラも中へ入る。砦の中庭には、訓練用の木人形が倒れたまま放置され、槍は錆び、兵士たちは焚き火の周りで賭けごとをしていた。軍というより、野盗の集まりに近い。


一人の兵士が、アリアに目を向けて whistle(口笛)を鳴らす。


「なんだぁ? 新しい慰みか?」


ミラが肩を震わせる。しかしアリアは兵の目をまっすぐ見返した。

返答は冷えた視線ひとつ。その鋭さに、口笛の男は思わず喉を鳴らした。


(今は怒りを使うな。感情を燃やすのは、もっと後)


隊長が短く吐き捨てた。


「愚図ども。拾ったのは難民だ。馬を用意して寝ろ。戦場は酒場ではない」


「隊長殿は相変わらず堅いっすねえ」


軽口を言う兵が笑う。だがその笑いは浅く、恐怖から逃げるための音だ。

この軍団には誇りがない。負け戦を重ね、帝国の捨て駒――。アリアは一瞬で見抜いた。


(ここに、私の未来が沈むのか?)


いいや、と胸の奥で声が囁く。沈ませるために来たのではない。

ここから奪い返す。すべてを、だ。


砦の奥、粗末な詰所。隊長が机に地図を広げる。

その顔は疲れていたが、目は戦場の色をしていた。


「名を聞く前に確認する。なぜ追われていた?」


「……生きていたからです」


「意味が分からん」


「帝国は、必要以上のものを残さない主義だと聞きました」


隊長は眉を寄せた。察しがいい。だが深くは追及しない。ただ、ため息だけが落ちる。


「この砦では身分は問わん。黙って生きたければ黙ってろ。ただし戦え。弱者は殺される」


「望むところです」


「そうか。ならば歓迎する。俺はロウガ――第七軍団第十三分隊長だ」


ロウガ。噂では、かつて本隊にいたが左遷された男だ。

能力はある、だが体制に逆らう性。アリアは心の中で静かに頷いた。


「女と子供に戦場は――」と言いかけた古参兵がいたが、ロウガが一瞪(ひとにら)みで黙らせた。


「そいつは兵になる。もう一人は補佐」


アリアはミラの腕を握った。「私は戦います。ミラは……」


ミラは首を横に振った。「私はあなたの背を守ります。戦えませんが、死なせません」


(ミラは剣ではない。だが、私の城だ)


ロウガが二人を見比べ、かすかに興味を示した。


「奇妙な絆だな。まあいい。昼に志願兵訓練がある。そこで示せ」


中庭に戻ると、粗末な盾と木剣が配られた。兵士たちは冷笑する。


「お嬢ちゃん、指折るなよ?」


アリアは無言で木剣を取る。柄が重い。手の皮が裂ける覚悟を指先に宿す。


「始め!」


打ち込みの声。

最初の一撃は重かった。巨漢の兵士が容赦なく振り下ろす。

木剣と木剣がぶつかり、衝撃が腕を痺れさせる。


(重い……だが――)


足を滑らせたふりをして前へ倒れ込む。巨漢が体勢を崩す。アリアはわずかに角度を変え、木剣の腹で膝裏を払った。


「うわッ!」


巨漢が尻餅をつく。嘲笑が止まり、ざわめきが生まれる。


(力がないなら、隙を奪えばいい)


次の相手が来る。三撃目で手が震える。でも目は冷えていた。

兵士の突きをいなし、腕を抑える。膝で相手の胸を押し込み、体重を預ける。息が荒くなる。だが、止まらない。


最後の兵士が息を上げながら言う。


「なんだこいつ……!」


周囲が静まり返る。

ロウガが歩み寄り、ふっと笑った。「名は?」


アリアは短く答える。


「アリア。姓は――ありません」


その瞬間、掌が熱を帯びた。紋章が疼く。

家名を封じた誓いが、血の底で目を開ける。


ロウガは頷いた。「剣筋は粗い。だが目が戦場を知っている。よし――」


彼は周囲に告げる。


「今日よりアリアは第七軍団の兵だ!」


中庭に、ざわつきと微かな敬意が混じった空気が流れた。

火がついたのだ。弱き軍団の灰に、星のような火種が。


ミラがそっとアリアの背に触れた。「お疲れさまです……アリア様」


「ただのアリアです。今は」


アリアは空を見上げた。

焚刑の夜の煙は遠く、でも胸の中では燃えている。


(この場で力を積む。名は、後で掲げる)


砦の上で見張りが叫んだ。


「東の丘に煙! 敵旗の可能性!」


風が変わる。戦場の気配だ。

アリアの掌が、熱を帯びる。血が呼応する。


(これが始まり。奪われた夜に答える戦――)


少女は剣を握った。

歴史はまだ知らない――この瞬間、灰冠の王が歩き出したことを。

第七軍団の底知れぬ現実、アリアの初の力量披露でした。

次話では――

帝国辺境での小競り合い

失われた名を匂わせる陰謀の影

アリアが初めて「人に命じる」瞬間

を描きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。