第二章:王の道、灰より始まる 第5話 灰に生まれし神 ― 方舟計画の残響
神は天にいなかった。
血の底に、沈んでいた。
――人が神を造ろうとした夜、その世界は壊れ始めた。
帝国首都の地下。
王城の真下には、誰も知らぬ広大な地下聖堂がある。
封印され、記録からも消された禁域。
かつて、“方舟計画”が行われた場所だ。
エリオン・ヴァスは、松明を掲げて静かに歩いていた。
彼の足音が、石壁に反響する。
(……この匂い。血、そして魔力。
まるで生き物の腹の中を歩いているようだな。)
壁に埋め込まれた古代文字が淡く光る。
《契約の地》《神を迎える器》《灰冠の王》――。
その最奥に、巨大な魔導管があった。
管の中で、赤黒い液体が脈打っている。
まるで心臓。
いや、“誰かの血”だ。
エリオンは無言で近づき、指先で管をなぞった。
その瞬間、視界が歪む。
――“エリオン・ヴァス”か。
ようやく来たな、“選定の監視者”。
声。
しかし人ではない。
脳内に直接響く。
エリオンは眉をひそめた。
「誰だ。……いや、何だ。」
――我は“灰冠の王”。
かつて帝国を創り、滅ぼした者。
そして、再び世界を裁く者。
「……まさか、伝承の“灰冠の始祖”か?」
――名など意味を持たぬ。
血が繋がり、意志が呼ぶ。
娘が目覚めた。
アリア・ヴァルステッド――彼女が、次の方舟だ。
エリオンの瞳がわずかに揺れる。
「方舟……とは、神を運ぶ器か。」
――神ではない。
“意志を超えた意志”。
人が神に届こうとした“最後の実験”。
エリオンは拳を握る。
「……なるほど。帝国はまだ終わっていなかったわけだ。」
――帝国は終わる。だが、血は残る。
お前の役目は見届けること。
“彼女が人として終わるのか、神として始まるのか。”
視界が揺らぎ、世界が崩れる。
エリオンは膝をつき、息を荒げた。
(……神を造る? 灰冠を器に?
――アリア、お前の血が、“方舟”そのものだと……?)
■ 同時刻 ― 灰冠砦
アリアは夢を見ていた。
灰の海の中に、一人の影が立っている。
銀灰の髪、同じ瞳、しかし年齢は遥かに上。
「アリア・ヴァルステッド。」
「……あなたは?」
「お前の祖。“初代灰冠王”だ。」
「……なぜ、今、私の中に?」
「血が呼んだ。
この世界は、また同じ道を歩もうとしている。
“神を人の手で作る”という、愚かな道を。」
アリアは拳を握る。
「帝国のこと……“方舟計画”?」
「そうだ。
帝国の始まりも終わりも、“血”が原因だった。
我らは神になろうとして、人をやめた。
だが――お前はまだ、人でいられる。」
「私は……“灰冠の血”に支配されていません。
私は、私の意志で戦っている。」
「ならば、証明せよ。
神ではなく、“人の王”として。」
灰の海に風が吹いた。
光が差し込み、影が崩れ落ちる。
その光がアリアの胸に溶け、鼓動となる。
(……この力。
恐れるな。受け入れろ。
でも、飲まれるな。)
■ 目覚め
アリアは息を荒くして目を覚ました。
掌の紋が、金と灰の二色に光っている。
その輝きは、以前よりも静かで――しかし確実に“覚醒”していた。
ミラが駆け寄る。
「アリア様! 夢を……?」
「ええ。だけど、ただの夢じゃない。
“過去”を見た。帝国の始まりを。」
ロウガが腕を組む。
「帝国の始まり? 嬢ちゃん、何を言ってんだ。」
「この世界は一度、滅びてるの。
帝国は“方舟計画”で神を創ろうとした。
でも、それが失敗して――血が暴走した。
その血こそ、“灰冠”。」
ロウガとミラが息を呑む。
アリアは立ち上がり、拳を握る。
「つまり私は、“神を創るための血”で生まれた。
でも、私は神にならない。
――人として、この世界を変える。」
その言葉には、揺るぎない決意があった。
■ 王都・地下再び
エリオンは魔導管の前に立ち尽くしていた。
管の奥で血が激しく脈動し、声が響く。
――お前は、どちらに立つ。
帝国か、灰冠か。
エリオンの瞳に迷いはなかった。
「どちらにも立たない。
俺はただ、“人の時代”を見届ける。」
――そのために、血を裏切るか?
「俺もまた、灰の中から生まれた者だ。
――アリア、お前が“王”になれるのか、確かめさせてもらう。」
彼は松明を投げ、魔導管を焼き切った。
炎が広がり、血が赤く光る。
天井から崩落が始まる。
――愚か者。神は人の手で作られる――!
「違う。
神はもう要らない。
“人”が自分で選ぶ時代にする。」
エリオンは闇の中へ走り去った。
■ 灰冠砦 ― 夜明け
アリアは丘の上で空を見上げていた。
東の空に、一筋の赤い光。
それは夜明けの炎。
まるで、新しい世界の胎動。
(血で神を作る時代は終わり。
これからは、“意志で人を救う”時代。)
アリアは風に髪をなびかせ、呟いた。
「私は“灰冠の王”ではない。
――“人の王”になる。」
帝国の禁忌「方舟計画」がついに明らかに。
それは“神を人の血から創る実験”であり、
アリア自身がその“後継の器”であったことが判明しました。
一方、エリオンは帝国を裏切り、「人の時代」を選ぶ。
帝国の崩壊と、アリアの覚醒はもはや避けられません。




