第二章:王の道、灰より始まる 第4話 焔と風の王都 ― 帝国会議の闇
戦場の剣よりも、議場の言葉のほうが多くの命を奪う。
そして――王都は、静かに血を啜っていた。
帝国首都。
千の塔が立ち並ぶこの都市は、今も華やかに見える。
だが、街の底を這う空気は重い。
灰冠軍の蜂起、北方第十二師団の敗北――その報は、すでに帝都中を駆け巡っていた。
王城の会議室には、貴族と軍人たちの怒声が響く。
「反逆者アリア・ヴァルステッド、放置すれば帝国の威信は崩壊する!」
「だが、彼女の軍勢はもはや民衆の支持を得ている!」
「血統の秩序を守らねば、帝国が帝国でなくなる!」
叫び、罵り、非難――
まるで戦場のような会議だった。
その中心、椅子に深く腰を下ろす男がいる。
宰相ガルス・ハーゲン。
冷酷と名高い帝国の政治家。
その瞳はまるで氷のようで、感情の欠片もない。
「……静まれ。」
その一言で、全員が沈黙した。
「“灰冠”は反逆者である。だが同時に、秩序の試金石でもある。
――この混乱を利用する。」
貴族たちがざわつく。
ガルスは続けた。
「アリア・ヴァルステッドを討つために“粛正部隊”を再編しろ。
表向きは討伐。だが裏では、我らの手で“血誓の兵器”を再生させる。」
「ま、まさか……あの禁術を……!?」
「そうだ。“灰冠計画”を正式に発動する。」
その名を聞いた瞬間、空気が凍る。
アリアの祖が残した禁忌の研究――血誓魔法の極致。
帝国が封印したはずの“王殺しの儀式”。
■ 会議終了後 ― 皇帝の私室
ガルスが玉座前に進み、跪く。
そこにいたのは、
白髪を戴きながらもなお鋭い眼光を放つ男、皇帝カリオス三世。
「――陛下。灰冠の娘が“国”を興しました。
北方は炎上し、帝国の支配が揺らぎつつあります。」
皇帝の声は低く、重かった。
「面白い。
灰冠の血はまだ絶えておらぬか。……あの女の母を焼いた夜を、私は覚えている。」
「では、討伐を?」
「否。放て。
生かせ。……育てよ。
“灰冠”がどこまで帝国を脅かすか、見てみたい。」
ガルスの唇が歪む。
「陛下は……彼女を“試す”おつもりですか?」
「王は、王を試す。
――それが“選定”というものだ。」
■ 一方その頃 ― 王都裏通り
雨が降っていた。
濡れた石畳に、黒衣の男が立っている。
フードの下で、蒼い瞳が光った。
エリオン・ヴァス。
「……陛下も動き出したか。」
彼の隣に、帝国情報局の密偵が現れる。
「ヴァス殿、宰相が“灰冠計画”を再起動しました。
そして貴殿に“特命”が下っています。」
「特命?」
「灰冠の娘を――捕獲せよ。」
沈黙。
雨の音だけが響く。
エリオンは静かに笑った。
「捕獲……? それでは、陛下はもう“彼女を生かす価値”を見いだしたということだな。」
「……どういう意味です?」
「“殺せ”ではなく“捕らえよ”だ。
――つまり、まだ“王の器”と見ている。」
エリオンは雨の中を歩き出した。
その背を追う密偵が問う。
「では、命令に従うのですか?」
「もちろん。
……だが“誰に”従うかまでは、命令されていない。」
その声には、鋭くも哀しい響きがあった。
■ 王城の地下
ガルス・ハーゲンは暗い部屋で独り立っていた。
机の上には、黒い液体が満たされた魔導器。
中には何かの影――“血の塊”が脈打っている。
「灰冠の血。
我らの未来を支える“鍵”であり、“呪い”でもある。」
ガルスの指が血液をなぞる。
赤黒い光が漏れる。
「アリア・ヴァルステッド。
お前の血が、帝国の王をも凌駕するなら――」
「その血で、新しい“神”を造ろう。」
彼の口元に、狂気の笑みが宿る。
■ 翌朝 ― 灰冠砦
アリアは窓辺に立ち、朝の光を見つめていた。
雪解けの風が砦を撫で、旗が静かに揺れている。
ミラが報告に来る。
「帝都が動き始めたとの報告です。……“討伐令”が正式に出ました。」
アリアは目を閉じる。
風の中に、血の匂い。
遠く、炎の気配。
「いずれ来ると思ってた。
――でも、もう逃げない。」
ロウガが後ろで笑う。
「嬢ちゃん、次の戦は“宣戦布告”だな。」
アリアは静かに頷いた。
「ええ。帝国は私を“反逆者”と呼ぶ。
なら――私は、“新しい王”として名乗る。」
風が吹いた。
灰の中に、陽光が差し込む。
その光は、まるで灰の王冠のようにアリアの髪を照らしていた。
帝国の核心、ついに動く。
皇帝カリオス三世、宰相ガルス、監察官エリオン――
それぞれが異なる思惑でアリアを見つめ、
帝国は内側から崩壊を始めました。
アリアの存在は、すでに“反逆者”ではなく“王候補”。
戦場は政治へ、政治は神話へ――物語は加速します。




