第二章:王の道、灰より始まる 第3話 帝国の号砲 ― 反逆者討伐令
旗を掲げた瞬間から、運命は戻らない。
この日、灰冠の旗は“反逆の印”として世界に知られる。
灰冠砦――夜。
静寂を裂くように、鐘が鳴り響いた。
「警戒! 帝国の旗を確認――!」
見張り台の報告に、砦中が動き出す。
ミラが駆け込み、報告書を差し出す。
「帝国軍、北方第十二師団! ……総勢千五百、こちらの五倍です!」
アリアは即座に立ち上がる。
「もう来たのね……早かったわね、エリオン。」
ロウガが隣で眉をひそめる。
「嬢ちゃん、まさかあの監察官が情報を流したってのか?」
「ええ。彼は帝国に残って“私を試す”つもりなのでしょう。」
「試すだと? 命懸けの戦でか!?」
アリアは小さく笑う。
「そうよ。
――それが、あの人の“忠誠の形”だから。」
■ 帝国軍・野営陣
赤い月の下、帝国の陣営が整っていた。
指揮幕舎の中で、将軍ドラン・ハウゼンが報告を受ける。
「標的は“灰冠の反逆者”アリア・ヴァルステッド。
帝国法第十一条に基づき、即時討伐命令が下っております。」
ドランは鼻で笑う。
「反逆者、ね。……まだ十代の小娘だろう?」
「ですが、“方舟級魔導反応”が観測されています。」
「――ほう。それは面白い。」
ドランの目が光る。
「ならば討伐ではなく、“捕獲”だ。
生け捕りにして帝都へ運ぶ。皇帝が喜ぶだろう。」
その笑みは、血よりも冷たかった。
■ 夜明け前 ― 灰冠砦・作戦室
アリアは地図を広げた。
砦の北は崖、南は湿地帯。
真正面から戦えば、圧倒的不利。
ロウガが唸る。
「正面決戦じゃ勝ち目がねえ。どうする気だ?」
「勝つ気はありません。
――“生き残る”戦いをします。」
「生き残る?」
「帝国の刃を受け流して、時間を稼ぐ。
獣王連邦が動くまでの三日間、ここを守り抜けばいい。」
ロウガが頷いた。
「三日……その間に援軍が来ると信じるか?」
「信じる。フェンリス王は、約束を破る男じゃない。」
「……あの狼、見抜いてたんだな。お前の目の奥を。」
アリアは微笑んだ。
「ええ。獣たちは、人よりずっと“心”を見ますから。」
■ 第一日目 ― 帝国軍進軍
太鼓が鳴り響き、黒旗が風を裂く。
帝国の軍勢が列をなし、砦へ迫る。
地面が震え、空が唸る。
それは、まさに“帝国の号砲”。
砦の上で、アリアが立つ。
風が灰の布をなびかせる。
「弓隊、装填――。
狙うのは人ではなく、“前の地”よ。」
「地、だと?」
「足を奪えば、戦は遅れる。」
号令。
弓の雨が放たれる。
だがその矢は敵兵ではなく、湿地帯の手前に突き刺さった。
そこに仕込まれていたのは、火薬草――乾燥すると爆ぜる特殊草。
一瞬の静寂ののち、轟音。
地面が裂け、泥と炎が帝国兵を呑み込む。
列が崩れ、叫びが上がる。
ロウガが吠える。
「やったな、嬢ちゃん!!」
「まだ一日目。――油断しないで。」
その声は冷静で、鋭く、どこか誇らしかった。
■ 第二日目 ― 雨
帝国軍は陣を立て直し、砦を包囲した。
矢の音が途絶えず、雨がそれを打ち消す。
ミラが必死に負傷兵の手当てをしている。
血と雨が混じり、砦の床を赤く染める。
「アリア様! 補給が――もう持ちません!」
「いいわ。……全員に伝えて。
“この旗が立つ限り、ここは落ちない”と。」
ミラの目に涙が浮かぶ。
「そんなこと言って、あなたが倒れたら……!」
「その時は――私の代わりに、旗を持って。」
アリアは微笑んだ。
その笑顔は、恐ろしいほど穏やかで、
まるで灰の中の灯火のようだった。
■ 第三日目 ― 黒煙の夜
夜空を裂くように、帝国の攻城砲が火を吹いた。
砦の南壁が崩れ、敵兵がなだれ込む。
ロウガが叫ぶ。
「突破された!!」
アリアは剣を抜いた。
「全員、撤退路を確保して!」
ミラが叫ぶ。
「アリア様は!?」
「私が最後に残る。――これが、灰冠の将の務め。」
その時、遠くの丘で狼の遠吠えが響いた。
ロウガが顔を上げる。
「……あの声、まさか!」
雪煙を上げて現れたのは、白銀の軍勢。
獣王連邦――フェンリスの援軍だった。
「遅くなったな、人の王よ!!」
フェンリスの咆哮が戦場を揺らす。
帝国軍が一斉に動揺する。
アリアは剣を掲げ、叫んだ。
「灰冠軍、反撃開始!!
生き残りたい者は、私と共に戦え!!」
風が吹いた。
灰が舞い、炎が弾け、剣が閃く。
夜が戦場の赤に染まり、やがて――帝国の陣が崩れた。
■ 夜明け
砦の丘。
アリアは剣を地に突き立て、息を整える。
血に濡れた旗が、朝日に照らされていた。
ロウガが肩を貸し、笑った。
「勝った……嬢ちゃん、勝ったぞ。」
「いいえ、これはまだ“始まり”です。」
アリアは空を見上げる。
朝の光が、灰の中で揺れていた。
(この血は、もう呪いじゃない。
この戦は、ただの生存でもない。
――国を創るための“戦い”だ。)
帝国、ついにアリアを「反逆者」として討伐。
しかし、獣王連邦との盟約によって灰冠軍は勝利。
“生き残るための戦”から、“国を創る戦”へと移り変わりました。
帝国と灰冠軍の戦争は、もはや避けられない。
血の支配の終焉と、意志の時代の幕開けが始まります。




