第二章:王の道、灰より始まる 第2話 白狼王、牙を研ぐ
戦場で剣を交えるより、言葉で剣を向ける方が難しい。
――そして、外交は最も血の匂いがする戦だ。
北方、獣王連邦の国境地帯。
風が唸り、雪が地を削る。
空には太陽も見えず、ただ白い嵐が続いていた。
その雪原を、灰冠軍の一団が進む。
先頭にアリア。
灰色の外套、兜なし。
その姿は凛として、風の中でも揺らがない。
背後にはロウガとミラ、そして十名の随行兵。
この会談――危険を承知の上での訪問だった。
「まさか本当に来るとはな、嬢ちゃん。
獣王連邦の王は“人の嘘”を嫌う。命がけの場になるぞ。」
ロウガがぼやくように言う。
アリアは小さく笑った。
「嘘をつく気はありません。
――真実しか、もう私には残っていませんから。」
ミラが袖を握る。
「どうか……お気をつけて。」
(大丈夫。今の私には、“怖れ”がない。
あるのは――“選ぶ覚悟”だけ。)
■ 獣王連邦・北門城
巨大な石の門。
両側に狼の像。
城壁の上には、獣人たちの兵が並び、矢を構える。
アリアたちが進むと、門が開いた。
中から低い声。
「灰冠の将――アリア・ヴァルステッド。
我が王の前へ。」
案内役は黒毛の狼人、背丈はアリアの倍近い。
だが彼女は目を逸らさない。
その態度に、狼人の目がわずかに細まる。
「……お前、人間にしては“怖れ”がないな。」
「怖れても、結果は変わりません。」
「気に入った。ついて来い。」
広間。
天井は高く、柱には獣の彫刻。
炎の松明が唸るように燃え、血のような光を放っている。
玉座に座る男――
白銀の毛並み、鋭い金の眼。
それが、白狼王フェンリス・ラグナードだった。
彼の一声で空気が変わる。
「――灰冠の将、前へ。」
アリアは進み出る。
床を歩く音が、広間に響いた。
「遠くからよく来たな、人の娘。
灰冠……その名、久しい。
かつて我らの祖も、貴様らの祖と剣を交えた。」
「その因縁を、今日で終わらせに来ました。」
ざわ、と獣人たちが息をのむ。
アリアの声は静かだが、凍てつく風のように鋭い。
フェンリスの金の目が笑う。
「終わらせる? 戦を? それとも“支配”を?」
「どちらでもありません。
“始める”ためです。」
「始める……?」
「帝国にも、あなた方にも、血で縛られた時代があります。
私は、それを“意志”で塗り替えたい。」
「ふん……“意志の王”を気取るか。」
フェンリスが立ち上がる。
その影は巨大で、まるで雪山のように広がる。
足音ひとつで床が鳴り、空気が震える。
「言葉だけなら幾千も聞いた。
だが――人間の言葉は脆い。
血と牙でしか世界は変わらん。」
アリアは一歩も退かずに言った。
「ならば、私の牙はこの“意志”です。」
静寂。
広間の獣人たちがざわつく。
フェンリスの口角がわずかに上がった。
「……面白い。
この世で“血より強いもの”があると信じる愚か者は久しぶりだ。」
フェンリスは玉座の脇から、一本の剣を抜いた。
黒鉄の大剣。
「ならば見せろ。
貴様の意志がどれほどのものか。」
アリアが頷く。
「私の剣は、命を奪うためのものではありません。
――生かすための剣です。」
二人の視線が交錯する。
フェンリスが踏み込み、アリアが風を呼ぶ。
刃と風がぶつかり、火花が散る。
灰が舞い、床を覆う。
そして――フェンリスの剣が止まった。
アリアの風が、彼の頬を掠めただけ。
だが、その“刃”の軌跡に、王は確かに感じ取った。
“恐怖ではなく、覚悟”を。
「……なるほど。
お前の牙、確かに見た。」
フェンリスは剣を下ろし、笑う。
その笑いは獣の咆哮にも似て、広間を震わせた。
「いいだろう。
灰冠の将――貴様を“戦場の友”と認めよう。
血ではなく、意志で結ぶ盟約だ。」
アリアは膝をつき、胸に手を当てた。
「灰冠の名にかけて、誓います。」
フェンリスが頷く。
「戦が近い。帝国は北を狙っている。
もし奴らが動いた時、我らは貴様の旗を見よう。
その時こそ、“意志の国”の真価を示せ。」
アリアは微笑んだ。
「約束します。――灰の旗は、決して倒れません。」
■ 砦への帰路
吹雪がやみ、空に星が出ていた。
ミラが肩を寄せる。
「無事に終わりましたね……!」
「ええ。
でも、戦はもう始まっている。
今度は――言葉ではなく、国で示さなければ。」
ロウガが後ろで笑う。
「嬢ちゃん、“灰冠の国”か。名前はどうする?」
アリアは少し考えて、答えた。
「――《アルメリア》。
灰の大地に生まれる光。
この国の名は、それにします。」
ロウガが頷いた。
「いい名だ。」
風が吹く。
灰が星明かりを受け、静かに舞う。
(灰の下に、きっと新しい芽がある。
その芽を――私たちは守る。)
アリアの瞳に、夜空の星が映った。
アリア、初の外交。
そして“白狼王フェンリス”との意志の同盟成立。
血と誇りの王が、初めて人の“意志”を認めた瞬間でした。
これにより、帝国・灰冠軍・獣王連邦――三勢力の均衡が崩れ始めます。




