第二章:王の道、灰より始まる 第1話 灰冠軍、旗を掲げる
戦で国は滅びる。だが、志で国は生まれる。
灰の底から、少女は再び立ち上がった。
砦の修復が始まって三週間。
帝国軍の影は遠ざかり、獣王連邦の動きも一時的に沈静化していた。
だが、静けさの裏で、何かが確かに変わっていた。
砦に集う人々――
元兵士、逃亡農民、傭兵、孤児、元盗賊。
それぞれに背負う過去を持ち、どこにも帰る場所がなかった者たち。
彼らは口々にこう呼び始めた。
「灰冠の将の下に集え。」
アリアは砦の塔の上に立ち、遠くを見つめていた。
霧の向こうには帝都の尖塔。
かつて自分の家を焼いたその都が、今は燃え尽きた過去の幻のように霞んでいる。
ミラが後ろから報告書を差し出した。
「避難民を含めて、およそ二百三十名。
うち、戦闘経験者は八十……装備は足りません。」
アリアは頷く。
「人は足りなくても、意志はある。
ならば軍になる。」
ミラの目がわずかに揺れた。
「……本当に、旗を掲げるのですか?」
「ええ。
帝国のためでも、復讐のためでもない。
“灰の誓い”のために。」
そのとき、階段を駆け上がる足音。
ロウガが現れた。
鎧の肩に古傷、片腕には包帯。
「嬢ちゃん、いや……将軍。呼び方、どっちがいい?」
「アリアで構いません。」
「……ならアリア。
お前が旗を立てるなら、俺はその槍になる。」
ロウガの声は低く、しかし確かだった。
「この砦を“灰冠砦”と名づけよう。
ここから出発だ。」
午後、砦の広場。
アリアは簡素な壇の上に立った。
彼女の背には灰色の布。
かつてヴァルステッド家の紋章であった“灰冠と三つの星”が、
新しい意匠として縫い直されている。
群衆のざわめきが静まる。
風が吹く。
アリアはゆっくりと口を開いた。
「私たちは奪われた者です。
名前を奪われ、家を奪われ、信じるものさえ奪われた。
でも――それでも、生き残った。」
人々の顔が上がる。
その瞳に、かすかな光。
「血に縛られた帝国は、もう終わりです。
これからは、意志で立つ者が国を創る。
それが“灰冠”の旗の意味。」
アリアは掲げた。
灰の布が風を受け、ひるがえる。
陽光を反射し、まるで銀灰の翼のように輝いた。
「この旗の下で、誰も血に支配されない。
誰も、名前で選ばれない。
ここに宣言します――」
「我ら、灰冠軍を結成する。」
広場が沸いた。
歓声ではない。
嗚咽、拳、涙、叫び。
それぞれが、自らの傷に名を与えた瞬間だった。
ロウガが槍を突き上げる。
「灰冠軍、万歳ッ!!」
「灰冠軍、万歳ッ!!」
その声が幾度も木壁を反響し、砦を包む。
ミラは涙を拭きながら微笑んだ。
「……本当に、国を作るおつもりなんですね。」
アリアは空を見上げた。
灰が風に乗り、陽の光を散らす。
「はい。
国というより、“居場所”です。
戦に疲れた人々が、生きられる場所を。」
「そんなもの、帝国が黙って見過ごすと思いますか?」
「見過ごさないでしょうね。
だから――次は、迎え撃ちます。」
■ その夜
エリオン・ヴァスは砦の一室で報告書を書いていた。
ペン先が止まり、彼は小さく笑う。
「灰冠軍、か。……あの娘、やはり本物だ。」
傍らの部下が問う。
「計画の次段階へ?」
「いや、まだ早い。
王の器が試されるのは、血の中ではなく――
“信頼”の中だ。」
エリオンは窓の外を見た。
旗が夜風に揺れている。
灰色の布が、月光を反射して淡く光る。
「……王よ、願わくばあの娘を試しすぎるな。
灰の中に残る光を、まだ消さないでくれ。」
灰冠軍――誕生。
アリアは血の支配を拒み、「意志の旗」を掲げました。
そしてエリオンはなお、彼女の運命を試すように陰から見守る。




