第五章:帝国動乱編 第17話 侵入 ― 場を壊す者
争いのない場所は、
無力に見える。
守る剣も、
命令もない。
だからこそ、
それは狙われる。
対話の場を壊す最も簡単な方法は、
暴力ではない。
“恐怖”を持ち込むことだ。
帝都北側。
公開討議所。
夕刻。
人の出入りは、
以前より増えていた。
議論は、
白熱している。
だが、
声は抑えられ、
拳は握られていない。
***
その時。
入口の外で、
小さなざわめきが起きた。
記録係
「……何か……
ありましたか……?」
返事は、
なかった。
次の瞬間。
倉庫の扉が、
勢いよく開く。
数人の男が、
中へなだれ込んでくる。
粗末な服装。
顔は、
布で半分隠されている。
男
「こんな場所が……
帝国を……
弱くする!」
怒号。
討議所の空気が、
一瞬で凍る。
農民
「……誰だ……?」
男
「王に……
騙されてる!」
男
「話しても……
何も……
変わらない!」
机が、
蹴倒される。
音が、
大きく響く。
恐怖が、
場を支配し始める。
***
誰かが、
叫びそうになる。
だが――
法学者が、
一歩前に出た。
法学者
「……ここは……
話す場所だ。」
男
「黙れ!」
男
「お前みたいな……
言葉遊びが……
国を……
壊す!」
拳が、
振り上げられる。
その瞬間。
討議所の奥から、
低い声が響いた。
アリア
「……止めて。」
誰も、
王だと分からない。
外套も、
徽章もない。
ただの、
一人の女の声。
男
「……何だ……
お前は……?」
アリア
「……ここでは……
殴らない……
約束。」
男
「約束?」
アリア
「……この場所の……
決まり。」
男は、
一瞬、
笑った。
男
「そんな……
もの……
誰が……
守る!」
アリアは、
ゆっくりと近づく。
アリア
「……あなたが……
壊したいのは……
“話すこと”……
そのもの?」
男
「……違う!」
男
「俺たちは……
聞いても……
もらえなかった!」
その言葉に、
周囲が、
息を呑む。
***
アリアは、
立ち止まる。
アリア
「……誰に。」
男
「……役所に……
評議院に……。」
アリア
「……ここでは……
どう?」
男
「……どう……
って……。」
アリア
「……今……
話してる。」
沈黙。
拳が、
ゆっくりと下がる。
だが、
別の男が、
低く呟く。
別の男
「……遅いんだ……。」
別の男
「もう……
壊れた……
後だ……。」
その言葉が、
重く落ちる。
***
外で、
足音が響く。
都市守備隊。
だが、
中へは入らない。
入口で、
止まっている。
それが、
この場所の
“暗黙のルール”だった。
***
アリアは、
男たちを見渡した。
アリア
「……ここを……
壊したら……
次は……
どこで……
話す?」
男たちは、
答えない。
アリア
「……ここが……
嫌なら……
使わなくて……
いい。」
アリア
「……でも……
壊すと……
“誰の場所”にも……
ならない。」
沈黙が、
長く続く。
法学者が、
静かに言った。
法学者
「……彼らの……
怒りは……
正しい。」
農民
「……でも……
ここで……
殴ったら……
同じだ。」
男たちの一人が、
歯を食いしばる。
男
「……王は……
どこに……
いる……?」
アリアは、
一歩、
前へ出た。
アリア
「……ここ。」
ざわめき。
男
「……は……?」
アリア
「……命令は……
しない。」
アリア
「……でも……
この場を……
壊させない。」
彼女の声は、
大きくない。
だが、
逃げ道を
与えなかった。
***
長い沈黙の後。
男の一人が、
布を外す。
男
「……今日は……
引く……。」
机を蹴倒した男も、
歯噛みしながら、
後ずさる。
彼らは、
去っていった。
***
扉が閉まる。
誰も、
すぐには
話し出さない。
記録係の手が、
震えている。
法学者が、
深く息を吐いた。
法学者
「……場は……
守られた。」
アリア
「……まだ。」
アリア
「……“壊そうと……
された”……
だけ。」
***
夜。
討議所の灯りは、
消えなかった。
議論は、
続けられた。
恐怖を、
通過した後の
言葉は、
少し、
重い。
だが――
より、
本物だった。
外で、
夜風が吹く。
それは、
暴風ではない。
だが、
場を壊そうとした者にも、
確かに届いた、
冷たい現実だった。
この侵入事件が、
帝国全体に
どう波紋を広げるのか。




