第一章:灰と星の少女 第11話 焔の誓い ― 灰冠、再誕
血に従うか、意志に従うか。
この夜を越えて、少女は“灰冠”として立つ。
砦の空は、赤く燃えていた。
夜だというのに、雲が炎の色に染まる。
黒い煙が塔の上を渦巻き、金属の軋む音が風に混じる。
砦の中庭。
アリアは立っていた。
衣の裾は破れ、肩口には血。
しかし、その瞳は静かで――冷たく燃えていた。
正面、瓦礫の向こう。
黒衣の粛正執行官、ダリオ・ヘルトンがゆっくりと歩いてくる。
片手には魔導銃。もう片方の手には、
アリアの家紋が刻まれた“封印札”が握られていた。
「ようやくここまで来たか、灰冠の娘。
君の血は、帝国の未来を変える。だが……お前が生きていては困る。」
アリアは答えなかった。
ただ、右手を開き、風を呼ぶ。
灰が地を舞い、夜空を照らす。
「帝国は血で作られた。
けれど――私の血は、もう帝国のものじゃない。」
「理想を語るか。愚かだ。
血は運命だ。血は呪いだ。
そして“灰冠”は、それを証明した最初の罪だ!」
ダリオが引き金を引いた。
魔導弾が閃光を放ち、アリアの胸を狙う。
しかし――弾丸が届く前に、風が裂けた。
灰色の盾が弾丸を吸い込み、音もなく霧散する。
その中央に立つアリアの姿は、
まるで燃える灰の女神のようだった。
ロウガが駆け込んでくる。
背には傷、手には血。
「嬢ちゃん! 下がれ! あいつは……!」
「大丈夫。今度は、私が戦います。」
ロウガが言葉を失う。
かつて守られる側だった少女が、
今は守る者としてそこに立っていた。
アリアは歩き出す。
灰が彼女の周りを舞い、炎が道を照らす。
「灰は、燃え尽きるためじゃない。
――次の命を繋ぐために在る。」
アリアが掌を掲げる。
灰の光が、夜を裂いた。
風が走り、地を穿ち、炎が立ち上がる。
その一瞬――
世界が静止した。
灰が舞う中、
アリアとダリオの姿だけが残る。
ダリオが叫ぶ。
「そんな力……制御できるはずがない!!」
「いいえ。
――これは“私の意志”です。」
その瞬間、灰が爆ぜた。
轟音。
光。
そして沈黙。
風が止み、炎が消えた。
ただ夜空の下、灰が雪のように降り積もる。
■ 数刻後
砦の廃墟の中。
ロウガがゆっくりと瓦礫をどける。
中から、血に染まったアリアが倒れていた。
「……アリア!」
ミラが駆け寄り、彼女を抱き起こす。
アリアの唇が、かすかに動いた。
「……終わりましたか……?」
ロウガが頷く。
「終わった。ダリオも、粛正も、帝国の犬どもも逃げた。
お前の勝ちだ。」
アリアは微笑む。
掌に刻まれた紋章が、穏やかに光っていた。
「……灰冠の呪い、解けたんですね。」
「違うさ。」ロウガが苦笑する。
「“解いた”んじゃねえ。“越えた”んだ。」
アリアは目を閉じた。
その表情は、静かで――どこか安らかだった。
「この血は、もう誰のものでもない。
――私の誓いのために、流れる血です。」
■ 夜明け
砦の丘から見下ろす街並み。
朝靄の中、灰の雨が静かに降り注ぐ。
人々はそれを“祝福の灰”と呼び、顔を上げた。
ロウガとミラはその光景を見つめていた。
ミラが呟く。
「……あの方は、もう将軍ですね。」
ロウガは頷いた。
「そうだ。
“灰冠の将”――アリア・ヴァルステッド。
灰の中から立ち上がった、最初の王だ。」
風が吹いた。
灰が朝の光を受け、銀に輝く。
その空の下で、
アリアは静かに立ち上がった。
まだ足取りはふらつく。だが瞳はまっすぐ、揺らがない。
「戦は、終わっていない。
――これから、私が始める。」
遠く、風が鳴いた。
それは祝福のようで、哀しみのようでもあった。
だが確かに、新しい時代の幕開けを告げていた。
これにて第一章「灰と星の少女」は完結です。
焚刑の夜に奪われた名は、
血と意志によって再び立ち上がり、
アリアは“灰冠の将”として覚醒しました。
帝国の粛正は終わらず、
監察官エリオンの真意もまだ闇の中。
そして、北の彼方では獣王連邦が再び牙を研いでいます。




