第五章:帝国動乱編 第9話 歪曲 ― 王の名を借りる者
王が命令しないと決めた時、
沈黙は美徳にも、武器にもなる。
言葉を与えない王の名は、空白を生み、
その空白は――
誰かに埋められる。
正しさを装う者ほど、王の名を欲しがる。
それが、歪曲の始まりだった。
帝国南西州。
交易都市レイザン。
人が集まり、
噂が集まり、
金が集まる街。
広場の中央で、
一人の男が声を張り上げていた。
演説者
「聞け!」
人々が、
足を止める。
演説者
「王は言った!」
ざわめき。
演説者
「制度に縛られるな!」
演説者
「現場で判断せよと!」
市民A
「……王が……?」
演説者
「そうだ!」
演説者
「だから我々は、
独自に通行税を徴収する!」
怒号。
商人
「それは……
違法だろ!」
演説者
「王の意志だ!」
その言葉が、
刃のように突き刺さる。
***
同時刻。
都市守備隊詰所。
若い隊長が、
報告書を握り締めていた。
隊長
「……王の名を使って……
勝手な判断を……。」
副官
「ですが……
命令は……
来ていません。」
隊長
「……だから……
俺たちが……
決める。」
隊長は、
歯を食いしばる。
***
帝都。
評議院。
第一評議員
「南西州より、
不穏な報告です。」
文官
「王の言葉を
“拡大解釈”し、
独自権限を主張する者が……。」
反王派の評議員が、
口元を歪めた。
評議員
「……ほらな。」
評議員
「王の沈黙は、
混乱を生む。」
ガルディアス
「……沈黙ではない。」
ガルディアス
「歪曲だ。」
皇帝の声は、
低く、
強かった。
***
北方。
風なき地。
アリアは、
エリオンから
報告を受けていた。
エリオン
「……王の名を使って、
私利を通す連中が
出始めている。」
アリアは、
目を閉じる。
アリア
「……来ると思ってた。」
エリオン
「どうする。」
アリア
「……命令は……
出さない。」
エリオン
「だが、
放置もできない。」
アリア
「……うん。」
アリアは、
しばらく考え、
言った。
アリア
「……行く。」
エリオン
「どこへ。」
アリア
「……歪んだ場所。」
***
夜。
レイザン郊外。
例の演説者は、
倉庫で仲間と酒を飲んでいた。
演説者
「王の名は便利だ。」
演説者
「命令はない。
否定もない。」
演説者
「……誰も、
止められない。」
その時。
倉庫の扉が、
静かに開いた。
外套の女が、
一人、
入ってくる。
演説者
「……誰だ。」
アリア
「……王の名を……
使ってる人。」
一瞬、
空気が凍る。
演説者
「……王?」
アリアは、
外套を外さない。
徽章も、
掲げない。
アリア
「……私は……
命令しない。」
アリア
「……でも……
“違う”って……
言いに来た。」
演説者
「違う?」
アリア
「……私の言葉は……
“奪え”じゃ……
ない。」
アリア
「……“考えろ”だ。」
演説者は、
乾いた笑いを漏らす。
演説者
「考えた結果だ。」
アリア
「……じゃあ……
あなたの判断で……
誰が……
困る?」
沈黙。
演説者
「……商人……
だな。」
アリア
「……じゃあ……
その人に……
説明できる?」
演説者は、
答えなかった。
アリア
「……王の名は……
責任を……
肩代わりしない。」
アリア
「……あなたが……
選んだなら……
あなたが……
背負う。」
その言葉は、
命令ではない。
だが、
逃げ道を塞いだ。
演説者の顔から、
血の気が引く。
アリア
「……明日……
広場で……
自分の言葉で……
話して。」
アリア
「……王の名は……
使わずに。」
倉庫を出る時。
アリアは、
振り返らなかった。
風が、
ほんの少しだけ、
動いた。
それは、
裁きではない。
歪みを、
元に戻そうとする、
静かな圧だった。
この対応が、
成功だったのか、
あるいは別の火種を生むのか。




