第五章:帝国動乱編 第6話 不足 ― 制度が埋められないもの
制度は、
過去の失敗から生まれる。
だからこそ、制度は賢く、そして冷たい。
救えなかったものを、次は救うために整えられたはずの仕組みが、
いつしか――
“例外”を見捨てる理由になる。
王が問われているのは、力でも、権限でもない。
制度が、
最後まで見届けられないものを、誰が拾うのかという問いだった。
皇城・評議院。
前日の報告書が、
再び円卓に並べられていた。
数字は、
整っている。
処理件数。
対応率。
遅延ゼロ。
第一評議員
「王なき一日は、
概ね成功と言えるでしょう。」
文官
「行政停止はなく、
治安も維持されました。」
軍高官
「軍の判断遅延も、
確認されていません。」
肯定の空気が、
静かに満ちる。
その中で、
皇帝ガルディアスは、
一言も発していなかった。
第一評議員
「よって、
整理案は、
実行可能であると――」
ガルディアス
「……一つ、
聞こう。」
全員が、
皇帝を見る。
ガルディアス
「昨日、
下層区の水路で、
即時対応が行われた件。」
文官
「……記録には……
ありません。」
ガルディアス
「だろうな。」
ガルディアス
「では、
あの水は、
なぜ澄んだ。」
沈黙。
第一評議員
「……自発的な、
市民対応かと。」
ガルディアス
「誰が、
“気づいた”。」
誰も、
答えられなかった。
***
その時。
扉が開き、
アリアが入ってきた。
正装ではない。
簡素な服装。
だが、
視線は自然と集まる。
第一評議員
「……王。」
アリア
「……昨日の件……
報告します。」
ざわめき。
第一評議員
「王は、
発言権のみ――」
ガルディアス
「構わん。」
皇帝の一言で、
空気が変わる。
アリア
「……制度は……
正しく……
動いていました。」
文官たちが、
わずかに頷く。
アリア
「……でも……
“判断されない案件”が……
ありました。」
第一評議員
「……それは……
規定外です。」
アリア
「……はい。」
アリア
「……だから……
誰も……
間違っていない。」
その言葉に、
議場が静まる。
アリア
「……でも……
昨日……
泣いてた子は……
規定を……
知りません。」
誰かが、
息を呑む。
アリア
「……制度は……
“正しさ”を……
守れます。」
アリア
「……でも……
“気づき”は……
守れない。」
第一評議員
「……それを、
王が担うと?」
アリア
「……いいえ。」
アリア
「……王だけじゃ……
足りません。」
意外な答えに、
ざわめきが走る。
アリア
「……私が……
やっていたことは……
特別じゃない。」
アリア
「……気づいて……
声をかけて……
一緒に……
動いただけ。」
アリア
「……制度は……
それを……
止めないでほしい。」
沈黙。
第一評議員
「……王の役割を、
定義せよ。」
アリアは、
少し考え、
言った。
アリア
「……王は……
命令する人じゃ……
ない。」
アリア
「……制度と……
人の間に……
立つ人。」
アリア
「……見えなくなった人を……
指差して……
“ここにいる”って……
言う人。」
ガルディアスは、
静かに目を閉じた。
ガルディアス
「……不足していたのは、
権限ではない。」
ガルディアス
「“最後まで見る者”だ。」
評議院の空気が、
ゆっくりと変わり始める。
反王派の一人が、
小さく呟いた。
評議員
「……制度は……
万能では……
なかった……。」
***
夜。
皇城の回廊。
アリアは、
一人、
歩いていた。
エリオン
「……言葉にしたな。」
アリア
「……うん。」
アリア
「……やっと……
わかった。」
エリオン
「王である理由か。」
アリア
「……理由じゃ……
ない。」
アリア
「……役目。」
遠くで、
鐘が鳴る。
制度は、
変わらない。
だが、
制度と人の距離は、
確かに――
少しだけ、
縮まった。
評議院が正式な結論を出します。
それは、
王権の縮小か、
再定義か。




